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第5話 傷ついたソムニア王国

 晴れた空。広がる青い麦畑――

 俺たちは前回と同じ、物置小屋の近くに出た。


「想像通りではあるけど……やっぱ、ひどいもんだな」

 ただし、周囲の様子はその時と少し違っていた。

 魔王軍の侵攻は、こんな平和な田園風景にさえ痛々しい爪痕を残していたのだ。


「畑が荒らされてる~……。あそこに刺さってるのって、弓矢だよね~?」

「流れ矢なのかな……。ところどころ、地面が剥き出しになってるけど……」

「うむ……。この近辺でも激しい戦闘が行われたのだろうな」

 みんな、不安げに辺りを見回している。実のところ、原作でもアニメ版でも、城から離れたこの辺りの描写は少なく、さほど言及されていなかった。


「原作でも、城の近くまで敵の一部が押し寄せてきたって書かれてたからな……。前線のアルドルたちが抑えきれなかった部隊が、ここまで攻め込んできたんだろう」


 俺たちにとっては一日空いただけだが、この世界では一週間程度経過している計算になる。

 原作通りなら魔王軍の撤退から数日が過ぎていることになるので、敵兵や魔物も近くにはいないと思う。

 だが、差し迫った身の危険がないにせよ、こうして生々しい戦闘の痕跡を目にするだけで、胸が押し潰されそうな気分にさせられる。


「城下町の人たち、大丈夫なのかな……」

 俺がちょうど考えていたことをリラが口にした。遠目に見た感じでは、城壁や城はそのままの形で残っているようだが――

「町への侵入は守備隊が食い止めてくれたはずだ。きっと、城下町は無事のはず……」

「まあ、そうだな。原作通りであれば、だが」

「もし~、そこが原作と変わってたら~……」

「ぽ、ポルタ様! 早く様子を見に行こうよ……!」

「ああ……。もちろん、そのつもりだ」


 前回同様に馬車を出すと、三人とも足早に駆け込んだ。出発前にはどこか浮かれた雰囲気のあった彼女たちでさえ、すっかり緊張感に包まれている――



「……よかった。城壁が破られたりはしてないみたいだな」

 ひとまず、ここまでは原作の通り。

 堀の辺りまで近付いてみると、兵士や大工たちが集まっているのが目に入った。どうやら傷んだ壁を修繕しているようだ。


「すまない、ここを通りたいんだが……」

「あっ、ポルタ様! ご無事で何よりです!」

「君たちの方こそ……。本当に、ひどい戦いだったな……」


 顔見知りの門兵たちは負傷こそしていなかったが、疲労の色を滲ませていた。

 何より、全員の腕に黒いリボンが巻かれている。原作でも描写されていたが、喪章だ。それが目に入って、俺は思わず顔を背けてしまった。

「俺たちはたまたま郊外に出ていたから、戦火に巻き込まれずに済んだんだよ」

「そうですか、それは幸運でしたね!」

 若い兵士たちは、爽やかな笑顔を返してくれた。復興のために働く彼らに対して、こんな嘘をつくのも胸が痛む。

「こちらも幸い、街の中への侵入は防げましたよ。どうぞ、お通りください」

「ありがとう……」


 門をくぐると、その先の景色は見慣れたものとそう変わらなかった。

 多少慌ただしい雰囲気はあるが、多くの人々が往来している。

 屋台や商店も、ほぼいつも通り営業しているようで、少しほっとした。


 ただ――やはり、目に入るほとんどの者が喪章を付けている。今まで通りの日常を送れている者もいるようだが、家族や友人を失った人たちも少なくないのだろう。


「じゃあみんな、俺は馬車を預けてくるから……」

 前回と同じ地点で、三人には馬車から下りてもらったのだが――


「あっ……――」

 その矢先に、リラが膝から崩れ落ちた。

 彼女は、魔法時計台のふもとに置かれた、ある物を見つけてしまったのだ。


「あうっ……うあっ、あっ……。ううぅ……っ」

「り、リラ様ぁ~……」

 そこにはアルドルの大剣が飾られ、献花台が設置されていた。それが何を意味するのかは、ソムニアサーガを読んでいない者にもすぐにわかっただろう。

(これも……原作通りの描写だな……)

 リラは何か言おうとしているようだが、言葉にできないほどの嗚咽に塗れている。寄り添うノドカまで泣き出してしまった。


「アルドル……没したか。彼の運命は変わらなかったのだな」

 ソデコは淡々とそう呟いたが、彼女にしては珍しい鎮痛な表情だ。

「……そうだな。きっと原作と同じで、みんなを守るために全力を尽くしたんだろう……」

 俺もこうして平静を装ってはいるものの、決して平常心ではない。

 何度も繰り返し読んできたシーンとは言え、胸が張り裂けそうだった。


 しかし、泣いている場合ではない。アルドルが原作通りに死んでいることは十分予想できたことだ。むしろ、アルドルが原作を改変した要素でないとわかったからこそ、何が変わってしまったのかを急いで見定めないといけない。


「ノドカ、ソデコ。悪いが、リラと一緒にいてやってくれ」

「は、はい~……」

 馬を引いて歩き始めると、すぐにソデコがついてきた。

「拙者も一緒に行こう。リラ様にはノドカがいれば大丈夫だろう」

「そうか……。じゃあ、頼むよ」

「あっ、あだしも、いぐぅ……っ」

「今はいいよ……無理するなって」

「リラ様、今はやめときましょ~……?」

「えうううぅ……。えぶぅううう……っ」

 彼女の泣き顔はこれまで何度か見てきたけど、未だかつてないほどに崩れきっている。こんな状態で連れ回すなんて、俺にはとてもできない。


 リラたちから離れると、ソデコは俺の耳元に顔を近づけてきた。

「しかし、これからどうする? アルドルが死んでいたとなると、手がかりがないぞ?」

「まあ……うん……」

 俺も通行人たちに聞こえないよう、小声で答える。

「今のところ、原作との違いが見当たらないもんな。とりあえずは情報収集だ。できれば各地の戦況を詳しく知ってる人に、話を聞きたい」

「戦況なら、さっきの門番に聞けばよかったのでは?」

「彼らは前線には出てなかったみたいだしな。つーかあの流れで、聞きにくかったし……」


「では、全体の戦況がわかる人間と言うと……騎士団長のヴィクトルあたりか?」

「騎士団長はさすがに大袈裟すぎるだろ。俺、できれば極力目立ちたくないし……」

「この期に及んで何を言う? お主、命がかかってるんだぞ?」

「それはそうだけど……」


 こうして、馬車を預けて戻ってくると、献花台のそばに人だかりができていた。

 その時点ですでに、嫌な予感はしたのだが――


「うああああ……アルドル様ぁ……。あだしは、アルドル様の死を無駄にはしません……。アルドル様が守ろうとした未来を、あだしはきっと、守り抜いてびせばふぅぅ……っ!!」

「泣かないで~リラ様ぁ~……!」

 人だかりの中心にいたのは、身内だった。

 献花台に突っ伏して、おいおいと泣き喚くリラ。事情を知らない者が見たら、まるで酔っ払いのような乱れようだ。ノドカは止めもせず隣に突っ立って、一緒にめそめそと泣いている。


「な、何やってんだあいつら……」

「それはまあ……心の誓いを立てているのでは?」

「いやいや、めっちゃ見られてるだろ……。野次馬が集まってきちゃってるし……」

 もうサイレンが鳴り出すことはないとはいえ、あまりに目立つと今後の行動を取りにくくなる。ただでさえ襲撃の後でみんなピリピリしているだろうに、衛兵に目をつけられでもしたら大変だ。


「おい、リラ! ちょっと落ち着こう。……な?」

 急いで駆け寄って声をかける。バッと俺に向き直ったリラは、目が据わっていた。

「ポルタ様……。あたし、アルドル様の死を、無駄に、したくない……っ!」

「わ、わかったわかった……。わかったから、そこを離れよう。献花したい人たちの邪魔になってるから――」


「おい! 何の騒ぎだ……っ!?」

「あっ……」

 その時、鋭い怒声が響き渡った。案の定、見回りの兵士に目をつけられたか……?


「貴様ら、そこで何をしている……」

 だが、俺は――俺たちは、その声に聞き覚えがあった。

 人波を押しのけて現れた人物は、俺の顔を見るなり辛辣に舌を打った。


「貴様は……ポルタ=リヴェラリスか。いつの間に、この城下町に来ていたんだ?」

「らっ、ラピス……?」

 どうして、彼女がここに?

 彼女はアルドルと同じく、先日の戦いの中で死んでいるはずなのに――


「そこを動くな。貴様のことは、前々から気に入らなかったんだ……」

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