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第1話 一夜明けて

 朝が来た。目覚ましが鳴って、普通に目が覚めた。

 ベッドに入っても本の世界に行かず、そのまま眠ったのはいつ以来だろう。いくら日課のようになっている趣味とはいえ、あれだけ色々あった後だと、普段通りに過ごせないのは当然のことか……。


 昨日の出来事が全て夢のようだ。未だに現実感がない。

 それでも携帯電話を開くと、メッセージアプリには、山吹史織、烏羽袖子、白梅和花――秘密を共有することになった三人とのグループチャットの履歴が、はっきりと残っているわけだが。



「トビラは死ぬ。オルタナもろとも、存在が消滅してな」


 モジャから驚愕の事実を聞かされたあの時――俺はショックで言葉を失ってしまっていた。

 代わりに口を開いたのは、山吹だった。


「赤野が死ぬって……モジャ、それ、マジで言ってるの……?」

「イエス、大マジよ。そもそも【原作の展開から離れた時点でトビラは死ぬ】って、説明してあっただろ?」

「そ……それは、そうだけど……」

「オルタナが生まれた時点で、原作からどっかがズレたのは確定してるんだ。だからむしろ、今ソイツが生きてるのが超絶ラッキーってわけ。ツイてたな、トビラ! ニャハハ!」

「…………」

 呼びかけられてもすぐには反応できなかった。

 混乱しきった頭の中を無理やり整理して、なんとか声を絞り出す。


「要するに……まだ、今なら軌道修正が可能ってことだよな?」

「ま、今んとこな。ほっときゃ普通に死ぬぜぇ? オマエが学校に行ってる間も、寝てる間にも、オルタナ世界はどんどん先に進んでいっちまうんだからなぁ~」

 さも嬉しそうにそう言われて、さすがにカチンと来た。

 コイツは俺を怖がらせようと、デタラメを言ってるだけなんじゃないか……?


「ふざけんな……。こんなの、全部初耳だぞ? お前、適当なことばっか言うな!」

「悪いなトビラ。でも思い返してみろよ? オレは説明をサボったことはあっても……オマエに嘘をついたことは、一度もねーぞ?」

「うっ……」

 確かに……そうだったかもしれない。

 じゃあ、俺は……このままじゃ、本当に死ぬってことか……?


「……わかったよ。俺、今から行ってくる」

「赤野……!?」

 動くなら早いうちがいい。分岐した物語が勝手に進み続けるっていうのが本当なら、早ければ早いほど修正箇所は少なくて済むだろう。

「みんなはもう帰ってくれ。そこのドアから出れば、学校の教室に戻れるはず――」

「待ってよ! あたしも一緒に行くからっ!」

「史織ちゃんが行くならわたしも行く~!」「拙者もだ。放ってはおけん」


 と、三人は次々と俺の方へ集まってきたが、これ以上巻き込むわけにはいかない。

「やめとけって……。俺にも対処できる自信はないし、危険すぎる」

「だってこうなったの、そもそもあたしのせいだし……。あたしがアルドル様に会いたいって言い出さなければ――」

「違う、気にしなくていい。結局は俺が、みんなを連れて行く判断をしたんだ」

「でも――」

「いいから! 俺一人で行く……!」


 だが、勢い任せにオルタナの本に手をかけると――

()っつ……!?」

 予想外の痛みが走って、思わず手をはねのけてしまった。

「だ、大丈夫……?」

「なんだこれ……本がメチャクチャ熱い。火傷するかと思った……」


「あーそうそう。言い忘れてたけど、生まれたてのオルタナには入れないぜ。まだ世界が安定しきってないからなぁ~」

「先に言っとけ! いつ安定するんだよ……!?」

「さあ? ま、明日の放課後には確実に安定してるだろうな」

「じゃあ……今日のところは、帰って寝るしかないってことか。くそっ……!」

「他の作品世界に入って遊ぶことはできるぜ。楽しく現実逃避でもするか?」

「ふざけんな……っ!!」

 宣誓台に拳を打ち付ける。天井の高い部屋にゴンと鈍い音が響いて、余計に虚しくなった。


「畜生……。中の状況がどうなってんのか、今すぐ確認したいのに……」

「赤野……」

 そっと背中に手を置いてきたのは山吹。振り返ると、また目に涙を滲ませていた。

「あたし、明日は一緒に行くから。絶対一人で死なせたりしないから……」

「拙者と和花も行くぞ。一人で勝手に行くなよ? いいな?」

「……わかったよ。もう、好きにしろ……」


「ねぇ、モジャちゃ~ん」

 その時、白梅が唐突にモジャに話しかけた。

「わたし~、ちょっと聞いときたいんだけど~」

「おう、なんだ?」

「オルタナ世界っていうのは~、基本的には、『ソムニアサーガ』なんだよね~?」

「まあ、そうだな。人物や舞台の設定はそのままだから、影響のない部分は原作のまんまで進行していくぜ」

「出たり入ったりするのは、今までみたいに自由なの~?」

「あっ――」

 言われてみれば……。それすらわからないのに俺は、性急に中に入ろうとしていた。未知の領域に飛び込むっていうのに、ちょっと無謀すぎたかな……。


「……意外と鋭いねぇ、ドMちゃん。無鉄砲なトビラとは大違いだ」

「えへへ~、それほどでも~」

「結論から言うと、出入りは自由だ。サイレンが鳴り出すことももうないからな。トビラの意識がある状態なら、いつでもどこでもゲートは開けるぜ」

「あとね~、もう一つ聞きたいんだけど~。この場所とか本の中の世界って、現実世界と時間の進み方は同じなの~?」

「そりゃートビラも知ってるよ。なあ、トビラ?」

「あ、ああ……。ここは現実世界と同じだと思う。でも本の中は……だいぶ早いかな」

「だいぶって、どれぐらい~?」

「ちゃんと計算したことはないけど……夜寝る前に中に入って、そのまま何日か過ごしても、本から出たらまだ夜だったりすることもあったかな……?」


「赤野、それって、毎回同じなの? 作品によって違ったりはしない?」

「しないな。毎回、大体同じだと思う。今まで気にならなかったし……」

「ふむ。ということは、オルタナの世界も同じということなのか?」

「……モジャ、どうなんだ?」

「へっ、お利口なドMちゃんに感謝しろよ。普通の本の中と、時間の進み方は同じだ」

 モジャがそっけなくそう答えると、白梅はにっこりと微笑んだ。


「だったら、現実世界とオルタナ世界の時間の進み方の違いは、おおよその比率が割り出せそうだね~」

「確かに……。ソムニアサーガの世界って、この地球と同じで一年は365日、1日は24時間って設定だったよな?」

「うん。だから、計算は簡単だよ~」


「……ハア」

 ここでモジャが、さもうんざりした様子でため息をつく。

「七倍だよ、七倍……」

「いきなりなんだ? 何が七倍だって?」

「時間の進み方の違いだ。現実世界で一日進む間に、本の中では一週間経つ」

「そ、そうなのか?」

「どうせ帰ったら自力で割り出しやがるだろうし、教えといてやるよ。つまんねー」

「ありがとう、モジャちゃ~ん!」

「最初から素直に教えろよ……ったく、この猫モドキめ」


 それにしても――白梅はぼんやりしているように見えて、かなり頭が切れるようだ。

 それに、非常に現実的な思考をする。彼女がモジャに質問してくれて、俺も少し落ち着くことができた。


 ソムニアサーガは長編小説だ。さっきの場面から物語の完結まで、作中時間でまだ一年以上かかる。――ざっくり計算すると、現実世界で二ヶ月ってところか。

 リアルの生活もあるし、その間ずっとつきっきりで監視するのは無理だ。当分は毎日のように、頻繁に本の中と現実世界とを行き来し続けることになるだろう。長丁場になるのは避けられなさそうなので、現時点で焦りすぎても仕方ないってことだ……。


「……白梅って、頭いいんだな」

「ほえっ……!?」

「今回初めて本の中に入ったのに……。俺、時間のことなんか頭になかったよ」

 俺が素朴な感想を漏らすと、山吹が自分のことのように自慢気に言ってきた。

「当たり前だよ! 和花はずっと、学年トップの秀才だもんね!」

「えっ……!?」


「い、今は違うよ~。文系だけでの話だし、一位じゃないこともあるし~……」

「マジで……? 文系全体で、ほぼトップ……?」

「てゆーか、アンタこそ知らなかったの?」

「和花は、クラスではずっと一位だぞ」

「全然……そんな話、誰もしてなかったし……」

 こんな、歩く有害指定図書みたいな奴が、トップクラスの秀才……?

 俺よりずっと成績いいってことだよな……。嘘だろ……。


「わ、わたしのことはもういいよ~……。それより、これからの話をしなきゃ~!」

「そ……そうだな……――」

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