第22話 旅の終わりと何かの始まり
馬車を回収して、城下町から離れる。
それからは三人ともずっと黙っていた。たぶん、一気に疲れが出たんだろう。
俺も、今日はさすがに疲れた。でも、心地良い疲れかな……。
物置小屋のところまで来ると、馬車を止めてすぐ光のゲートを出した。
下手に長居してサイレンが鳴ったら台無しもいいところだ。
「さあ、帰るぞ。さっさとゲートに入れー」
「ああ~、麗しのソムニア王国~……。わたし、必ず戻ってくるよ~……」
「戻ってこない。いいから早く入れ」
「しばしの別れだな! ソムニア王国よ!」
「だから早くしろって! 人が来たらどうすんだ……!」
「あはは……」
リラが苦笑いでゲートをくぐると、二人もしぶしぶと後に続いた。
俺も間を空けず、光の中へ――
「なーんだ、全員生きて戻ったかぁ」
俺たちを出迎えたのは、いつもの一人の時と同じ。
夢の余韻をぶち壊す、ネコっぽい生物のダミ声だ。
「お疲れ、トビラ。どうだった、今回の旅は?」
「……お前に話すことはない」
「なんだよクソご主人。女の子三人も連れて、散々お楽しみだったんじゃねぇの~?」
「…………」
俺は無視していたのだが、ノドカ――じゃなくて白梅だけが、律儀に身を屈めて挨拶していた。
「モジャちゃん、ただいま~」
「おうおう、ドMちゃんは優しいねぇ。トビラもちったぁ見習えよ?」
聞こえないふりをしながら、俺は宣誓台の元へ向かう。四人の設定帖とソムニアサーガの単行本を置いてある台だ。
「じゃあみんな、本を閉じるぞ」
返事を待たずに、単行本に手を伸ばす。ページを閉じると、たちまち俺たちの身体は光に包まれ――あっという間に元の服装に戻った。
「わっ、びっくりした……!」
「着替えた時と同じだな……まさに一瞬だ」
「ちょっと名残惜しいよね~。メイド服着たの初めてだったけど、楽しかった~!」
「うむ、悪くはなかったな。次回はもっと魔族に相応しい装束を身に着けたいが」
「あはは……まだ言ってるし。赤野に怒られちゃうよー?」
山吹は、そう言いながら俺の方に首を回した。
だが――俺はその時、彼女たちの会話がろくに耳に入っておらず、反応できなかった。
「どうしたの、赤野?」
「…………消えない」
「消えないって、何が……?」
「設定帖だよ! いつも片付ける時は普通に消せるのに……!」
「ええっ……?」
というか、持ち上げようとしてもびくともしない。台に張り付いてしまったかのようだ。
こんなの、一回も起こったことがない。蛇口を捻っても水が出ない、スイッチを押しても照明が点かないのと同じぐらい、俺にとっては明確な異常事態だ。
横から覗き込んできた白梅と烏羽が、設定帖に起こっている異変を口にする――
「ノートが……赤く光ってるような~……?」
「それに、なにやら……鼓動のような音が……?」
「あっ……!?」
次の瞬間、まばゆい閃光が放たれ、その衝撃で手が弾かれた。
光はどんどん強まっていく――
かと思うとすぐに、ゆっくりと収束を始めた。
ノートを取り囲む程度の、小さな赤い光の塊になって――
「ヒッヒッヒ……。やぁーっと、キタかぁ……」
遠巻きに眺めていたモジャが、意味深なことを言っていた。
やがて光が完全に収まると、四冊のノートは消失していた。
代わりに、赤黒いカバーの掛けられた本が一冊だけ現れていた。
隣に置かれた『ソムニアサーガ』の単行本と、同じサイズの――
「なんだこれ……初めて見たぞ。設定帖がくっついたのか……?」
「表紙にタイトルが書いてるね。……って、これは……!?」
「んん~……? 『ソムニアサーガ』って書いてるね~?」
「もう一つのソムニアサーガ、ということか?」
「……わからない」
俺たちが困惑する中で、モジャだけが「ヒッヒ」と笑い続けている。
コイツ……絶対何か知ってるな?
「モジャ! これは、どういうことだ……!?」
「生まれたんだよ、おめでとさん。オマエにゃ一生無理だと思ってたが……」
「生まれたって、何が……?」
モジャは、うーんと背伸びをしてから起き上がると、ぴょんぴょんと飛び跳ねて宣誓台の上に乗った。
「お前たちの行動の影響で、原作から分岐、独立した……並行世界が誕生したんだ」
「独立した、並行世界……?」
「そ、【オルタナ】ってんだ。お前たちがさっきまでいたあの世界が、そのまんまずーっと続いていくわけさぁ」
「なんでそんなことが起きたんだ? 俺たち、原作に影響を与えるようなことは、せずに済んだのに……」
「どうしてそう言い切れる? サイレンが鳴ってなかっただけだろ?」
「……えっ?」
コイツ、何言ってるんだ? サイレンが鳴り止まなかったら世界が崩壊するって、コイツ自身が言っていたのに――
「あのサイレンは、万能じゃない。あくまで一時的な判断で、『このままだったらお前は死ぬよ』、『世界が崩壊しちまうよ』って、教えてくれるだけのもんだ」
「い、一時的な判断っていうと……?」
「遠い先に起こる変化までは、見通せないってことだよ。要するに、お前らがこうして呑気に帰ってきた後、しばらくしてから致命的な変化が発生したってことさ」
……マジかよ。そんなことがあるなんて、聞いてなかったぞ……?
「お、教えろよ、モジャ……。一体、何が原因なんだ? どこからストーリーが分岐しちまったんだよ……?」
「さあなぁ? そりゃー直接、自分の目で確かめりゃいいだろ?」
「くっ……」
こんな時まで恒例の説明放棄か……。
自分の目で確かめろって、こんな得体の知れない本の中に入れって言うのか……?
「オルタナは一つの生命みたいに、お前たちが中にいない間も動き続けてる。こうしている間にもどんどん時間が経って、物語が進行してるんだぜぇ」
「ってことは、今も……?」
普段なら、俺が本の外に出た時点で、作り出した世界の時間は止まる。
同じ設定で本の中に入り直すと、基本的にはリセットされて一からになる。
続きから楽しみたい場合は、設定帖に記録を残しておけば、ゲームのセーブデータのようにその場面から再開することもできるが――
何にしても、俺がいない間に勝手に話が進むなんて、あり得ないことだった。
「重要なのはここからだ。オルタナ世界のストーリーは大抵、元のあらすじから大きく離れていく。そうなると、原作通りの結末は迎えられなくなるよな?」
「……ああ、それで?」
「あるべき結末を迎えられないのが確定した瞬間に……ま、オレにとっちゃーどうでもいいんだけどよ。トビラにとっちゃ、困ることになるんだよな~」
勿体ぶりやがって……。俺が焦っているのを観察して、楽しんでいる。
「だから、何がどうなるんだ? 早く教えろよ?」
「そんなに知りたい? んじゃまあ、ストレートに言うぞ?」
「いいから、さっさと言えよっ……!!」
モジャはにんまりと笑った。コイツはやっぱり、俺を飼い主だなんて一切思っていないに違いない。
「トビラは死ぬ。オルタナもろとも、存在が消滅してな」




