第9話 ソムニア王国民との接触
「あら、ポルタ様……? マルム、ピルム、これはどういう状況ですの?」
大勢いる衛兵たちをかき分けて、後ろからフォルトゥナさんが顔を出した。いつもおっとりしている聖母のような人なのに、額に汗をかいている。
「いんちょー先生! 火はついてなかったみたいです!」
「……なんですって?」
「それが、本当なんです。私とピルムが来た時には、どこも燃えていませんでした」
「そんなはずは……。間違いなくこの目で確認しましたが、あれは闇属性の魔法でしたわ」
丸眼鏡の位置を直しながら、フォルトゥナさんは首をひねった。彼女は高位の神官なので、幅広い魔法の知識を持っている。
(まずい……。やっぱフォルトゥナさんはごまかしきれないか……?)
サイレンの音量が徐々に上がってきているようだ。このままだと世界が崩壊する――
「あ、あの……っ!」
俺は彼女たちの前に飛び出して、深く頭を下げた。
「フォルトゥナさん、申し訳ありません。先程の炎は、魔道具による幻覚なんです」
「魔道具……ですの?」
――もちろん大嘘だが、強引に切り抜けるしかない。
「実は、先日商人から買い取った物なんですが――」
そう言いながら俺は、ローブの内側に手を入れる。
「これです。魔族が作った一品だそうで」
取り出したのは、手のひらサイズの黒い水晶玉。予め持っていたわけではなく、【アイテムボックス】のスキルを使ったのだ。
予め異空間に保存してある物を、自由に取り出すことのできる便利なスキルだ。この世界では使い手がほとんどいないが、例によってこういう時の保険で設定しておいた。
「もし危険な物であれば封印する必要があるので、人通りの少ないこの場所で実験してみたんです。試しに使用したところ、闇の魔素を散らしながら、周囲に炎の幻覚を作り出す効果がありました」
「まあ……。では、私たちが見たものは……」
「この道具で作り出された幻覚です。だから被害は何もありません」
「ですが、幻覚にしては、よくできすぎていたような……?」
「ごご、ご覧くださいっ! 実際に使ってみせますので……!」
俺が水晶玉を天にかざすと、黒い火柱が立ち上がった。兵士たちは後ずさり、口々に驚嘆の声を上げる。
「おお……これは……」
「なんとも禍々しい炎だ……」
「それでも、ただの幻覚です。実験の結果、危険な魔道具ではないとわかりました」
実のところ、この玉はただの美術品だ。炎の幻覚は、俺が無詠唱で発動させた魔法で作り出したもの。ただ、無詠唱魔法が使える奴はそうそういないので、誰にも気付かれなかった。
「皆さん、お騒がせして申し訳ありませんでした。幻覚を作り出す魔道具だというのは事前にわかっていたので、念のため誰もいない場所を選んで実験したのですが……」
「なるほど、状況はわかりました。魔族の襲来でなくてよかった!」
「ポルタ殿、以後お気をつけください!」
「はい。お手間を取らせてしまい、本当にすみません……」
俺が平謝りすると、衛兵の皆さんはすぐに引き返していった。みんな国を守るために命懸けで働いているというのに、申し訳なさすぎて胸が痛い……。
「なーんだ。やっぱりポルタさまのジッケンだったんですね!」
「そ、そうなんだよ、実はな……」
俺は苦笑いするしかなかったのだが、フォルトゥナさんとマルムは、ピルムを咎めた。
「ピルム、『やっぱり』とはなんですの。失礼な発言を謝罪しなさい」
「そうよ。ポルタ様は私たちに心配をかけないよう、気を遣ってくださったんですから」
「あ、そっか……。ごめんなさい、ポルタさま!」
「いや、いいんだ……。こっちこそ、マジでごめんな……」
それから、フォルトゥナさんたちとは世間話を軽く交わして、すぐに別れることになった。彼女たちは街外れに少し用事があって出てきただけで、もう少ししたら教会に戻る予定だという。
――まあ、いつもこの世界に来る時に同じ会話をするから、聞くまでもなく俺はその事情を知っていたわけだが。
「では、またお会いしましょう。行きますわよ、マルム、ピルム」
「またね、ポルタさま!」
「リラ様。この度のご滞在、ゆっくり楽しんでいってくださいね」
「ありがとう、マルム。ごきげんよう……」
なんだか、どっと疲れた。
三人の姿が見えなくなると、勝手に溜め息が漏れた。
「はあ……なんとかなったか」
「まさかこんな騒ぎになるとはね……。機転を利かせてくれて助かったよ、『ポルタ様』」
「う、うん……」
こうしてリラ様は素直に褒めてくれたのだが、諸悪の根源は何故か俺を批判してきた。
「息をするように嘘を吐く奴だな。信用できん」
「誰のせいだと思ってる……。俺だって、あの人たちに嘘なんてつきたくないんだよ」
「どうやってその水晶玉を出した? さも隠し持っていたような仕草だったが、拙者の目はごまかせんぞ」
「うるさいな。アイテムボックスだよ、アイテムボックス」
「やはり、またチートスキルか……。自分ばっかり、卑怯な男め……」
「――……あっ! やっと声が出た~!」
「思ったより効果時間が短かったな。手加減しすぎたか?」
「わぁ~、ポルタ様ったら鬼畜ぅ~……。いきなり言葉を奪われて、すっごいドキドキしちゃったよ~! 本当にありがとうございました!」
「そうか……。次に同じようなことをしたら、もっと酷い目に遭わせてやるよ」
「ひゃあ~! 身に余る光栄です~っ!」
「……冗談で言ってるんじゃないぞ」
「ねぇ、ポルタ様。悪いのはノドカだけど、ちょっとやりすぎだと思うな……」
「全くだ。お主は人間のクズだ」
「はいはい。お前ら、いいからちょっと離れろ」
三人を追い払い、道の周辺にスペースを作った。
「これぐらいの広さがあれば、大丈夫かな……」
「おい、何をするつもりだ?」
「貴族の娘さんがお城に行くのに、徒歩ってわけにはいかないだろ?」
「む……? まあ、それはそうだが――」
使ったのは、アイテムボックスのスキル。ただし今度は、結構な大きさのものを取り出した。
一瞬で目の前に現れたのは――二頭立ての乗用馬車だ。
「わっ……!」
「ば、馬車が出た~!」
「これも、お主がやったのか……?」
「うん。ちょうどいいのが手持ちにあったから」
「かわいい~、お馬さんだ~。ごはんとか、ちゃんとあげてるの~?」
「コイツらは特殊な魔法生物なんだよ。使う時だけ、俺の魔力をやればいい」
「魔法生物の馬車、だと……。そんなもの、原作には存在しなかったはずだが?」
「俺が作ったって設定にしてある。いいから、三人とも乗れ。俺が手綱を握るから」
「なんというチート……納得がいかん……」
「文句があるなら、お前はここに残れ。何も悪さができないように、強めの沈黙魔法をかけて放置しといてやる」
「なんだと? やれるものならやってみ――」
「ソデコ、早く乗って! 時間がもったいないよ!」
「魔法生物のお馬さん、城下町までお願いしま~す!」
「チッ……!」
先に乗り込んだリラとノドカに続いて、ソデコもしぶしぶと馬車の中へ。
まあノドカも同じだが、反省の色は一切見えない。
「まったく……先が思いやられるな……」




