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第9話 修道院での食事

 教会に着いて、フォルトゥナさんとも対面し、俺たちは食堂へ通された。

 今は食事をしながらリラたちの紹介を済ませ、今までの経緯を説明したところだ。

 例によって全てが作り話だが、みんなすんなり受け入れてくれた。


「まあ……それでポルタ様たちは、ようやく城下町に戻ってこられたのですね。本当に、ご無事で何よりです」

「フォルトゥナさんたちも元気そうでよかったです。今回は本当に急な襲撃でしたし、俺も皆さんのことが気がかりでしたから――」


 大きな礼拝堂の裏手にあるこの建物は、俺たちがイメージするところの修道院、孤児院、病院が、ひとまとめになったような施設だ。ここの人たちは単に修道院と呼ぶことが多い。

 職員と多くの子どもたちが、家族のように仲良く暮らしている。俺たちがいる食堂はかなり広いが、それでも全員座れば席が埋まるほどだ。

 今日はすでに食事を終えた子どもたちがいなくなっているので、部外者である俺たちが来ても座席に余裕があった。


「ポルタさまといっしょにごはんをたべるのも、ひさしぶりですね!」

「うん、そうだな。ピルムも料理を作るの、手伝ったのか?」

「はい! ピルムは、ニンジンのかわむきをしました!」

「そうか、えらいな。とっても美味しいよ」

「えへへー!」

 今日の献立は、豆と人参のスープに、炭火で焼いた川魚とそら豆、クリーム味のマカロニみたいなもの。質素だけど優しい味付けで、いつ来ても美味しい食事でもてなしてくれる。


「はう~……。ピルムたん、天使~……」

 と、うっかり声を漏らしたノドカをキッと睨みつけると、彼女は両手で口を押さえた。沈黙魔法の効果はここに着くまでに切れたのだが、『次に変態発言したら石像にしてやる』と警告してある。


 ところで、ソムニアサーガに登場する宗教は、現実世界に実在する宗教とは無関係だ。

 なので、教会と言っても十字架のモチーフなどは使われていないし、マルムやピルムの着ている制服も、現実世界のシスターの装束とは異なるものだ。

 食に関する禁忌も特にないため、彼女たちも俺たちと同じものを食べる。恋愛や結婚、異性との接触なども特に禁止されていないので、俺ともフランクに話してくれる。


「ポルタ様は、よくここでお食事をなさるんですか?」

 話が途切れたところで、リラがいきなり尋ねてきた。――これは、山吹として抱いた疑問かな。学校では女子と全然喋らない俺が、教会の女性たちと親しげに話すのを見て、からかいたくなったという顔をしている。


「まー……うん。前から時々お世話になっているんだ。俺みたいな放浪者でも歓迎してくれるから、いつも助かってるよ」

 フォルトゥナさんに目を向けると、彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。

「当教会は、ソムニアの女神を信じる全ての者に門を開いております。旅人でも、家やお金を持たない者でも、あたたかい食事とベッドでおもてなしします」

「……素晴らしいお考えですね」

「本当に、天国みたいなところだって思うよ。こうしてたまに寄らせてもらうと、まるで自分の家みたいに感じるんだ……」


 実際には、家なんかよりよっぽど落ち着けるわけだけど、現実世界のことをフォルトゥナさんたちに話すわけにもいかない。

 原作でもこの施設は、主人公たちが大きな戦いが終わるたびに集まって疲れを癒やす、憩いの場として描かれている。俺もとても好きな場所だ。だからこの世界を訪れる際には、アルドルのいる執務室と並んで頻繁に足を運んできた。


「わかるよ、ポルタ君」

 と、俺の向かいに座ったミコが嬉しそうに口を開く。

「ボクもここに帰ってくるとね、すっごく落ち着くんだ」

「……『帰ってくる』っていうのは?」

「実はボク、9歳まではここで育ったんだ。今でも自分の家みたいに思ってるよ」

「へぇ、そうだったんだな」

 ――なんて、原作読者ならとっくに知っている話だ。そういう話をさも初めて聞くように相槌を打つのは、いつも難しい。リラとノドカはふんふんという感じで一応頷いていたが、ソデコは真顔でじっとミコを観察しているようだった。


「ここに住んでいた頃のことは、まるで昨日のことみたいに思い出せるよ。ピルムと初めて会った時は、まだ赤ちゃんだったよねぇ」

「んんん……。じつはピルムは、ミコさまがここにいたのをおぼえてません……」

「それは仕方ないよ。ピルムが三歳の時に、ボクはここを出ていったんだ。あの時は本当に寂しくて、不安だったなぁ……」


 このソムニアサーガの世界では、十数年前に、長く続いた平和の時代が終わった。

 新たに即位した魔王が一方的に不可侵条約を破り、他国に侵略し始めたのだ。

 魔族の軍力は圧倒的で、多くの小国が滅亡に追いやられた。

 ミコも、マルムやピルムも、そんな戦乱のさなかで孤児となった子どもたちだ。


 両親を失いながらも、ミコはこの施設で平穏に暮らしていた。

 だが彼女が九歳になった頃、高名な賢者から『次代の勇者となる人物だ』と予言されたことで、人生が一変する。

 すっかり有名になってしまったミコは、王国でも有力な領主、サンクトゥス家の養子として引き取られることになった。それまで修道院の少女として質素な暮らしを送っていたのに、その日を境にまるっきり生活環境が変わった。

 勇者候補の男児として育てられ、貴族の英才教育を受けさせられ――

 その後の彼女の人生が決して幸福ではなかったことを、俺たちはすでに知っている。


「ずっと、あの頃のままなら……ここを出てなかったらボクは、今頃どうなってたんだろ。毎日マルムやピルムと一緒にごはんを作ったり、お花に水をあげたり……楽しく暮らしてたのかなぁ」

「う、うーん……」

 要するに、剣など握っていなかったと言いたいのだろう。戦う意欲を失っているのが筒抜けだ。彼女の気持ちはよくわかったが、俺にも俺の事情がある。彼女が魔王を倒してくれないと、俺は死んでしまうのだ。


 とはいえ、自分が死にたくないからって、彼女に『戦え』なんて言うのも心苦しい。

 物語の登場人物だと割り切ろうとしても、こうして体温を感じられるほどの距離にいる少女に、そこまで残酷なことは言えない。

「でも……それだとミコは、アルドルやラピスと出会うこともなかったよな?」

 悩んだ末にこう言ってみたが、ミコにはあまり響かなかったようだ。

「そうなんだけどね……。それでも最近、よく思うんだ。本当はボクには勇者の素質なんかなくて、賢者様の勘違いだったんじゃないかって」

「そ、それはないと……思うけど?」

「どうかな……。ボクなんて勇者失格だよ。正直言って――」


「ミコ、いけません」

 突然、強い口調で割って入られて、思わず俺はビクッとしてしまった。一瞬誰かと思ったが、フォルトゥナさんだ。


「アルドル様を失ってつらい気持ちはわかりますが、貴女の運命はソムニアの女神が与えたものです。迷える人々を導くのが勇者の務めです。弱音を吐くことは決して許されません」

「院長先生……」

 フォルトゥナさんがこんな険しい表情をしているのは、俺も初めて見る。

 それまで和やかだった食堂の空気が一気に張り詰めた。


「……ゴメンね。ボク……ちゃんとわかってる……。次は逃げずに、敵と戦うから……」

 やがてミコがそう答えると、フォルトゥナさんの顔は、ふっと悲しげな微笑みに変わった。

「ミコ……。私は、貴女を信じています。アルドル様の言葉を思い出してください。『ミコは必ず、自分を超える真の勇者になる』。あの方は、そう仰っていたでしょう……?」

「…………はい」



 それからミコは俯いたまま、ずっと塞ぎ込んでいた。

 マルムとピルムが気を遣って俺たちに話しかけてくれたが、会話が弾むわけもなく。ソデコやノドカでさえ空気を読んで、ふざけたりせず黙々と食事していた。


 ソムニアサーガの登場人物と同じテーブルを囲んで、ソムニア王国の料理を食べる。本来ならみんなにとっても楽しい時間になるはずだったのに、なんとも残念なことになってしまった。


 食事を終えると、ミコは一人で席を立ってふらふらとどこかへ行ってしまった。

 追いかけた方がいいかと思って、俺も早々に席を立とうとしたのだが――


「ポルタ様。ところで、今夜はどちらにお泊まりですか?」

 食器を片付け始めていたフォルトゥナさんが呼び止めてきた。

「あ……。実は、まだ宿を予約していないんだ」

 情報収集が一段落しない限りは、今後の予定も立てられなかったからな。


 ただ、ミコの未覚醒が判明した現状、彼女を放置して現実世界に戻れないのは確定した。

 ということは宿を取らないといけないのだが――実は俺は、この修道院以外に泊まったことがない。今回もここに泊めてもらえたらラッキーだとは思っていたけど、こんな戦闘直後の慌ただしい状況で、そんな調子のいいことは言い出せなかったのだ。


「でしたら、ここに泊まっていっていただけませんか?」

 でもフォルトゥナさんは、いつものようにこう言ってくれた。

「しかし……今は、怪我をした人でいっぱいなんじゃ?」

「お部屋はまだありますので、大丈夫です。お連れの皆様も……むさ苦しいところではありますが、ぜひ」


「むさ苦しいだなんてとんでもない。あたしたち、宿が取れずに困っていたところなんです」

 リラが機転を利かせてそう言うと、従者二人もうんうんと頷いた。フォルトゥナさんは苦々しい顔のまま、話を続ける。


「ポルタ様にこんなことを申し上げるのは心苦しいのですが……ミコのことを、お願いしたいのです」

「……ああ」

「あの子が今、不安に苛まれ、本来の自分を見失っていることはわかっています。ですが、私の立場では……『剣を取って戦え』と、命じることしかできないのです……」

「ええ……そうですよね」

 あんな厳しいことは言っても、やっぱりフォルトゥナさんはフォルトゥナさんだった。ミコのことを実の家族のように愛しているのは、原作設定のままのようだ。


 勇者は、魔王と戦う義務と引き換えに、様々な特権を王国から一方的に与えられた存在だ。賢者に選ばれた者だけが就任するものなので、なりたくてなれるものでなければ、辞めたいからと辞めることもできない。

 フォルトゥナさんは、王国と密接な関係にある教会の神官だ。たとえプライベートであっても、勇者相手に『戦わなくていい』などとは言えないわけだ。


「あの子は、アルドル様のご友人であるポルタ様のことを尊敬しています。ポルタ様の言葉なら、あの子の胸に届くのではないかと……」

「……わかりました。俺に何ができるかわかりませんが……やるだけやってみます」

 どのみちミコをなんとかしないと、俺も死ぬことになるからな。文字通り、命懸けでやるしかない。


 俺の返事を聞いたフォルトゥナさんはほっとしているようだったが……しかし、どうしたもんか。あんなに落ち込んでるミコが、俺に何か言われたぐらいで奮起するとは思えないんだけど……。

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