第2話 いつもの教室?
「トビラ、今夜も遅くなりそうだから、夕飯は適当に食べといてね」
「ああ、うん。いってらっしゃい……」
「え……? 珍しいわね、いってらっしゃいなんて……」
「あっ……。ま、まあ、うん……」
あれから俺たちは、ひとまず現実世界に戻った。
本の中には六時間近くいたはずだが、現実世界では一時間も経っていなかった。モジャの言う通り、大体七倍で合っているようだ。
別れ際にメッセージアプリで四人だけのグループを作って、家に帰ってから今後のことをざっくり話し合った。
今日の放課後には四人で待ち合わせて、オルタナ世界に入ることになっているが――
「はあ……。朝から憂鬱だ……」
放課後までは、何もできないのと同じだ。
オルタナ世界で致命的な事件が起これば、俺はもう助からない……らしい。
モジャは『オルタナもろとも存在が消える』って言い方をしてたけど、実際どんな感じなんだろう。俺の姿がいきなり消えるのか。両親やクラスメイトの記憶からも抹消されるのか。具体的に想像し始めると、ますます怖くなってくる。
今すぐ死んだって何もおかしくない。こんな状況で、普段通り学校に行かなきゃいけないなんて、やっぱ無理があるよな……。
*
「……おはよう」
「おう、おはよー赤野」
いつもの教室。同級生とのいつもの挨拶。
なのに、今までとは全然別の空間にいる気がしてしまう。
オルタナ世界がどうなっているのか、気になって仕方がない。
今ここで悩んだところで、どうにもならないのはわかっているのに――
「赤野、おはよー!」
と、その元気な声と共に、一瞬で教室の空気が固まった。
山吹と、烏羽と白梅。三人揃って、俺のすぐ目の前にいる。
「お……おう。みんな……おはよう……」
「なんだお主? その気のない挨拶は?」
「てゆーか赤野って冷たいよね! メッセージに既読もつかないしさ!」
「えっ……あっ、ごめん。ちょっと、見てなくて……」
「もしかして~、昨日はあんまり眠れなかったの~?」
「い、いや……。まあ、普通に寝たけど……」
教室中にいる奴らがみんな、それとなく聞き耳を立てているのがわかる。露骨に顔をこちらに向ける者はいなかったが、クラスメイトの意識が俺に集められているのを感じる。
そりゃあまあ、そうだろうな。昨日まで俺とこの三人には、何の接点もなかったんだから。
「そうそう、それでさ! 放課後、ちゃんと空けられたからね!」
「フッ、喜べ。打ち合わせ通り、準備は万端だぞ」
「お泊まりで勉強会する~って、お母さんに言っといたよ~!」
「しっ……! 全員、声が大きい……!」
「あっ、ごめんごめん! あたしたちだけの秘密だもんね!」
「…………」
正直、非常に気まずい。三人は気にならないんだろうか?
……まあ、気にしてないんだろうな。普段から人目を気にせず、大声でマンガやアニメの話をしてるような連中だから。
でも、なるべく悪目立ちしないように生きてきた俺にとって、こんな見せ物みたいな扱いはこの上ない地獄だ。クラスでの俺の立ち位置が、今日からまるっきり変わってしまうんじゃないだろうか。
とりあえずこの状況を切り抜けたくて、三人から顔を背けたまま話を打ち切った。
「じゃあ、まあ……そういうことで……」
「えっ、なにそれ? 感じ悪くない?」
「いや……もう、いいだろ。また、後でな……」
「もー! せっかく声かけてあげたのに、ムカつく! ナメきってる!」
「まあまあ、落ち着け史織」「たぶん、恥ずかしいんだよ~」
などと声を上げながらも、三人は離れていってくれた。
視線を男友達の方に戻すと、案の定みんな露骨に不審がっていた。
「赤野……。お前、何があった?」
「なんであいつらと親しげに話してんだよ……?」
「いや……。まあ、なんでもない。頼むから、触れないでくれ……」
「ああ……」「お前も大変だな……」
みんな、頼むからそんな目をしないでくれ。単にちょっと色々ありすぎただけで、俺自身は別に何も変わってないんだ……。
*
早く放課後になってくれと念じ続けていたせいか、一日が異様に長く感じた。
結局、何事もなく放課後を迎えられたが、すでに精神的にかなり疲れてしまっている。
(よし……。そろそろいいかな……)
ホームルームが終わって、クラスメイトの大半が教室を出て行くまで、自分の席で時間を潰した。
なるべく山吹たちと一緒に行動しているところをみんなには見られたくない。理想としては、誰も見ていないところで、静かに合流したいところだ。
彼女たちは、あれから向こうから話しかけてくることもなく、普段通り思い思いに過ごしているようだったが――ホームルームの途中で、『校舎を出たところで待ってるから!』とメッセージが届いた。あまり待たせるのも悪いし、そろそろ行かないとまずい。
昇降口で靴を履き替え、表へ出ると――
「赤野っ! 遅いよーっ!!」
「いっ……――」
本当に出てすぐのところで待ち構えられていた。山吹の大声に、まばらにいた通行人たちが振り返る。
「何やってんの! アンタの命が懸かってんのに……!」
「だ、だから声が大きいって……」
「フン、いきなり待たせるとはいい度胸だな。教室で何をしていた?」
「いや……。お前らと一緒にいるのを見られたら、みんなに誤解されそうで……」
「それって~、わたしたち三人の誰かと、付き合ってるのかなって~?」
「ま……まあ、そういう方向性、かな……?」
「はあ? ないでしょ、アンタに限って!」
「全くだ。自意識過剰だな」
「…………そうかもな」
お前らはそう思っていても、俺からしたら疑われるだけでも面倒なんだが……。
あれこれ言っても無駄だろうし、早々に話を切り替えることにした。
「それより、これからどこに行くんだよ? 場所は烏羽が用意するって言ってたけど……」
これも昨夜のうちにチャットで打ち合わせしたことだ。
本の世界に長時間滞在するなら、絶対に邪魔が入らない安全な場所が必要になる。
教室も、俺の部屋もまずい。これ以上第三者を巻き込むのはごめんだ。
そんな中、烏羽が『最高の場所があるぞ』と言ったので、彼女に任せることにしたのだ。
「ああ、用意は何もしていないが。なんせ、拙者の家だからな」
「へっ……?」
「拙者の寝室を使っていいぞ。内鍵のある個室だが、何か不満か?」
不満というか……。俺、女子の部屋とか上がるの初めてなんだけど……。
「ま……待てよ。本当にいいのか? いきなり男子を連れて来るとか――」
「すでに迎えを呼んである。あの車だ」
「迎え……?」
「ああ。拙者専属の運転手だ」
彼女の指差す先には、黒塗りの高級車が止まっていた。ふざけて言ってるわけでは……ないらしい。
「乗れ。拙者が助手席に座る」
「……マジかよ」
「赤野は真ん中ね。両手に花だよ、よかったね!」
「ドキドキするね~、赤野く~ん!」
「…………」




