第16話 緊急事態
「……時にポルタよ。一つ、聞きたいことがあるんだが」
「えっ……?」
しばらく黙っていたアルドルが、突然俺に話を振ってきた。
「お前は、先刻の妙な閃光を見たか?」
「せ、閃光……?」
まさか、忘却魔法のことを言っているのか? しかし、あの魔法は必要最低限の範囲までしか拡散していない。おそらく、ずっとここにいたアルドルには見えていないはずだ。
「俺は見てないな……。いきなり何の話だ?」
「そうか、では訊き方を変えよう。オレの部下が何人か、『記憶がおかしい気がする』と報告してきたんだが……心当たりはないか?」
「っ…………」
これは……しくじったな。アルドルは間違いなく、俺が犯人だとわかって言っている。
忘却魔法の影響は限りなく小さい。
記憶を消されたのを自覚できる者など、ほとんどいないはずだ。
だが、些細な違和感は残ることもある。部下に慕われているアルドルには、そんな些細な違和感すらも報告する者が大勢いる。閃光についても、部下から報告があったのだろう。
記憶を操作するほどの高等魔法の使い手は限られている。
そしてまずいことに、俺はアルドルにはやたらと買いかぶられてしまっている。
彼の中では、俺が犯人ということで確定しているに違いない。
(アルドルは最初から、俺たちに尋問するつもりだったんだな……)
リラと気安く話をしていたのも、警戒を与えずに観察するため――普段から俺と交流があるわけでもない貴族の娘がどんな人物なのか、自分の目で見定めたかったのだろう。
どうやら俺は、選択を間違えた。一回サイレンが鳴った以上は、大事を取って現実世界に戻っておくべきだったんだ――
「どうした? 答えないということは、お前の仕業だな?」
「そ、それは……っ」
「お前が何故そんなことをしたのか、理由は想像もつかん。オレの知っているお前は、悪事に手を染めるような男ではない。……大方、何者かにけしかけられたのだろうな」
そう言いながらアルドルは、腰に下げた大きな鞘から、剣を抜いた。
「リラ=キーエス……お前だな? ポルタに魔法を使わせたのは」
「えっ……!!」
(まずい……。やっぱり、こうなるよな……)
「お前はオレに近づくために、こいつを利用したのだろう? 違うか?」
「あっ……あの……。それは、事実です。でも、あたしは、ただ……――」
「ただ、なんだ?」
「そ、その……っ」
謀略などではなく、ただ愛する人に会いたかっただけ。
リラはそう伝えたかったのだろうが、本人を目の前にして言葉にならないのが見て取れた。
こんな形で彼女がアルドルに突き放されるなんて――あまりにも残酷すぎる。
「待ってくれアルドル! 彼女は、何も悪いことは――」
「ポルタよ。妙な客を連れ込んだ罪については、オレの中だけで片付ける。オレはお前を斬りたくない。しばらく黙っていてくれ」
「くっ……」
リラの胸元に剣を突きつけ、アルドルはさらに厳しい目つきで質問する。
「さあリラ、答えろ。明日の戦いとはなんだ? 魔王軍の襲撃情報でも掴んでいるのか?」
「…………」
長い沈黙の末、ついにリラは覚悟を決めたのか、勢いよく顔を上げて答えた。
「はい、大群が奇襲をかけてきます。ですが、敵の攻撃目標はこの城や城下町ではありません。……アルドル様、あなたです。あなたを殺すためだけに、総力を上げて攻め込んで来るのです」
「ほう……そうなのか。そのような情報は、一切入っていないが?」
「だから兵たちは混乱し、多くの犠牲者が出ます。そんな中、少しでも犠牲を減らそうと前線に立ったアルドル様は、敵軍に誘導され……卑怯にも、罠にかけられ……っ」
「……それで、殺されると?」
「…………」
その単語を口にできなかったのだろう。リラは涙を堪えて、こくこくと頷くだけだった。
「だとしたら、なんだ」
「えっ……」
「たとえばお前が預言者だったとして、今の話が事実だったとしよう。……だが、それがどうした? 死ぬのが怖くて、このオレが戦場から逃げ出すとでも思ったのか?」
まずい……。今まで原作の中でも見たことがないほどに、怒っている。
こんな顔のアルドルを直に見ることになるなんて……心底、悲しい。
取り返しの付かないことをしてしまった後悔で、膝が震える。
なのに……何故だろう。俺は心のどこかで、歓喜し、興奮しているようだった。
「オレは力なき者を守るために剣を握っている。我が身可愛さに逃げ出すぐらいなら、自刃して果ててくれるわ。死なないでほしいから戦場に行くなだと? このオレを……愚弄するなッ!!」
「あ……ああっ……!」
リラは顔を押さえて号泣していたが、俺にはわかった。
あれは恐怖ではなく、愛情が拒絶された悲しみでもなく――感動の涙だ。
憧れの人が、疑いようなく本人だとわかる姿で、本人にしか言えないセリフを口にした。
原作にはないセリフだったが、間違いなくアルドルの魂の叫びだ。
俺も感動のあまり、鳥肌が立っている。この状況をなんとかしなくてはという意識より、興奮が先走ってしまいそうだ。
「まったく、よくわからん娘だ。どうせ魔王軍のスパイなのだろうが……それにしても意図が読めん。襲撃前にオレを動揺させるために送り込んだのか、それとも――」
落ち着け……。こうなったら、先手を打ってアルドルを止めるしかない。
昼間と同じ要領で、忘却魔法を使う。今回は拡散の必要がないから、発動までの時間も極限まで削れる。アルドルの意識を奪った瞬間に、リラを連れて瞬間移動で逃げ出すんだ。
(《忘却魔――)
「甘いわ!」
「なっ……!?」
俺が指先に溜めていた光の魔力は、たちまち掻き消された。
アルドルが、軽く剣を振るっただけで――
「おいおい、ポルタよ。かつてのオレの二つ名を忘れたのか?」
「ああ……そうだったな、【封魔の勇者】……」
アルドルは、極めて稀な特異能力を持っている。
魔力の流れを察知して、あらゆる魔法の発動を阻害できるのだ。
アイテムボックスなどの補助魔法すら、妨害されてまともに使用できない。
仮に発動できたところで、彼に触れた瞬間に無効化される――
当然そんなことは俺だって知っていたが、まさか無詠唱魔法さえ発動前に打ち消してしまうとは……。
とんでもないチートスキル。完全なるバランスブレイカーだ。
これが魔王をも恐れさせる、かつて勇者と呼ばれた男の力……。
「さあ、次はどうする? 魔法研究者のお前に、何ができる?」
「まあ……やるだけやってみるさ」
そう言いながら、俺は自分の首飾りに手をかけた。
アイテムボックスを使えない以上、最後の保険に賭けるしかない――
「む……。その首飾りは……」
首飾りのペンダントトップが見る見るうちに膨張し、俺の手の中で一本の長剣へと変貌した。
変形には魔力は使わないので、アルドルにも止められなかったようだ。
「そうか……。お前、やはり牙を隠していたな?」
魔剣、レジサイド・ロザリー。……お恥ずかしながら、俺が考えた伝説のアイテムだ。
魔力を吸収して斬撃に上乗せする特性があるが――それはおそらく封じられるので、単に折れない剣として使うことになるだろう。
「嬉しいぞ、ポルタよ。こんな形ではあるが、ついにお前の実力が証明されるな」
「……頼む、アルドル。リラを、見逃してやってくれ」
「俺に勝ったら考えてやろう! さあ、構えろ! 打ち込んでこい!」
「…………」
アルドルは、戦闘狂というわけではないが、強者との戦いを好む。こうなってしまった以上、どちらかが倒れるまで剣を収めてくれそうにない。
その上で現状、非常にまずいことがある。
俺は、設定帖に……まともな剣闘スキルを書いていなかったように思うのだが。




