第5話 傷ついたソムニア王国
晴れた空。広がる青い麦畑――
俺たちは前回と同じ、物置小屋の近くに出た。
「想像通りではあるけど……やっぱ、ひどいもんだな」
ただし、周囲の様子はその時と少し違っていた。
魔王軍の侵攻は、こんな平和な田園風景にさえ痛々しい爪痕を残していたのだ。
「畑が荒らされてる~……。あそこに刺さってるのって、弓矢だよね~?」
「流れ矢なのかな……。ところどころ、地面が剥き出しになってるけど……」
「うむ……。この近辺でも激しい戦闘が行われたのだろうな」
みんな、不安げに辺りを見回している。実のところ、原作でもアニメ版でも、城から離れたこの辺りの描写は少なく、さほど言及されていなかった。
「原作でも、城の近くまで敵の一部が押し寄せてきたって書かれてたからな……。前線のアルドルたちが抑えきれなかった部隊が、ここまで攻め込んできたんだろう」
俺たちにとっては一日空いただけだが、この世界では一週間程度経過している計算になる。
原作通りなら魔王軍の撤退から数日が過ぎていることになるので、敵兵や魔物も近くにはいないと思う。
だが、差し迫った身の危険がないにせよ、こうして生々しい戦闘の痕跡を目にするだけで、胸が押し潰されそうな気分にさせられる。
「城下町の人たち、大丈夫なのかな……」
俺がちょうど考えていたことをリラが口にした。遠目に見た感じでは、城壁や城はそのままの形で残っているようだが――
「町への侵入は守備隊が食い止めてくれたはずだ。きっと、城下町は無事のはず……」
「まあ、そうだな。原作通りであれば、だが」
「もし~、そこが原作と変わってたら~……」
「ぽ、ポルタ様! 早く様子を見に行こうよ……!」
「ああ……。もちろん、そのつもりだ」
前回同様に馬車を出すと、三人とも足早に駆け込んだ。出発前にはどこか浮かれた雰囲気のあった彼女たちでさえ、すっかり緊張感に包まれている――
*
「……よかった。城壁が破られたりはしてないみたいだな」
ひとまず、ここまでは原作の通り。
堀の辺りまで近付いてみると、兵士や大工たちが集まっているのが目に入った。どうやら傷んだ壁を修繕しているようだ。
「すまない、ここを通りたいんだが……」
「あっ、ポルタ様! ご無事で何よりです!」
「君たちの方こそ……。本当に、ひどい戦いだったな……」
顔見知りの門兵たちは負傷こそしていなかったが、疲労の色を滲ませていた。
何より、全員の腕に黒いリボンが巻かれている。原作でも描写されていたが、喪章だ。それが目に入って、俺は思わず顔を背けてしまった。
「俺たちはたまたま郊外に出ていたから、戦火に巻き込まれずに済んだんだよ」
「そうですか、それは幸運でしたね!」
若い兵士たちは、爽やかな笑顔を返してくれた。復興のために働く彼らに対して、こんな嘘をつくのも胸が痛む。
「こちらも幸い、街の中への侵入は防げましたよ。どうぞ、お通りください」
「ありがとう……」
門をくぐると、その先の景色は見慣れたものとそう変わらなかった。
多少慌ただしい雰囲気はあるが、多くの人々が往来している。
屋台や商店も、ほぼいつも通り営業しているようで、少しほっとした。
ただ――やはり、目に入るほとんどの者が喪章を付けている。今まで通りの日常を送れている者もいるようだが、家族や友人を失った人たちも少なくないのだろう。
「じゃあみんな、俺は馬車を預けてくるから……」
前回と同じ地点で、三人には馬車から下りてもらったのだが――
「あっ……――」
その矢先に、リラが膝から崩れ落ちた。
彼女は、魔法時計台のふもとに置かれた、ある物を見つけてしまったのだ。
「あうっ……うあっ、あっ……。ううぅ……っ」
「り、リラ様ぁ~……」
そこにはアルドルの大剣が飾られ、献花台が設置されていた。それが何を意味するのかは、ソムニアサーガを読んでいない者にもすぐにわかっただろう。
(これも……原作通りの描写だな……)
リラは何か言おうとしているようだが、言葉にできないほどの嗚咽に塗れている。寄り添うノドカまで泣き出してしまった。
「アルドル……没したか。彼の運命は変わらなかったのだな」
ソデコは淡々とそう呟いたが、彼女にしては珍しい鎮痛な表情だ。
「……そうだな。きっと原作と同じで、みんなを守るために全力を尽くしたんだろう……」
俺もこうして平静を装ってはいるものの、決して平常心ではない。
何度も繰り返し読んできたシーンとは言え、胸が張り裂けそうだった。
しかし、泣いている場合ではない。アルドルが原作通りに死んでいることは十分予想できたことだ。むしろ、アルドルが原作を改変した要素でないとわかったからこそ、何が変わってしまったのかを急いで見定めないといけない。
「ノドカ、ソデコ。悪いが、リラと一緒にいてやってくれ」
「は、はい~……」
馬を引いて歩き始めると、すぐにソデコがついてきた。
「拙者も一緒に行こう。リラ様にはノドカがいれば大丈夫だろう」
「そうか……。じゃあ、頼むよ」
「あっ、あだしも、いぐぅ……っ」
「今はいいよ……無理するなって」
「リラ様、今はやめときましょ~……?」
「えうううぅ……。えぶぅううう……っ」
彼女の泣き顔はこれまで何度か見てきたけど、未だかつてないほどに崩れきっている。こんな状態で連れ回すなんて、俺にはとてもできない。
リラたちから離れると、ソデコは俺の耳元に顔を近づけてきた。
「しかし、これからどうする? アルドルが死んでいたとなると、手がかりがないぞ?」
「まあ……うん……」
俺も通行人たちに聞こえないよう、小声で答える。
「今のところ、原作との違いが見当たらないもんな。とりあえずは情報収集だ。できれば各地の戦況を詳しく知ってる人に、話を聞きたい」
「戦況なら、さっきの門番に聞けばよかったのでは?」
「彼らは前線には出てなかったみたいだしな。つーかあの流れで、聞きにくかったし……」
「では、全体の戦況がわかる人間と言うと……騎士団長のヴィクトルあたりか?」
「騎士団長はさすがに大袈裟すぎるだろ。俺、できれば極力目立ちたくないし……」
「この期に及んで何を言う? お主、命がかかってるんだぞ?」
「それはそうだけど……」
こうして、馬車を預けて戻ってくると、献花台のそばに人だかりができていた。
その時点ですでに、嫌な予感はしたのだが――
「うああああ……アルドル様ぁ……。あだしは、アルドル様の死を無駄にはしません……。アルドル様が守ろうとした未来を、あだしはきっと、守り抜いてびせばふぅぅ……っ!!」
「泣かないで~リラ様ぁ~……!」
人だかりの中心にいたのは、身内だった。
献花台に突っ伏して、おいおいと泣き喚くリラ。事情を知らない者が見たら、まるで酔っ払いのような乱れようだ。ノドカは止めもせず隣に突っ立って、一緒にめそめそと泣いている。
「な、何やってんだあいつら……」
「それはまあ……心の誓いを立てているのでは?」
「いやいや、めっちゃ見られてるだろ……。野次馬が集まってきちゃってるし……」
もうサイレンが鳴り出すことはないとはいえ、あまりに目立つと今後の行動を取りにくくなる。ただでさえ襲撃の後でみんなピリピリしているだろうに、衛兵に目をつけられでもしたら大変だ。
「おい、リラ! ちょっと落ち着こう。……な?」
急いで駆け寄って声をかける。バッと俺に向き直ったリラは、目が据わっていた。
「ポルタ様……。あたし、アルドル様の死を、無駄に、したくない……っ!」
「わ、わかったわかった……。わかったから、そこを離れよう。献花したい人たちの邪魔になってるから――」
「おい! 何の騒ぎだ……っ!?」
「あっ……」
その時、鋭い怒声が響き渡った。案の定、見回りの兵士に目をつけられたか……?
「貴様ら、そこで何をしている……」
だが、俺は――俺たちは、その声に聞き覚えがあった。
人波を押しのけて現れた人物は、俺の顔を見るなり辛辣に舌を打った。
「貴様は……ポルタ=リヴェラリスか。いつの間に、この城下町に来ていたんだ?」
「らっ、ラピス……?」
どうして、彼女がここに?
彼女はアルドルと同じく、先日の戦いの中で死んでいるはずなのに――
「そこを動くな。貴様のことは、前々から気に入らなかったんだ……」




