第10話 原作とのズレ
気付けばミコはどこかに出かけてしまっていた。行き先は言っていなかったそうだが、彼女を探しに俺たちも再び町に戻ることに。
修道院から外に出るなり、ソデコが俺に質問してきた。
「なあポルタよ。一つ、重要なことを確認したいのだが」
「ああ……なんだ?」
やけに真剣な表情だ。俺が見落としていることに、何か気付いたのか?
「この世界では、どんなに食べても太らないのか?」
「…………は?」
「さっきの食事は美味かったのだが……もう少し肉が食いたい。そうなると、気になるのはカロリーオーバーだが……」
「……お前な。真面目な顔して、んなことずっと考えてたのか」
「いや、考え出したのは今さっきだ。太らないのなら、屋台で買い食いしたい」
真顔でそう返答されて、石像にしてやろうかと思った。
ただ、リラとノドカもこんなことを言ってきて――
「でもあたしも、ちょっと、ものを食べた気がしなかったかな……」
「うん~……。あんまり味わう余裕がなかったよね~」
「……まあ、それは俺もだけど」
今は一応満腹のような気がするが、いつもならもらうおかわりをしなかったので、後で腹が空いてきそうだなとは思った。
「だったらみんなで食えばいい。で、太るのか? どうなんだ?」
何より俺も、少し気分転換したかった。俺のいざこざに付き合わせているみんなにも悪いし……ミコがどこにいるかもわからないのなら、食べ歩きしながら探してもいいだろう。
「ここで太っても、現実世界に戻ったら元通りだよ。もう気にせず食えばいい」
「ほほう、それは朗報だな……!」
「わ~! 甘いもの、食べ放題~!?」
「おー。金持ってんならな」
「ポルタ様が持ってるでしょ?」「そうだ、お前が出せ」
「俺はお前らの財布じゃないぞ……」
「ポルタ様お恵みを~! 後でたくさんご奉仕しますから~!」
「や、やめろ! こんな町中で、何言ってんだ……!」
コイツら、現実世界でもそうだったが、人目が全然気にならないのか……?
通行人たちが変な顔をしている気がする。違う、俺は変な趣味なんか持ってないぞ……。
「ふむ、なるほど。こういうやり方がコイツには効果的なのか」
「ポルタ様、おごってくれなきゃあたしたちも、ノドカの真似しちゃうよー?」
「……わかったよ。なんでも好きなだけ食えばいいさ」
「やった!」「フッ、チョロい男だ」
結局、前回と同じように小銀貨を渡して、屋台で各自好きなものを買うことに。
言うまでもなく今回はさらに監視の目を強めたが、コイツらも少しはこの世界に慣れてきたのか、問題行動は起こさなかった。
ソデコは前回食べそこねたマッドボアを、ノドカはチュロスに似た甘いお菓子を選んだ。
リラはというと、チーズ入りの揚げ餃子みたいなスナックに、前回俺が紹介したオニザクロのジュースを買っていた。気に入ってくれたようで嬉しい反面、妙に気恥ずかしいものを感じる。
それにしても、みんなよく食べるもんだ。俺はそこまで重いものは入る気がしなかったので、リンゴを一つ買ってそのままかじる。リンゴって名前で売られてるけど、俺の知ってるリンゴの味や香りとは少し違う、ソムニア王国特有の品種のようだ。
適当に食べながら、だらだらと町を歩く。ミコはどこにも見当たらない。
「ねえ~、ポルタ様ぁ~」
「ん? 今度はなんだ?」
またふざけたことを言ってくるのかと思ったが、優等生モードのノドカだった。
「今の時点でわかってる原作とのズレについて~、一旦きちんと整理しておこうよ~」
「ああ……そうだな。なんか色々ズレてるみたいだけど、大体全容が掴めてきた気がする」
リラとソデコもこちらに近付いて会話に加わってきた。もちろん、町の人たちには聞こえないぐらいの声量で。
「始まりはやっぱり、ラピスが生きてることだよね……」
「ミコの話によると、アルドルたちが前線に向かってる間に、ミコたちがトニトルスと戦うところまでは原作と同じだったようだが……――」
――魔王軍四天王の一人、雷将トニトルス。
原作ではミコに倒されるはずだった彼が生き延びたのも、原作との大きな違いだ。
今回の戦闘において、トニトルスの役割は陽動と勇者の弟子の足止め。要するに、最前線で魔王軍を迎え撃つアルドルを殺害するまでの時間稼ぎだった。
別働隊のミコやラピスは、トニトルスの軍勢と交戦。しかし、アルドルを無力化したという報告を受けたトニトリスは、速やかに撤退を決める。その際、トニトルスから師匠を侮辱されて熱くなったラピスが単身で後を追いかけ、返り討ちに遭ってしまうわけだ。
ラピスの遺体を発見したミコは、ひどく打ちのめされた。
そしてそのまま前線へと向かい――アルドルの最期に立ち会うことになる。
身体の自由を奪われ、封魔の力が使えなくなったアルドルに、トニトルスが雷炎魔法を放つ。彼はミコの目の前で、生きたまま焼き殺された。
二つの悲劇が重なって、ついにミコの心のリミッターが外れる。
すでにアルドルの殺害という侵攻目標を達成していた魔王軍は、撤退を始めていた。
だがトニトルスは、興味本位でミコにちょっかいをかける。
覚醒した勇者は、これを瞬殺。一矢報いることに成功する――
「――……っていうのが、原作本来の流れだけど。ラピスが生き延びたのが仇になって、ミコが覚醒しそびれたっていうので間違いなさそうだな」
俺がそうまとめると、三人も口々に思ったことを言った。
「そうだね……。原作ではアルドル様の死に立ち会う前にラピスが死んでて、メンタルがボロボロになってたから……」
「ミコちゃんがラピスちゃんの遺体を見つけて抱き上げるシーン……ホントにかわいそうだったもんね~……」
「しかしそこまで追い込まれていたからこそ、師匠が死んでガチギレしたのだろうな」
「……まあ言い方はアレだけど、そういうことだよな。そして、ミコが覚醒できなかったせいで、トニトルスを仕留め損なったってことか……」
ラピスの生存。ミコの未覚醒。トニトルスの生存。
この三点が、今わかってる原作との大きなズレだ。
俺たちはこれから、そのズレた部分をなるべく修正しながら、原作通りの結末に近づけていかなければいけないわけだが――
「これからのことを考え出すと、気が滅入ってくるな。俺たちは原作の展開は知ってるけど、オルタナ世界の未来なんてわからないし……」
「四天王が全員生きてるとなると、魔王軍の行動も絶対変わるよね……」
「う~ん……たぶん、そうだね~」
原作ではこの後――覚醒したミコの力を恐れて、魔王軍の統率が乱れる。
そんな中で、四天王の一人ミセリアが単独で挙兵。アルドルの死から十日も経たないうちに、立ち直りきれない騎士団を叩きに来るのだ。
だが、ミコの活躍であっさりと返り討ちにする。そして彼女は、その後も戦いを繰り返しながら、魔王との決戦に向けてさらに成長していく――はずだったのだが。
「この世界のミコは覚醒してないし、魔王軍は全然混乱してないはずだ」
「じゃあ~、いつでも攻め落とせると思って、しばらくほっとくかな~?」
「逆じゃない? すぐに制圧しに来るんじゃ……」
「……どっちもあるよな。全然予想できない……」
現時点で想定されるパターンが多すぎる。
どうなっても対応できるようにするとなると――
「これじゃやっぱり、一旦現実世界に戻るなんて、当分できそうにないぞ……」
その時、それまで静かにしていたソデコが、唐突に口を開いた。
「魔王軍の思考回路なら、拙者はある程度予想できるぞ」
「へっ?」
「この流れだと、次はミセリアとトニトルスが同時に動くだろう」
「な、なんでそこまで断言できるんだよ……?」
俺は理解が追いつかなかったが、ソデコは自信満々に、つらつらと語っていった。
「奴らの性格でわかる。詳しく説明するのは面倒臭いが……二人とも自己顕示欲が強い。アルドルを失った王国軍相手なら容易に戦果を上げられると思って、まずミセリアが挙兵を検討する。それを知ったトニトルスが追加参戦。後の二人の四天王は慎重な性格なので、今回は様子見だ。この展開で間違いない」
「……確かに、言われてみればそんな感じになりそうではあるけど」
それにしても、そんな簡単に予想できるものなのか?
俺はすんなり受け入れる気になれなかったのだが、リラとノドカはこう言ってきた。
「ポルタ様、きっと当たってるよ!」
「ソデコちゃんの魔王軍に関する分析は、すごいんだよ~!」
「え……そうなのか?」
「フッ……。お主もすでに気付いているだろうが、拙者は魔王軍推しだ。奴らの行動予測に関して右に出る者は……そんなにいないと自負している」
「そ、そうなのか……。よくそんな奴がアルドル推しと仲良くできるな?」
「む? 何故そう思う?」
「誰が好きなのかなんて関係ないよね。あたしたちは、同じ価値観を持つソムニアサーガのファンだもん!」
「ね~!」
「ちなみに拙者、最推しはトニトルス」
「いや、聞いてないけど……。これからそのトニトルスと戦って、そのー……やっつけることになるかもしれないけど、それは大丈夫なのか?」
「全くもって問題ない。アイツは拙者の椅子だからな。むしろ、無様に死んでこそのトニトルスよ」
「そ……それは、推しって言うのか……?」
コイツの価値観がよくわからない。確かにトニトルスは典型的なかませ犬キャラなので、一部のファンの間ではネタキャラとして愛されてるけど……それって推しとは違うような?
でもまあ、『トニトルスを殺さないで!』とか泣き喚かれるよりは、よかったのかな……。




