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第11話 メイド二人と腕相撲

「二人とも、やめろ! 何を勝手なことやってるんだ!」


 人混みを掻き分けて駆け寄った俺を見て、ノドカは笑顔で手を振ってきた。

「あ~、ポルタ様~。もらったお小遣いをこれで増やして、豪遊する作戦なの~!」

「そんな甘い話があるか! 金は追加で渡すから辞退しろ! お前には勝てっこない!」

 対戦相手のモヒカンは、おそらくそれなりに実力のある傭兵かモンスターハンターだ。そこそこ鍛えた男でもまず勝ち目はない。それぐらい彼女たちでもわかるだろうに。


「まあ待て、ポルタよ。ノドカの勇姿をそこで見ていろ」

「バカ言え、ケガするだけだぞ……?」

「落ち着けと言っている。勝算がない勝負など、拙者たちはしないさ」

 ソデコはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。一体、どこからそんな自信が……?


「ん……――」目を凝らすと、ノドカの全身にうっすらと魔素が漂っていた。

 これは……腕力強化(バフ)魔法だな。こんなもんまで設定帖に書いてやがったとは……。


「では、はじめいっ!」

 と、結局勝負は始まってしまった。

 確かに、バフ魔法で強化した肉体なら、生身の人間では太刀打ちできないだろう。今のノドカはレスラー以上の怪力を出せるはず。


「う~っ、ふっ、ぬうぅ~ん……っ!」

「おおっ? お嬢ちゃん、マジで結構やるじゃねぇか」

「う、う、ううう~……っ!?」

「どうしたノドカ! もっと気張れっ!」

「む、むっ……無理ぃ~……!」

 ノドカは必死にこらえていたが、最後はあっけなく一気に押し切られ――


「そこまで! 勝者、ムスクルス!」


「はあ、はあ~……。うう~、負けちゃった~……」

「いやあ、ビックリしたぜ! お嬢ちゃん、本当に強かったな!」

「でもま、参加費はちゃんと支払ってもらうぜ。ほら、小銀貨一枚だ。出せよ?」

「はい~……。ソデコちゃん、ごめんね~……」


「おかしい……。もしや、これは……」

 ソデコが視線で確認を求めてきたので、俺は仕方なく頷いた。

(その通りだ。相手も、バフ魔法を使っている)

 つまり、最初からイカサマ屋台だったということだ。俺はそれがわかっていたから止めようとしたのに……。


「許せぬ……卑怯者め。目にもの見せてやる……――」

 ソデコは怒りに肩を震わせて、誰にも聞こえないような小声でブツブツと呟いていた。


 それが突然、弾かれたように動き出す。

 俺が止める暇もなく――ノドカを押しのけて対戦者の椅子に座った。

「今度は拙者が相手だ。死んでも文句は言うなよ?」

「おうおう、そりゃ楽しみだな!」

「えっ……」

 その時、俺の耳の奥に違和感が走る。

 これは――間違いない。うっすらとサイレンの音が聞こえ始めた。


「ちょっ、待っ――」

 慌てて止めようとしたが、時すでに遅し。二人はすでに、手を握り合っていた。 


「はじめいっ!」

 そして号令がかけられるのとほぼ同時に、モヒカン男が悲鳴を上げた。

「がっ……!? ぐああああああっ……!?」

「フハハ、どうした? さっきまでの余裕はどこへ失せた?」

「いあっ……いだっ! 痛いっ……!!」

 肉が焼けるような音と臭い。ソデコに握られた男の手が焼けているようだ。


(これは……闇属性の自己強化魔法、【邪焔掌(デスハンド)】だな……!)

 筋力強化だけでなく、腕全体を闇と炎の魔素で覆ってさらに攻防力を高め、相手にかかった補助魔法までも打ち消す――魔族専用の高等術だ。


 何かブツブツ言ってると思ったら、また詠唱してやがったのか。よりにもよって、こんな町中で闇魔法を使うなんて……兵士にバレたら一巻の終わりだぞ。

(まずい……サイレンの音量がどんどん上がってきた)


「い、いっ、いぎゃああああっ……!!」

 モヒカン男は手の甲を机に叩きつけられ、衝撃でそのまま地面に転がった。重い火傷を負った手を押さえながら、苦悶の声を漏らしている。


「しょ、勝者、ソデコ……!」

 辺りから歓声が巻き起こったが、それが耳に入らないほどにサイレンがうるさい。


「うっ、腕っ……腕がぁ……っ」

「大丈夫か、ムスクルス……!?」

「ちょっ、ちょっと! 俺に診せてください……!」

 倒れた男のもとに駆け寄って、手首を掴んだ。

 ……酷い状態だ。こんな傷を知識のある者に見られたら、闇魔法を使ったのが一発でバレてしまう。


(……【治癒聖光(ヒールライト)】)

 男の手を周りの人たちに見えないよう隠しながら、俺は回復魔法を使った。無詠唱だから、誰にも俺が治療したとは気付かれないはず――


「あの、これでどうですか? 痛みは、まだありますか?」

「え……あれっ? な、なんともない……?」

「よかった……。大したことはなさそうなので、俺はもう失礼しますね……」


 俺が魔法を使ったのがバレるとすれば、一番危ないのは怪我をしていたムスクルス本人だったが、混乱してわけがわからなくなっているようだ。サイレンの音は、完全には消えてはいないが少し収まっている。今のうちに、早く立ち去らないと――


「フッハッハ! 見たか雑魚め。これが拙者の、真の実力よ!」

「ソデコちゃん、かっこいい~!」

「おい、敗北者。拙者に賞金を渡すのだ!」

「ぐっ……仕方ねぇ……」


「お前ら何やってる!? もう行くぞ……!!」

「何故だ? ノドカに恥をかかせてくれた分、しっかりと取り立ててやらねば」

「いいんだよ! そんなことより、お前ら……この音が聞こえてないのか!?」

「この音……?」

「ん~? 言われてみれば~……?」

「言われてみればじゃねぇ! さっきはもっと爆音だっただろ……!」


「そこの者たち! 一歩も動くな!」

 瞬間、凛とした女性の怒声が通りを駆け抜けた。騒いでいた人々が一斉に静まり返る。

「げっ……」

 それと同時に、再びサイレンの音量が上がってきた。辺りが静かになったせいで、異常を知らせる警告音がますます際立っている。


「無駄な抵抗はするな。今のやり取り、しかと見させてもらったぞ」

 声の主は――ラピス=グラチェス。十七歳の少女騎士だ。ボブスタイルの紺髪。あどけなさの残る顔と不釣り合いな鋭い視線が、俺たちを捉えている。


 リラとソデコ、ノドカも、一目で彼女が誰か理解しただろう。そして、極めてまずい状況になったのはより正確に理解していたはずだ。

 ラピスの背後には、兵士たちがずらりと控えていた。彼女以外は全員男性騎士だ。


 ソムニア王立騎士団――そこらの傭兵たちとは一線を画す、正規軍の精鋭部隊。ラピスは未成年の女性でありながら、そんな精鋭軍の小隊長を務める。

 剣の才があり、幼い頃から努力を惜しまない性格だったのもあるだろう。だが、彼女はここまで短期間のうちに成長できたのは、師匠に恵まれたのが最大の理由だと思う。


 彼女の師匠はこの物語の主人公と同じ。かつて勇者と呼ばれた男――アルドルなのだ。


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