第19話 仲間との絆
呆然とする俺に向かって、丸腰になったアルドルはゆっくりと近付いてきた。
「ポルタよ……。お前、仲間のために命を捨てるつもりだったな?」
「え……? いや、まあ……それは……」
仲間というか、巻き添えにしたクラスメイトだが――
「最悪、そうなってもいいとは……思ってたよ」
俺の率直な回答を聞くと、彼は満足気に深く頷いた。
「それほど仲間を想える者が、魔王の手先のはずがない。敵でないのであれば、お前とこれ以上戦う理由は、どこにもなかろう?」
「う、うん……。でもなんで、急に信じてくれたんだ?」
「ふむ、なんというか……最初から、疑っていなかっただけだ!」
「……えっ」
「一度でいいからお前の本気を見てみたかったのだ。いつも澄ました顔をしおって、友人のオレにすら腹の底を見せようとせん。水臭い奴だと思っていたぞ!」
「そ、それじゃ、全部演技だったのか……?」
「ハハハ、そういうことだ! 『死ぬから戦場に出るな』と言われたのには、少しカチンと来たがな!」
豪快に笑ったアルドルは、俺の魔剣に目を落として、さらにこう続けた。
「お前の最後の切り札も受けてみたかったのだが……無性に嫌な予感がした。もし繰り出されていれば、今頃オレは死んでいたのだろう?」
「ま、まあ……たぶん……」
「私情で剣を交えて命を落とすなど、騎士団長補佐としてあるまじき行いだ。それは、大変困る。ケンカごっこはここまでだな! ハッハッハッハ……!」
ケンカごっこ……。たぶん、俺じゃなかったら開始一秒で死んでたと思うんだけど。
あれでも全然本気じゃなくて、俺たちが死なないように手加減してたってことか?
つくづく、化け物だ。そりゃあ魔族も死に物狂いで首を取りに来るよな……。
そもそも最初からおかしかったんだ。リラに未来を知らされてもアルドルは心変わりしなかったのだから、原作の流れに変更はない。だから、サイレンが鳴り出すはずもなかった。
つまり、サイレンがけたたましく鳴り続けていた理由は、タブーに触れたからではなく……単に、俺がいつ死んでもおかしくないという警告だったのだろう。
「お嬢様方、ダシに使って悪かったな! おかげでポルタの素顔が見られた! 楽しい時間が過ごせたことに、心より感謝するぞ!」
「ど、どういたしまして~……」
「チッ……。なんという茶番だ……」
「アルドル様ぁ……っ。あたしは、アルドル様を信じてましたぁ……っ」
三人に笑顔で謝罪を済ませると、彼は再び俺に顔を向けた。
いつもの彼の――優しくて暖かな眼差しだ。
「なあ、ポルタよ。オレは本当に、明日の戦いで死ぬのだな?」
「あ……――」
真っ直ぐに見つめられて、思わず目を逸らしてしまった。
でも、下手にごまかしてもアルドルには見抜かれるだろう。
「……うん。決して避けられない、運命なんだ……」
「そうか。それは、非常に残念だ!」
「……信じてないのか?」
「いいや、信じるとも。他でもない、お前と……その友人の言葉だからな」
「アルドル様……!」
リラは驚いた顔をしていたが、アルドルがニコッと微笑みかけると、照れくさそうに俯いていた。
とはいえ、素直に喜ぶこともできない複雑な心情だろう。俺も自分の今の気持ちを、どう表していいのか全くわからない……。
「しかし、オレは何も心配していないぞ。オレが死んでも、幸い優秀な後継者がいる」
「後継者……。光の勇者か」
「今はまだまだ未熟者だが、あやつは本物の天才だ。やがてはオレなぞ及びもつかぬ真の勇者となる。見届けられぬのは口惜しいが……必ずや魔王を打ち倒す日が来るだろう!」
「アルドル……」
彼は心の底から勇者の才能を信じている。誰に何を言われようと、その信頼は決して揺るがないだろう。
原作でのアルドルも、死の瞬間までずっと勇者の勝利を信じていた。だから未練も恐怖もなかったんだ。自分の命なんて、彼はとっくに、民のために捧げていたのだから。
不意に目頭が熱くなったが――リラの嗚咽が聞こえてきた。
彼女が先に我慢できずに泣き始めてくれたおかげで、俺は少し冷静になれたようだ。
「……勇者は、必ず勝つよ。君の死は、無駄にはならない」
「そうか……。それは、ありがたいことだ!」
これにて、一件落着――で、いいんだろうか。
ソデコとノドカも身を起こして、泣きじゃくっているリラをなだめながら、三人揃って俺たちの方に近付いてきた。
「おいおいリラ殿、そう泣くな。泣かれると、オレまでつらくなってしまうぞ?」
「うっ……! すっ、すびばぜんっ……!!」
泣くなと言われてさらに泣くリラ。アルドルは困った顔をして頬を掻いていた。
「ところで、ポルタよ……」
「ん……なんだ?」
さり気なく切り出されたので、俺は全く身構えていなかった。
油断しきっていたところに、とんでもない質問がぶつけられた。
「おそらくだが、お前たちは……この世界の者ではないな?」
「え……――」
なんで知ってる? 誰か教えたのか?
混乱のあまり女子三人の顔を見回してしまったが、彼女たちにも不可能だ。
ということは――アルドルは自力でその事実に辿り着いたのか?
「なっ、なんで……わかった……?」
「ふむ、やはりそうだったか……。なんとなく、以前からそんな気がしていたのだ」
「い、以前から……? なんで、そう思った……?」
「今日まで確信はなかったさ。だが、まるで未来を見てきたかのような物言い……。現世の剣技を知り尽くしたオレが、初めて目にする技の数々……。未来人か、異界の者としか考えられなかった」
「あ……ああー……」
「それにな、ずっと引っかかっていたことがあったんだ。オレは、お前との出会いがどうしても思い出せなかった。いつからともなく、お前はオレの友だった……」
「そ、それは……」
俺は激しく動揺していた。彼との出会いについて、設定帖に書かなかったからだろう。
だが、ここまで秘密を知られたというのに、サイレンは鳴り出さない。アルドルの心境は、原作の状態から揺らいでいないようだ。
「騎士団を追われてからというもの、オレには友と呼べるような仲間はいなかった。人間不信に陥って、自ら遠ざけたのもある。それが、弟子ができたのをきっかけに、徐々に人々との交流が増え……幸運にも今の地位に戻ることができたが――」
天を仰いでしみじみと語っていたアルドルが、不意に俺を見つめてきた。
優しさに満ちた、慈愛の眼差しで――
「なあ、ポルタ。オレとお前は、いつ、どこで出会った?」
「…………」
出会いのきっかけなど、ない。
俺と彼との友情は、俺が一方的に作り上げた偽物なんだ。
正直にそう答えることもできずにいると、アルドルは突然、ふっと頬を緩めた。
「まあ、どうでもよいことだな」
「えっ……。ど、どうでもいいって……?」
「オレは、お前といるのが快かった。どこか違和感があったにせよ、オレが自分の意志で、お前を友にすると決めたのだ。お前が何者でも、どんな事情があろうとも……お前は、オレの友人だ」
「アルドル……」
「フフ……たとえ、うるさい弟子から何を言われようとな!」
このうるさい弟子というのは勇者ではなく、もう一人の弟子のラピスのことだ。
彼女の顔が脳裏に浮かぶと同時に、罪悪感が湧き上がってきた。彼女もアルドルと同じく、明日の戦いで命を落としてしまうことを思い出して――
「あっ、そうだ。ラピスには悪いことをしたんだよ……。実は昼間の光は、俺の忘却魔法なんだ。彼女に魔王の手先だって疑われて、仕方なく……」
「ハッハッハ! そんなことだろうと思っていたぞ! よいよい、放っておけ! あれはもう少し、頭を柔らかくせねばならん!」
「そ、そうか……?」
この様子だと、アルドルは誰にも俺たちの正体を話したりはしないだろう。
現にサイレンは鳴っていない。このまま彼は――秘密を抱えて、死んでいくことになるのか。
「しかし、それにしても……」
アルドルはくるりと身体の向きを変えると、派手に空いた壁の大穴を見ながら苦笑いした。
「勢いで壁をぶち抜いてしまったのは……ハハハ! まいった、後で大目玉だな!」
「あ、ああ……すまない。せめて、片付けるのぐらい手伝うよ……」
「ハハッ、構わん! オレが勝手にやったことだ!」
それからアルドルは、女子三人に笑顔を向けて――
「お嬢様方! せめてもの償いに、茶でも飲んでいってくれ! 穴開きの部屋では落ち着かんだろうが、時間の許す限り寛いでいくがよい!」
「は、はい……!」
「フッ。よかったな、リラ様」
「はあ~……一生の記念になるね~……」
気付けば、空はいつの間にか真っ赤に染まっていた。
毎回ここに来るたびに目にしていた、同じ夕焼けのはずなのに――
今日は何故か、あまり悲しげな色には見えなかった。




