第6話 〇〇生存ルート?
「ら、ラピス……殿。なんで、君が、ここに……?」
しどろもどろに俺が問いかけると、少女騎士は澄まし顔のまま首を傾げた。
「なんでとはなんだ。王国騎士の私がここにいて、何が悪い?」
「えっと、それは、そうなんだろうけど……」
そういう問題じゃなくて――ラピスは、ここにいてはいけない人物だ。
本来なら、アルドルに先立って戦死しているはずなのだから。
そんな彼女が生きているのは、原作から明確に改変されてしまった要素であり――オルタナが発生した原因の一つと見て、ほぼ間違いない。
「も、もしかして……」
リラは、はっとして口元を押さえた。そしてラピスには聞こえないような小声で、俺の背後で囁く。
「あたしがアルドル様に、余計なことを言っちゃったから……?」
(……たぶん、そういうことなんだろうな)
死の運命を教えたところで、アルドルの態度は変わらなかった。彼は戦場から逃げようともせず、原作通りの最期を迎えることになったんだろう。
ただ、アルドルが部下の犠牲を極力減らしたいって考えるのは自然なことだ。奇襲を受けて死ぬはずだった兵士たちに事前情報を与えれば、運命が変わるのは十分に考えられる。『今夜は警戒しておけ』程度のアドバイスをそれとなく送るだけでも、ラピスをはじめ多くの兵士たちの生死を左右することは――普通にあり得そうだ。
そんな中で、ソデコがラピスを指差しながら、とんでもないことを口にした。
「な、何故、お主……生きているのだ?」
「む……――」
いきなりの暴言に、当然ラピスは眉をひそめる。
「なるほど、そうか……。死ぬはずだったお主が生きているのは、明らかに――」
俺は「おいっ……!」とソデコを引っ張り寄せて、彼女の耳元で怒鳴った。
「お前、本物のバカか……! いきなり『なんで生きてる?』とか言われたらわけわからないし、失礼すぎるだろ……っ!」
「あ、そうか。すまん」
ただでさえ、俺はラピスに嫌われてるみたいなのに……。こんなことを言ってたら侮辱罪だとか因縁を付けて逮捕されかねない。
だが、結局ラピスが怒り出すことはなく――むしろ、意外な反応を示した。
「……そうだな。私は……死ぬべきだったのかもしれない」
「えっ……?」
彼女はアルドルの献花台に目を向け、唇を噛み締めた。
「師匠の代わりに……私が死ねばよかったんだ。無力な私が生き残ったところで、魔王討伐の役には立たないだろうに……」
「ラピス殿……」
プライドの高い彼女がこんな弱気なことを言うなんて……アルドルの死が相当堪えているのだろうか。
物心つく頃には実の父と離れて暮らしていたラピスにとって、アルドルは父親に近い存在だった。弟子として反抗的な態度を見せることはあっても、全て愛情の裏返しだったに違いない。
「あの、ラピス殿……。アルドルは、やっぱり――」
「察しの通りだ。師匠は討ち死にした。卑劣な……罠に、かけられ……っ」
「…………そうか」
やはり彼の死に様は、全く改変されなかったようだ。記憶の中の、彼が殺されるシーンが脳裏をよぎって、急に気分が悪くなった。
後の三人も同じだったのだろう。リラはまたも嗚咽を漏らしていた。
ただ、ラピスは俺たちに遠慮することなく、職務質問を続ける。
「そんなことより……ポルタ=リヴェラリス。貴様こそ、ここで何をしている? 最近、全く姿を見かけなかったが……ずっとこの城下に滞在していたのか?」
「あっ……。えっと、俺たちは……――」
そういえば、彼女には一週間前にすら会っていないことになってるんだった。
自分でも忘れかけていたリラと俺との設定を、改めて説明する。
「こちらにいるキーエス家のお嬢様が城下町を観光したいということで、俺がガイドを頼まれたんだ」
俺が作り笑いを向けると、リラは涙を指先で拭って、鼻声ながらも「ご、ごきげんよう」と合わせてくれた。
「それで一週間ほど前から、この辺りに滞在してるんだけど――」
「一週間前……なるほどな。ちょうど戦闘が始まってしまったせいで、観光どころではなくなったということか」
「そうそう、そうなんだよ。今日まで彼女たちを連れて、郊外に避難させてもらっていた。ついさっき、城下町に戻ってきたところなんだ」
「ふぅむ……」
ラピスは不意に、鋭い視線をリラに向ける。突然睨まれた彼女は、小さく肩を跳ねさせた。
「やはりキーエス家の一人娘だったか。見覚えのある顔だと思った」
「は、はい。覚えていらっしゃいましたか……?」
「……まあな。学園でいじめられていた私と別け隔てなく接してくれた。そんな人を忘れるほど、私は恩知らずではない」
「……懐かしいお話、ですね」
(よかった。忘却魔法〈オブリヴィオン〉はちゃんと効いてたみたいだな……)
この話は前回、彼女に逮捕されそうになった時にすでに聞いている。あの時のことは完全に記憶にないようだ。
「それにしても、このご時世に観光とは。田舎貴族は呑気なものだ。まるで危機感がないな」
「か……返す言葉もありません。まさか、魔族がこんな急に攻め込んでくるとは思っていませんでしたので……」
上手いアドリブだ。ラピスに怪しまれないよう、この国の人間になりきって喋ってくれている。
「仕方あるまい。私たち騎士団の者でさえ、奴らがここまで性急な行動に出るとは予想していなかった。……もっとも、師匠だけは警戒していたようだが」
「えっ……? アルドル様が?」
「実は奇襲の直前に、私は師匠に呼び出されたんだ。何かあるかもしれないから、しっかり準備しておけと……」
(やっぱり、そういうことだったか……)
ラピスが生き延びたのは、アルドルの助言のおかげだったわけだ。彼には悪気はなかっただろうが、そこから物語が分岐してしまったに違いない。
「天性の勘なのか、やはり師匠は特別な感覚の持ち主だったのだろう。もしかしたら、自らの死の運命すら知っていたのかもしれないな……」
「そっ、それはさすがに、考えすぎだと思いますが……!」
リラは焦っていたが、幸いラピスは本気でそう考えていたわけではなかったらしい。
「まあ……そうだな。失って初めて、あの人の存在の大きさがわかった。私たちは偉大な英雄を失い……一方、奴らは将官を失うこともなく、戦果に満足して引き上げていった。完敗といっていい内容だ……」
「……ん?」
将官を失うこともなく……?
ラピスが何気なく言ったその言葉が引っかかった。
「あの、ラピス殿。敵の将官は、誰も死ななかったのか?」
「痛恨の極みだが、その通りだ。せめて四天王の一人でも討ち取れればよかったのだが……」
「そ、そうなの、か……?」
そんなはずはない。原作だと、魔王軍四天王の一人、トニトルスという男を打ち倒すことになっているはずなのだが――




