第8話 ソムニアサーガの主人公
「それより、ラピス……。その……ごはん、食べようよ……?」
「うるさい、向こうへ行け。私はもう、貴様のような奴と馴れ合いたくない」
「そ、そんなぁ……」
勇者ミコ――根は内気で大人しい、俺より背の低い少女。
こんな小さな体で、身の丈ほどの大剣を振り回して豪快に戦う。
原作でのこの後の展開は、読者としては非常に爽快なパートが待っている。それまでさんざん苦労してきた悲運の主人公が、師匠と親友の死をきっかけに覚醒し、圧倒的な力で悪をなぎ倒していくのだ。
だが、俺の目の前にいる彼女からは、そんな気配は微塵にも感じられない。主人公のはずなのにそこらの通行人よりオーラがないし、服を着替えさせるだけでモブの町娘になりそうだ。
それと、もう一つ気になるのは――仲がいいはずのラピスと顔を合わせるなり、いきなり険悪な空気を漂わせていることだ。原作では、多少衝突することはあっても、ここまで深刻な空気になるシーンはなかったのだが……。
「あの、ポルタさまぁ……」
と、ピルムが俺のローブの裾を引っ張ってきた。
「ポルタさまからも、ラピスさまをせっとくしてくださーい!」
「お願い、ポルタ君。ラピスはね、ずっとまともに食事してないんだよ……」
「そ、それはまずいな……。なあ、ラピス殿。君の気持ちはわかるが、休むことも必要だよ。アルドルにもそう言われてきただろう?」
「黙れ……。貴様のような胡散臭い奴が、師匠の名を語るな。虫酸が走る!」
「うっ……」
「そんな言い方ってないよ……。ポルタ君は、キミを心配して言ってくれてるのに」
ミコがそう意見した瞬間、ラピスの目がさらに血走った。
「うるさいぞ……。この、腑抜けめっ!」
それまでそっぽを向いていた彼女が、ミコの方へ猛然と向き直って怒鳴り散らす。
「私に気安く話し掛けるな! 私はな、貴様のことはもう見限ったんだ! あんな大事な場面で腰を抜かしている奴など、もはや友とは思わん……。二度と近寄るな! 昨日もそう言ったはずだぞっ!?」
「うっ……うう……」
「この国は、私が守る……。師匠の遺志を継ぐのは、この私だ!」
ラピスはミコを置き去りに、この場を離れようとした。
俺は彼女を引き留めようと手を伸ばしたのだが――
「待て、ラピス殿。何があったかは知らないが……」
「何も知らない奴が、口を挟むな! 貴様はもういい、どこへでも消えろ! 妙な真似をしているのを見かけたら、すぐさま牢屋にブチ込んでやるからな……!」
物騒な捨て台詞を残し、ラピスは行ってしまった。
ミコはずっと項垂れたまま、立ち去る親友の方を見ることもできずにいた。
「うう、ラピスさまがぁ……。おねーさま、どうしましょー?」
「……院長先生には、ありのままに報告するしかありませんね」
「ごめんねみんな、ボクのせいで……」
今にも泣きそうなミコに、マルムが優しく微笑みかける。ミコは俺と同い年なのでマルムの方が年下なのだが、今はとてもそのようには見えない。
「ミコ、顔を上げてください。あなたが恥じることはありません。立派に戦ったのですから」
「ううん……ラピスが怒るのは、当然なんだよ。ボクは……ボクには、勇者なんて名乗る資格は、やっぱりなかったんだ……」
ミコが泣きそうな声でそう呟くと、息苦しい沈黙が辺りに広がった。
ミコは、勇者として戦い続けることを義務付けられている。その重圧が凄まじいものだということは、本の外の住人の俺でさえよくわかる。優しいマルムとピルムには、打ちひしがれた勇者に掛ける言葉が思いつかなかったんだろう。
「……空気が重いな」
と、誰もが思っていたであろうことをソデコが呟く。コイツはつくづくマイペースな奴だ。
「そう思うなら、黙ってろよ……」
「む……」
それにしても、ミコがここまで打ちのめされているなんて……ラピスが生きていたこと以上の衝撃だ。
何がまずいって、これはどう見ても覚醒前のミコだ。原作での、この時点でのミコじゃない。
原作での彼女は、深い悲しみを抱えながらも前だけを見据えていた。それまで気弱で引っ込み思案だったのが打って変わって、皆を先導するリーダーへと生まれ変わっていた。
今のミコからは想像できないかもしれないが、覚醒した彼女はまるで別人だ。勇猛そのもの、まさしく一騎当千。恐怖心も敵への同情も持たず、戦いを楽しんでさえいるようだった。
俺には断言できる。アルドル亡き今、魔王を倒せるのは覚醒したミコだけだ。
そもそも、モジャの言う通りなら、魔王を倒すのは彼女じゃないといけないそうだが。
物語があるべき結末を迎えられないと、俺は死ぬ――
つまり、このままミコが覚醒してくれなければ、おしまいってことだ。
(やばい……頭が痛くなってきた)
思わず額を押さえると、いきなりマルムが謝ってきた。
「あの、ポルタ様。気分を害してしまって、申し訳ありません」
「あ……いや、違うんだ。ラピス殿にもミコにも、色々あったのはわかってるから」
「ポルタ君……ありがとう」
「ありがとうございます。やっぱりポルタ様はお優しいですね」
「やさしいですよね! わたし、ポルタさま、だいすきです!」
「あ、あはは……」
どんな顔をしていいかわからず、俺は苦笑いを浮かべた。
こんな状況なのに照れくさかったから、表情に困ったというのは半分で――
リラとソデコが汚いものを見るような目で、俺を見ていたからだ。
「ねぇ、ソデコ……。コイツってやっぱ、ハーレム作って楽しんでたんじゃ……?」
「フン、拙者は最初からそう確信しているぞ」
勝手に変な確信すんな……。こんな純粋な子たちを弄ぶなんて、俺には無理だっつーの。
「ところで皆さん、お昼がまだでしたら、よかったらご一緒にいかがですか?」
と、話が途切れたところでマルムが食事に誘ってきてくれた。
「えっ、いいのか?」
「はい。お連れの方も、ぜひご一緒に」
「ボクも来てくれると嬉しいな。ラピスも連れて帰れなかったし……その代わりって言ったら失礼だけどさ」
「おりょうりは、たくさんありますから、だいじょーぶです!」
「そうだな――」
ミコとピルムもこう言ってくれている。俺はクラスメイト三人に、視線で確認を求めた。
どのみちまずは、ミコの現在の心境を詳しく知っておく必要がありそうだ。
一緒に行動しながらそれとなく聞き出せるなら、これほど都合のいいことはない。
三人も同じように考えたのだろう。全員、間を空けず頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」
俺がそう答えると、ピルムは「わーい! ポルタさまとごはん!」と、飛び上がって喜んでくれた。
「ピルム、はしたないですよ……」
「あっ! ごめんなさいおねーさまっ!」
「……――っ! ――――っ!!」
「わかる、わかるぞノドカ。幼女と食卓を囲めるのが嬉しいのだな。声にならずとも、お前の魂の叫びが聞こえてくるようだ……」
「んなもん聞こえなくていいんだよ……。むしろ絶対、外に漏らすな」
ピルムたちには聞こえないようボソリと呟くと、リラが俺に耳打ちしてきた。
「ねぇポルタ様。ノドカのサイレンスって、いつ切れるの?」
「知らん」
*
教会までの道を歩きながら、俺たちがいない間に起こった戦争の話を聞いた。
ミコはずっと泣き出しそうな顔だったけど、言葉を選びながら話してくれた。
「――……そうか。ラピス殿はずっと、冷静さを保っていたんだな」
「うん……敵に挑発されても我慢してた。いつものラピスなら、一人で追いかけてたんじゃないかって思うけど……『一刻も早く前線部隊と合流するべきだ』って言って、ボクらを引っ張ってくれたんだよ」
「……もし追いかけてたら、彼女も無事じゃなかったかもな」
というか、それで命を落とすのが原作の展開だ。その場面でラピスが冷静だったことが、彼女の命を救った。おそらくは、アルドルの助言がきっかけで。
「それからボクらは最前線まで急いだんだけど……間に合わなかったんだ。師匠はもう、その時には……」
「……アルドル様の大剣は、ミコが持ち帰ったのです」
言葉が途切れたところで、マルムが沈黙を埋める。ミコは、無言で頷いた。
「そうだったのか……」
そこは原作通りなんだなと思いながら、知らないふりをして相槌を打つ。
「それぐらいしか、持って帰れなかったんだ。師匠は、遺体も……残らなかったから……っ」
「…………」
地面に目を落としたまま、ミコはついに涙をこぼした。ついでに、俺の隣を歩くリラもハンカチで口元を覆ってむせび泣き始めた。
俺は遠慮して、リラの方を見ないようにしたが――すれ違う通行人たちの多くは、泣きながら歩くミコにちらちらと目を向けている。
彼女はこの国では有名人だ。勇者は、人目を憚らず泣くことさえ許されない。
「師匠があんな目に遭わされたのに……ボク、つらくて、怖くて、立てなくなって……。敵が撤退していくのを、何も見せずに見てた……。ラピスやみんなは、必死に戦ってたのに……っ」
「……もういい。ごめんな、ミコ。つらいことを話させて、悪かったよ」
俺だって、原作でのあの場面を思い出して苦しかった。その目で直に見たミコは、俺なんかよりずっとつらかっただろう。
「ううん……。もし師匠が生きてたら、しっかりしろって叱られてたと思う。……でも、ダメなんだ。師匠が勝てない奴らに、ボクなんかが勝てる気がしなくてさ……」
「う、うーん……」
「ボクは……ダメな奴だ。ラピスに愛想を尽かされて、当然だよ……」
ミコは先日の戦いで、思っていた以上に心を折られているようだ。
これってもしかして、どうやってミコを魔王に勝たせるのか考える以前の問題で……
次の敵襲があった時に、戦えないんじゃ……?




