第17話 封魔の勇者
「さあ、構えろ! 打ち込んでこい!」
そう言われても、俺には使える剣技がない。
リアルでは竹刀すら握ったことがないのに……。
こうして闘気全開のアルドルと向かい立っただけでよくわかった。こいつは人間じゃない。普通の人が修行して辿り着ける、能力の限界の遥か上にいる存在だ。
神に選ばれた存在――勇者。間違いなくその名に相応しい男。
まさかそんな相手と、俺みたいなモブが戦うことになるなんて……。
こんな状況、全く想定していなかった。これまで飽きるほど同じ一日を繰り返してきたが、彼と口論になったことさえ一度もなかったから。
アルドルは、明日の戦いで死ななければならない。
それが運命であり、この世界のルールだ。
この場を切り抜けるには、もはや剣を交えるしかない。だが、今ここで彼を倒してしまったら――いや、おそらくは傷を負わせるだけでも、その後の物語展開に致命的な影響を与えるだろう。
つまり、彼を傷つけることはできない。
怪我もさせずに勝つなんて……いくらなんでも不可能だ。
(どうする……何かないか? 設定帖に書いたのに忘れてる剣技とか……)
異世界トリップを楽しみ始めた頃は、頻繁に設定帖を更新して、いろんなスキルを試していた。剣だけでなく様々な武器を使ってみたこともある。だが最近は魔法スキルだけで事足りていたので、使わない武具のスキルはどんどん削除してしまったのだ。
(何か……何かあるはず。俺自身、設定帖に書いて忘れてるような技とか、スキルとか……)
俺だけに見えるステータスウィンドウ――設定スキルの一覧表が、空中に浮かび上がる。それを一気に流し読んでいくうちに、一つだけ物理攻撃技が設定されているのを発見した。
(おっ、これは……)
確か、中学生の頃に考えたオリジナル技で――
【夢想斬空破】
天地を二つに引き裂く巨大な斬撃を放つ。相手は死ぬ。
(――使えるかっ!!)
何を血迷ったんだ、あの日の俺は……。どんなテンションでそんな技をセットした?
そんなチート技を使ったら、アルドルどころか王国ごと消し飛ばしてしまう。
かと言って、他に使えそうな剣技は設定してないし……。
「おい、どうした? 何故来ないのだ?」
「え、えっと……。踏み込めないんだよ、お前のスキがなさすぎて……」
「まあ、構わんが……来ないなら、こちらから動くぞ?」
「あっ――」
アルドルは、ゆっくりとリラに視線を向けた。そして、大剣を真上に振り上げ――
(《高速移動》……!)
俺は咄嗟に移動魔法を発動させ、二人の間めがけて強引に割って入った。
ぶつかり合う刃が閃光を散らす。――アルドルに接触した時点で魔法効果は掻き消されてしまったが、なんとか間に合った。
「おお、やるな! オレの剣を受け止めようとは!」
「ぐっ……」
アルドルの太刀は、ひたすら重い。生身の俺なら確実に即死だった……。
「さあ、どんどん行くぞ!」
「や、やめてくれ、アルドル……!」
目で追いきれない斬撃が、上下左右から襲いかかってくる。
俺はなんとか一撃一撃を剣でそらし、紙一重で躱し続ける――
「素晴らしい……なんという反応速度! 身体が勝手に動いているかのようだぞ!」
(……実際、そうだからな)
これは剣闘スキルを使っているわけではない。防御スキル、オートパリィだ。
自分への攻撃を、身近な武器を使って自動的に受け流す、完全防御のチートスキル。
流れ矢に当たって死ぬようなリスクをなくすために、必ず設定帖に書くようにしている。
このスキルなら、アルドルを傷つけることはない。
逆に言えば攻撃には一切使えないわけだが、今は好都合だ。
ひたすら攻撃を耐えきって、アルドルの体力と気力を削ぎ取る。
彼が力尽きて動けなくなれば、後は魔法でなんとでも対処できる――
「驚いたぞ、ポルタ……。強いだろうとは思っていたが、まさかここまでだとは!」
「……剣を収めてくれ。俺には、君を傷つけられない……」
「何を言うか。オレはやっと身体が温まってきたところだ!」
ここで、今までにない大振りの一撃。俺の剣ごと叩き斬るつもりか――
「あっぶ……!」
だが、万能スキルのオートパリィは、アルドルの渾身の一撃さえも安全に反らすことができる。俺から外れた一撃は、部屋の壁を――厚く積まれたレンガの壁を粉砕した。完全に壁に穴が空き、裏にある中庭と繋がってしまった。
「おお……今のも受け流すのか。不思議な太刀筋だ……まるで経験したことがない。ポルタよ、お前の師匠は誰なのだ!?」
「さあ……誰だったかな」
「フフ、面白い……。ちょうどいい、表へ出ろ! 窮屈な部屋の中では、全力が出せん!」
(い、今ので全力じゃなかったのか……?)
魔剣がへし折れるかと思う衝撃だったのに……。
さらに強くなるとか言われて、ホイホイ外に出る奴はいないだろ――
「出る気がないなら、オレが出してやろう!」
「ちょっ、おっ、まっ……!?」
と、思っていたのだが。雨のような斬撃が降り注ぐと、俺の意志に関わらず防御動作をする身体は、勝手に中庭へと押し出されてしまった。
「ポルタ様……!」
めちゃくちゃな猛襲の合間に、かろうじてリラの姿が見えた。俺たちを追って、彼女も表へ出てきたようだ。
「ふむ……。これだけ本気でやっても当たらぬとは……」
(しっ、死ぬ……。マジで殺される……っ)
ひとまず連撃は止まったが、アルドルは呼吸を乱してすらいない。
彼の体力が尽きるまで、どれぐらい耐え続けないといけないんだ……?
「……よし。オレも戦い方を変えてみるかな」
(つ、次は何が来る……?)
と言っても、俺にできることはただ恐怖に耐えるだけ。防御は全てオートパリィ任せ。好きでもないジェットコースターに無理やり乗せられた時と同じで、恐怖が去るのをじっと待つだけだ――
「これならどうだっ!?」
「えっ……!?」
瞬間、いきなり身体が硬直して、剣が振れなくなった。
いや……硬直したんじゃない。オートパリィが強制解除されたんだ。
「うわっ……!!」
生身の俺では回避しようがない。アルドルの斬撃は、たまたま構えていた剣の腹に当たってくれたが、勢いを殺せずに身体ごと吹き飛ばされた。
「ふむ……。突然、受け身が取れなくなった、か」
(なんでだよ……。なんで、オートパリィが作動しなかった……?)
やばい……今のだけで両手が痺れてる。
というか、衝撃が全身に伝わって、立ち上がれそうにない……。
「なるほど、ようやく読み解けたぞ。お前の防御の動作は、修行で身につけた技術ではない。おそらくは特殊な魔法の類で……自動発現する術式か何かだな?」
「えっ……?」
なんでわかった? スキルを解読する能力なんて、彼は持っていないはずなのに――
「オレの目は、魔力の流れが見える。お前が剣を振るうたびに、微量ずつだが魔力が消費されているのに気付いたのだ。魔力が動力源ならば、俺の前では無力。読み解くのに時間はかかったが、術式は解除させてもらったぞ」
「そ、そんな……。魔力を消費するなんて、聞いてないぞ……」
「自分でも知らなかったのか? ハハ、まったくもって、不可解な男だ……」
道理で、やけに疲れてきたはずだ。無条件で半永久的に使える防御スキルだと思い込んでいたのに、とんだ欠陥が見つかってしまった……。
それにしても、魔法に分類されないスキルまで無効化できるなんて……。
もはや圧倒的な優位に立ったアルドルだったが、彼は決して手を緩めない。さらに俺の魔力の流れを分析していく――
「ふむ、そうか……術式は一種類ではなく、無数に組み込んでいるようだな。信じられん。お前はやはり、オレが見込んだ通りの……とんでもない天才だった!」
「……天才なんかじゃない。俺は、本当は……何一つまともにできない、クズなんだ……」
ああ……畜生、泣きたくなってきた。オートパリィなしで彼の攻撃を止められるはずがない。はっきり言ってもう詰んでる。完全に、万策尽きた……。




