第3話 袖子の家
俺たちを乗せた車は、閑静な住宅街を抜け、さらに十数分後――
見事な竹林に囲まれた屋敷の、門の前で止まった。
「着いたぞ。ここが私の家だ」
「す、すごい……」
一言で言うなら、和風の超・豪邸だ。その筋の人の家かと思うほどに、バカでかい。
「……っていうか烏羽の親って、何やってる人なんだ……?」
「詳しくは知らん。二人とも、いくつかの会社の社長らしいが」
「両親が社長……。それで、こんな豪邸に……?」
「家は、お祖父様とお祖母様の代に建てられたものだ。言ってみれば、遺産だな」
「そ……そうなんだ……」
声が勝手に小さくなってしまう。それまでただの変な同級生だった烏羽が、急に住む世界が違う存在に思えたのだろう。実際、住んでる家のレベルはまるで別次元だけど……。
「お……お邪魔します……っ」
玄関から長く伸びた廊下。一体、何部屋あるんだろう。
これから烏羽の両親に会うのかと思うと、嫌でも緊張してしまう。
しかし――
「そう固くなるな。両親は海外出張でずっと不在だ」
「えっ? そうなのか?」
「だから、安全だと言ったのだ。家政婦はいるが、『拙者の部屋には入るな』と命じてある。思う存分、本の世界に入り浸れるぞ」
「そ、そうか……」
ずっと親がいないって……。しかも、家が遺産ってことは、祖父母もすでにこの世にいないってことだよな?
烏羽は、こんな広い家で、たった一人で寝起きしてるのか?
家政婦がいるとは言ってるけど……寂しくないんだろうかと、率直に思った。
「そういやこの家、結構学校から遠かったけど――」
「運転手がいるからな。通学には何の支障もない」
「そうじゃなくて……もっと近い高校、あったんじゃないのか?」
「それはそうだが、拙者はこの二人と同じ高校に進学したかったのだ」
「あー……。お前ら、中学からの付き合いなのか」
「そうだよ~。同じ中学じゃなかったけどね~」
「同じ塾に通っていた時期があった。拙者は成績が全く上がらなかったので、すぐ親に辞めさせられてしまったが……」
「あたしたち、袖子が塾を辞めてからも時々三人で会ってたんだよ。受験勉強、一緒にがんばったよね!」
「がんばったよね~! 袖子ちゃんは特に、すっごくがんばってた~!」
「フッ……今となっては思い出したくもないがな」
「なるほどなぁ……」
この三人の仲の良さは尋常じゃないとは思っていたが、一朝一夕でできた繋がりじゃなかったんだな。
羨ましいと思うと同時に、自分がここにいるのが場違いなんじゃないかという気がしてくる。
ただでさえ女子の家に遊びに行くなんて、いつもの俺からすれば考えられない状況なのに。
「ところでさ……。お前らの家も、大金持ちだったりしないよな……?」
ふと頭をよぎった疑問を口にすると――
「まさか! うちは普通のマンションだよ!」
「わたしはアパート~」
「そうか。なんか、安心したわ……」
たまたま烏羽だけが大金持ちだったってことか。まあ、こんな金持ちそうそういないよな。
ただそれなら三人の中で烏羽だけが、変な疎外感みたいなのを覚えたりすることもあるんじゃないかって、ちらっと思ったりしたけど――
「てゆーか、袖子ん家に来るのも久しぶりだなー。最後に泊まったのいつだっけ?」
「それも高校入試が終わった直後だな。あの時は珍しく両親が揃って家にいたか」
「ね~赤野く~ん。袖子ちゃんのお父さんとお母さん、とっても面白い人なんだよ~」
「おいやめろ。赤野に余計な情報を与えるな」
「はは……」
こいつらはたぶん、そういうのは気にしないんだろう。心の壁なんか全くなくて、まるで姉妹みたいに仲がいい。やっぱり少し羨ましいなと、俺は密かに思った。
「広いな……。俺の部屋の倍ぐらいありそうだ」
「そんなにまじまじ観察するな。いくら拙者でも照れるぞ?」
「真顔でそう言われても説得力ないけど……」
烏羽の部屋は洋風の作りで、たぶん十畳以上ある広めの部屋で、余計なものが全くない簡素な内装だった。
「つーか、スッキリした部屋だな。もっとフィギュアとかキャラグッズがずらっと並んでるのとか想像してたけど……」
「そういうのは、趣味用の別室にまとめてある」
「あー……金持ちはやることが違うな」
あまりまじまじ観察するのもどうかと思ったが――よくよく見ると本棚には、ソムニアサーガなどの作品の単行本は並んでいる。特にお気に入りの本以外は、全て趣味の部屋に置かれているということなのだろう。
「この部屋はあくまで寝室兼、勉強部屋で……要するに、寝室だな」
「ええ……。勉強はしないのか?」
「しない。拙者は昔から、大の勉強嫌いだ。あまりに容姿端麗なせいで、頭が良さそうだとよく言われるがな」
「袖子って、赤点の常習犯だもんねー」「ね~」
「フッ……。まあ、0点を取ったことは、数えるほどしかないが」
「自信満々に言うなよ……。俺の手伝いなんかしてるより、テスト勉強してる方がいいんじゃないか?」
「黙れゴミ。それより、さっさとモジャのところへ連れて行け」
「はいはい……」
自分のバッグから、持参したソムニアサーガの単行本を取り出す。こうしてみんなに見られながら本の中に入るのは初めてなので、妙な緊張感がある。その一方で――
「ソムニア王国でお泊まりか~……。なんだかわくわくするね~」
「うむ。前回食べそびれた向こうの料理、今度こそ味わわねばな」
「あ、そっか! 袖子と和花は何も食べてないんだ……!」
「アルドルのところで茶は飲んだがな。悪くない茶葉だったが、実は腹が減っていた」
「今回は絶対、いろいろ食べて帰らなきゃね~!」
この三人には、まるで緊張感がない。昨日、初めて三人でソムニア王国を訪れた時と全く同じような構図だ。
「お前らなぁ……遊びに行くんじゃないんだぞ?」
「は~い! もちろんわかってるよ、ポルタ様~!」
「安心しろ。ソムニア観光のついでに、お前の手伝いはしてやる」
「……ったく」
ソムニアサーガの話になった途端に、白梅はノドカに、烏羽はソデコに見えた。
たぶんこいつらも同じだったんだろう。すでに俺のことをポルタって呼び始めている。
「でもさ、ポルタ様。ある程度区切りがつくまでは、向こうに滞在することになるんだよね?」
「そうだけど、今日はあくまで様子見だよ。出入りは自由らしいから、ずっと監視してなくても大丈夫そうなのがわかれば早めに帰ってきたっていい」
「逆に言えば、しばらく向こうに滞在するしかなくなることもあるわけじゃん?」
「んー……まあ、そうだけど」
「わたし、そうなっても全然いいからね~!」
「拙者としては、むしろそうなってくれた方がいい。幸い、明日は学校も休みだしな」
「だから、慌てて帰ろうとしなくても大丈夫だからね。これからのことを考えて、帰って大丈夫だって確信が得られるまでは、じっくり調査しよう!」
「……そうだな」
後の二人はともかく、山吹は真剣に俺のことを考えてくれているのがわかる。
だからこそ、彼女には特に申し訳ない気持ちになってしまうわけだが――
「じゃあ、まあ……いつも通りにやってみるな」
単行本を開いて、ため息を一つ。やっぱり、現実感がない。




