第14話 再びの城下町
それから十数分後――
「やあ、お疲れ様です」
「ああポルタ様、お久しぶりです。そちらの馬車は?」
「地方領主キーエス家のリラ嬢だ。お父上に城下街の案内を頼まれてね」
「なるほど。どうぞお通りください」
少し前にくぐったばかりの城門を、再びくぐり抜ける。大丈夫だとは思いながらも、ちょっとヒヤヒヤした。ちなみに、置きっぱなしになっていた馬車は転移魔法で引き寄せた。
「着いたぞ、城下街だ。ここからは歩いていこう」
「……ありがとう」
何事もなかったかのように人々は往来し、街は動いている。
さっきと同じように馬車を預けて戻ると、リラがしみじみとした口調で言った。
「忘却魔法ってすごいんだね。ジュースのカップ、持ったままだったから、待ってる間に返してきたんだけどさ……」
「ああ、不思議な顔をされたんだな。売った覚えがない客にカップを返されて」
「うん……門番さんたちも誰もあたしたちのこと覚えてないし……。本当に、しっかり魔法が効いてるんだなって……」
彼女の視線の先には、腕相撲の屋台。例のモヒカンとその相棒が、声を張って挑戦者を募っている。遠目に眺める俺たちだけが、さっきの出来事を覚えている。奇妙な孤独感や異質感を覚えてしまうのは自然なことだろう。
「まあ……だから、ああいう強力すぎる魔法は使いたくないんだ。この世界に生きる人たちを、モノみたいに扱いたくないし」
「わかるよ。何もかも思い通りになりすぎたら……たとえば誰かの心まで操作しちゃったら、その人がその人じゃなくなっちゃう気がするもんね」
「そう、虚しくなるだけだ。こんな世界に一人で入ってきて、自分の思い通りの人形と会話するだけなんて……。一回や二回なら楽しめても、ずっとやってるとな……」
「そうだよね……。あたしも、アンタみたいな能力があったとしても、同じだったと思う。簡単にあたしに振り向いてくれるアルドル様なんて、アルドル様じゃないし……」
ふと見ると、彼女は震えていた。憧れの人と対面する緊張と興奮は、俺にも想像しきれない。おそらく俺には、彼女ほど強く異性を愛した経験はないから。
「……そろそろ、行くか?」
「う、うん……ごめん。ちょっと、心の準備を……」
「もう一杯、ジュースでも飲んどく?」
「ううん、いい……。トイレに行きたくなっちゃったら困るし……」
脇目も振らず、城に向かって真っ直ぐに進んでいく。
教会前の広場に差し掛かった頃、リラが尋ねてきた。
「そういえば、魔法を使いすぎたのは大丈夫なの?」
「まあ、もう問題ないかな。魔力の自動回復スキルを付けてあるんだ」
「や、やっぱりチートだね……。ソデコが知ったらまた文句言われるよ?」
「いないから教えるんだよ。アイツには、俺が言う保険の意味はわからないだろうし……」
フォルトゥナさん、マルムとピルムは、無事に教会まで戻れたかな。
ぽっかりと記憶の一部がなくなって、不安になったりしていないだろうか……。
「俺は、他にもいろいろ保険をかけてる。テレポートもそうだし、姿を消したり、存在を認知させなくする魔法も使える」
「ふぅん……」
「だから、俺一人がタブーを犯さないようにするだけなら、実はそこまで難しくないんだ」
正確に言えば、タブーに触れてもそこからなんとか対処できるってことだけど――
「でも、そのためになんでもするのっていうのは……やっぱり違う。やりすぎたら、この世界を素直に楽しめなくなる。それだと意味がないから……」
「……そうなんだろうね。あたし、今日だけでなんとなくわかったよ。ポルタ様が今までどれだけ苦労して、いろんなことを試してきたのか」
「まあ……俺は好きでやってきたから、いいんだけどな」
改めて周りを見渡すと、俺にとってはすでに当たり前になっている非日常の風景がある。
何度も通い慣れた道。もう一つの故郷みたいな土地。そこに暮らす人々――
「ここに来る前にも言ったけど、俺はこの世界のモブでいたいんだ。背景の中に溶け込んで、自然な心で過ごしたい。そうすることでやっと、この世界の一員になれる気がするんだよ」
たとえ作られた設定の詰め合わせであっても、それがありのままの俺だ。
俺は、自分が好きになれる俺でいたい。この世界なら、それが実現できる――
「ん……?」
ふと隣に目を向けると、何故かリラは無言のまま、じっと俺の顔を見つめていた。
「なんだよ……変なこと言ってるって、自分でもわかってるさ」
「ううん。やっぱり、羨ましいなって思って」
「何が? あんな死ぬような思いをしたのに?」
「わかんない……。でも今、そう思っただけ」
「……そっか」
雑談しながら歩くうちに、あっという間に城の入口まで辿り着いた。
城郭に囲まれた町の深部にあるソムニア城は、さらに四方を背の高い塀で囲まれている。一見そうとは見えないが、強固な魔法結界も張られている。厳重な警戒態勢だ。
さすがに城下町に入る時ほどすんなりと中には入れてくれない。入場許可を得るための手続きがある。とはいえ、アルドルの許可さえ下りれば、すぐに通してもらえるわけだが――
「騎士団長補佐アルドル殿の友人、ポルタ=リヴェラリスだ。取り次いでいただきたい」
「ああ、お疲れ様です。このまま、こちらで少々お待ちください」
「うう……。お腹、痛くなってきたかも……」
俺が兵士と話している間に、リラはしゃがみ込んでしまっていた。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫……。緊張で、死にそうなだけだから……」
「はは、死なないでくれよ。わかってるとは思うけど、この世界には蘇生魔法は存在しないんだ。ケガは治せても、生き返らせるのは無理だからな」
「…………」
リラは無言で頷いた。明日には死ぬ運命にあるアルドルと会う前にこんなことを言うのは残酷な気がしたが――何をやっても彼を助けられないということを、改めてわかっておいてもらいたかった。
待つこと数分、すぐに兵士は戻ってきた。そこから先は、いつも一人で来る時と同じ流れだ。アルドルは執務室にいるから、直接来てほしいとのこと。
「行こうか、リラ」
「は、はい……」




