第15話 アルドルとの対面
騎士団の施設は、王宮とは別の建物になる。城門を抜けて真っ直ぐ進むと王宮で、右手に進むとアルドルたちが常駐する古いレンガ造りの建物がある。
「すごい……すごいね。この辺りも全部、アニメで見たまんまだ……」
「そうなんだよなぁ。実は前から気になってるんだけど……城の内部に関しては、原作中ではそれほど明確な記述はなかっただろ?」
「まあ、うん。アニメになって初めて、はっきり描かれる場面も多いよね。あたしも毎週、『あー、ここはこういう感じだったんだ!』って興奮しながら見てるけど……」
「俺は、アニメが始まる前からこの世界に来てる。アニメで描かれた城の様子は、俺がすでに見たままの世界だったんだ」
「へぇー……すごいね。アニメのスタッフさんたちが、すっごく優秀だからかな?」
「そういう次元の話なのかな……。俺の能力に関していえば、設定帖の力か何かが、原作に欠けてる情報を勝手に補ってくれてるんだとは思うんだけど……。どこからどうやって足りない情報を持ってきてるのか、全然想像もつかないんだよ」
「……それが気になって、いろいろ実験したりしたの?」
「まあ……そういうのもあるかな」
などと言っている間に、すぐに執務室の前まで来てしまった。
「着いたぞ。腹痛は収まったか?」
「ふ、腹痛っていうか、も、もう……口から心臓が飛び出しそうだけど、大丈夫……」
それは大丈夫じゃないよなと思いながらも、もう触れないことにした。
「わかってるとは思うけど、アルドルには――」
「うん……。物語の展開を左右することは言わない。彼の運命は、絶対に口にしない」
「よし。じゃあ、ノックするぞ」
と、俺がドアに近づくと――腕を構えた時点でドアが勝手に開いた。
「ポルタ! よく来たな!」
「あ……ああ。元気そうだな、アルドル……」
どうやら、ドアの向こうの俺の気配を察知していたらしい。俺が一人でなく、何者かが一緒にいることも、すでにわかっていたようだ。
「お前に連れがいるとは珍しいな。どちらのお嬢さんだ?」
「えっと、彼女は――」
「きっ、キーエス家の、リラと申します! アルドル様には、以前、そのっ……!」
「そうか! まあ入れ! ちょうど一息入れようかと思ったところだった!」
彼は俺が来るたび、いつもそう言う。元々事務作業など好きではない彼は、俺の来訪を休憩の口実に使おうとするのだ。
執務室には彼一人だった。というか、俺が二人で話しやすいように、いつも設定帖に【日没までは誰も来ない】と書いてあるわけだが。
来客用のソファに腰を下ろす。リラは俺の後からついてきたが、緊張のあまりロボットダンスのような動きになっていた。
「ところで、どうした? お前が何故、キーエス家のご令嬢と?」
「ああ、それは……当主に依頼されたんだ。以前、ちょっとしたきっかけで知り合ってな。リラ嬢が城下街を見て回りたいというから、案内することになって……」
「ほう、そうかそうか。それで、何故わざわざ俺のところへ?」
「あー……。それは、そのー……」
俺が言い淀んでいると、座ったばかりのリラがバッと立ち上がった。
「あ、あたしが、お会いしたかったからです! その……あたし、幼い頃に森で魔物に襲われていたところ、アルドル様に助けていただいたことがあって……!」
設定帖にはそこまで精密な記述はなかったはずだが、リラの中ではそういうことにしているということだろう。幸い、この世界には反映されていたようで、彼女の言葉を聞いたアルドルは、はっとしていた。
「ん……? もしや、君はあの時の少女か?」
「そ、そうです……! あたし、ずっと……あの日のお礼が言いたくて……っ」
リラはもう泣きそうだった。学校の教室でさんざん山吹の泣き顔は見せられたが、今の彼女の表情は全く別の色に見える。瞳の色が赤くなっているから、という意味ではなく――
「ハッハッハ、礼などいらんぞ! しかしそうか……あんな幼子が、こうも立派に成長するとはなぁ」
「り、立派、などでは……」
「いやはや、オレが年を取るわけだ! この再会を、ソムニアの女神に感謝しよう!」
アルドルは笑顔のままでくるりと首を回し、いきなり俺の肩を叩いてきた。
「ポルタよ! オレはてっきり、お前が婚約者でも連れてきたのかと思ったのだがな!」
「えっ……!?」
「ち、違います……! あたしとポルタ様は、全くそういう関係では……っ!」
「ハハハ! そのようだな!」
アルドルはおもむろに席を立った。部屋に一つだけある採光窓に歩み寄ると、窓の外を眺めながら、俺たちに背を向けたままで静かに語った。
「それにしても……嬉しいこともあるものだな。最近は忙しさにかまけて過去を振り返ることもなかったが、久しぶりに昔を思い出したぞ」
「う、うん……。アルドルにも、いろいろあったもんな」
「そう……。城を追われたオレは一時期、自分が今までやってきたことは、全て無意味だったのかと腐ってしまったことがある。だが、かつて一心不乱に人助けをしたことが、こうして役に立っていたのかと思うと……年甲斐もなく、感動してしまうな」
「アルドル様……」
棒立ちしていたリラは、ふらふらと引き寄せられるようにアルドルの方へ向かう。
「アルドル様がしてきたことは、無意味なんかじゃありません……。今も……これからも、ずっと……」
話しながら、彼女の目から涙が溢れ始めていた。俺はぎょっとしたが、アルドルは再会の感動で泣いているとでも思ったのだろう。特に気に留めていない様子だった。
「ハッハッハ、泣くなリラ殿! 美しい顔が台無しだぞ!」
「うっ……。うっ、うぐっ……――」
頭をポンポンと撫でられ、顔を真っ赤にして泣きじゃくるリラ。
こうして眺めているのも悪い気がして、静かに退室するかと思っていたところだった。
不意に、俺は異変を感知する――
今まで気が付かなかったが、何故かサイレンの音がうっすら鳴り始めているような?
「ねぇ、ポルタ様……」
ぐしゃぐしゃの泣き顔が、ゆっくりとこちらへ向けられた。
サイレンの音量に合わせて、俺の動悸が激しくなっていく。
「ごめん……。あたし……無理……っ」
「むっ……無理って、何が? まさか、お前……――」
アルドルに、死の運命を伝える気か?
サイレンの音は、彼女の耳にも入っているはずだ。なのに、何を考えてる?
絶対に言ってはいけない。そんなことをしたら、確実に後戻りできなくなる――
「よせっ!」
「アルドル様! 明日の戦いでは、絶対に前線に出ないでください……っ!!」
瞬間、世界が軋んだ。周囲の空気が一気に重苦しくなって、耳をつんざくほどの大音量でサイレンが鳴り響いている。
「明日の、戦い……? リラ殿よ。それは一体、何の話かな?」
「それは……明日になれば、わかります……。お願いです、絶対に……。もし戦場に行けば、あなたは……アルドル様は……っ」




