第18話 絶体絶命
「どうした、ポルタ? 急に目が死んだぞ? さっきまでの覇気はどこへ行った?」
「もう……戦えない……。許してくれ……」
今頃になって状況を理解したのか、膝がガクガクと震えてきた。
最初から、勝ち目なんてない相手だったのに――
「いいから立て。剣を構えろ。戦わずに斬られるつもりか?」
「うっ……うう……っ」
立ち上がって逃げ出したい。でも……立てないんだよ。
スキルがなければ俺なんてこんなもんだ。
まさかこんな死に方をするなんて思ってもみなかったけどな……。
「おい! 立たぬなら、そのまま斬り捨てるぞっ!?」
耳鳴りみたいなサイレンが止まない。どうやら、ここまでのようだ。
俺は大人しく目を伏せた。せめて苦しまずに死なせてくれ――
(アルドルは……やっぱり強かったな。生きてたら、そりゃ今後の展開がめちゃくちゃ変わってただろう。魔王にだって余裕で勝てたはずだ……)
「……なんのつもりだ?」
何故か、攻撃が来なかった。代わりに、アルドルは不快そうに声を上げた。
「お前、何をしている? 男の勝負に水を差すな」
「あ、あ、アルドル様……。お願いです……ポルタ様を、殺さないで……っ」
「り、リラ……」
瞼を上げて、驚愕した。なんとリラが、アルドルに剣を向けていたのだ。
剣は――執務室に飾っていたものか。壁をぶち抜いた時の衝撃で飛ばされてたのを拾ったんだな。
まさか彼女が俺のために、最愛の人に剣を向けるなんて……。
ただ、俺以上に全身を震わせていて、どう見ても戦える様子ではない。
「や……やめろ。殺されるだけだ……!」
「だって……だって、こんなの……っ」
「むっ……!」
その時、どこからともなくアルドル目掛けて、何かが飛んできた。
これは――炎の矢?
「小賢しいっ!」
彼が手を振るっただけで、それは掻き消された。
ということは魔法攻撃のようだが、一体誰が……?
「曲者め……。そこかっ……!!」
アルドルが力強く剣を振るうと、彼の魔力を帯びた衝撃波が突風のように走り抜けた。
すると、その先にあった何もない空間がめくれ上がるようにして、身を寄せ合う二人のメイドが姿を現した。
「ひ、ひえ~っ! もう見つかっちゃった~……!」
「チィ……さすがは封魔の勇者。相手にとって不足なし……」
ノドカとソデコ……? 身を隠す魔法を使ってここまで来たのか?
「お、お前ら……なんで……」
「どうやってここまで来たの!? 石像にされてたのに……!?」
「フン、甘いな。お主は拙者とノドカを見くびり過ぎだ」
「えへへ~。実はわたし、【回復と補助魔法の達人】なの~。石像化されるなんて思ってなかったけど、なんとかなっちゃった~!」
「ま、マジかよ……」
要するに、ソデコだけじゃなくノドカまで、こっそり設定帖に書き足してたってことか。抜け目がないというか、なんというか……。
「お主がラピスと問答している間に、ノドカに頼んでおいたのだ。『何があるかわからんから、今のうちに補助魔法をかけられるだけかけておけ』とな!」
「そのうちの、精霊の加護が効いたみたい~。ポルタ様の魔法が強すぎて無効化はできなかったけど、効果時間はすごく短くできたよ~!」
「そうか……全然気付かなかったよ」
二人が来たのは望外のことではあるが――
増援があったところで、状況はそう変わっていない。
ソデコの闇魔法は、低く見積もっても魔王軍の幹部レベルはある。そこらの衛兵なら一瞬で焼き尽くすだけの威力はありそうだ。
それでも、魔法というだけで、アルドルには一切通用しない。もちろん、原作を読み込んでいるソデコとノドカなら、そんなことは重々承知しているはずだが――
「……解せんな」
アルドルは静かに頭を振った。彼女たちの力量を一目で見抜いたのだろう。
「小娘どもよ。お前らもオレに魔法が効かぬのは知っていたのだろう? 何故、のこのことやってきた? そんなに死にたかったのか?」
「愚問だな。親友の危機を、黙って見過ごすことなどできん」
「史織ちゃ――じゃなくて、リラ様を一人で死なせるなんて、できるわけないよ~!」
「お……お前ら……」
二人の言葉を耳にして、俺は彼女たちを見誤っていたのだと気付いた。
確かにバカで軽薄なところはあるけど、俺なんかよりよっぽど仲間想いだ。
現実問題として、俺が死んだら元の世界に戻るゲートを開けなくなるというのはある。だから一か八かで助けに来たっていうのも、もちろんあると思う。
それでもアルドルの強さを知ってなお立ち向かうというのは、ただの無鉄砲では片付けられない。少なくとも……俺には絶対無理だった。たとえ親や友達が人質にされていたとしても、本気のアルドルと勝負なんて、拒否したはずだ。
「そうか、わかった。全員、死ぬ覚悟はできているということだな?」
「……ノドカよ。拙者に防御魔法を掛け続けろ。隙を見て突撃する……」
「う、うん~……!」
だが、次の瞬間には――
「ひゃっ!」「うぐっ!」
アルドルが軽く剣を振るっただけで、二人まとめてなぎ倒されてしまった。
「ノドカ! ソデコ……!」
リラは悲鳴に似た声を上げたが、依然として身動きは取れないようだ。
アルドルは無情にも、倒れた二人の方へ歩み寄っていく。
「……つまらん勝負だったな。まずは、その二人から送ってやろうか」
「い……いた、い~……」
「くそ……。何故か、身体に力が入らん……」
「や、やめろ……」
俺が身を起こすと、アルドルはぴたりと立ち止まった。
俺は、どうして立ち上がれたのだろう。体力も気力も限界のはずなのに。
俺を助けに来て殺されようとしている奴らを、放って置けなかったから?
俺の巻き添えなんかで、死なせたくないと思ったから?
ああ……そうだ。ソデコもノドカも、リラも……
この三人は、俺に巻き添えにされて死のうとしているんだ。
俺なんかと関わらなければ、明日からも毎日楽しく暮らせたはずなのに。
そもそも俺が教室で能力を使ったりしなければ、こいつらを巻き込むこともなかった。
彼女たちをここで、死なせるわけにはいかない――
「その三人に、手を出すな……。やるなら、俺を倒してからにしろ……」
「……ほう」
ゲートは――やっぱりサイレンが鳴っている間は開けないみたいだ。
どうにかして、一時的にでもサイレンを止めるしかない。
一瞬でもゲートが開けたら、あの三人をゲートに押し込んで――
「ポルタよ、まだ何か企みがあるようだな? 死んでいた目が蘇ってきたぞ」
「……よく聞けアルドル。お前を殺すだけなら簡単なんだよ。ただし、この技を使ってしまえば……俺もただでは済まない」
「そうか……ハッタリではないようだな」
「……まあな」
俺が唯一設定したスキル――【夢想斬空破】を使う。
設定帖に書いたことは絶対だ。アルドルは確実に死に至る。
だが、彼の魂が肉体から離れる直前に、ソムニア王国全体にまで拡散した時間遡行魔法をかけることができれば――もしかしたら、数秒だけでもサイレンが止まってくれるかもしれない。
確証は何もない。本当にサイレンが止まるのか、俺が計画通りにやれるのかもわからない。
ここまで疲弊しきった状態で高位魔法の連続使用を試したこともない。
でも、俺の手札でできることといえば、それぐらいしか思いつかない。
俺は……アルドルを斬る。たとえ途中で魔力が尽きたとしても、生命エネルギーを強制的に魔力に変換して、意地でもサイレンを止めてゲートを開いてやる。
「行くぞ、アルドル。覚悟はいいか……?」
「…………」
最後の深呼吸をする。アルドルはじっと俺を見据えている。
身体の芯から、熱い闘気が高まっていくのを感じる。
(今だ……。【夢想、斬空――)
「わかった! ここまでにしよう!」
「…………えっ?」
アルドルは突然そう叫ぶと、投げるようにして地面に剣先を突き刺した。
同時にサイレンは止まったので、危機が去ったのは確かなようだが……?




