第8話 見習い神官の姉妹
そうこうしているうちに、二人の少女は目の前までやってきた。
いつもなら爽やかな笑顔で応じるところだが、同級生の前ではどうにもやりづらい。
「ポルタさま、こんにちはー! おひさしぶりですー!」
「お、おう……こんにちは、ピルム」
元気よく挨拶してくれた小学校低学年ぐらいの女の子が、妹のピルム。もう一人のすらっとした美少女が姉のマルムだ。二人とも金髪碧眼で、ピルムは癖っ毛のショート、マルムはさらさらのロングヘアだ。
「お久しぶりです、ポルタ様。お連れの方は、どちら様ですか?」
「えっ、あ、ああ。俺の知人の娘さんの……リラ=キーエス嬢だ。今日は、彼女の父上からの依頼で、城下町を案内するよう頼まれているんだよ」
「あら、そうだったのですね」
ピルムとマルムに目を向けられた山吹――じゃなくてリラは、恭しくお辞儀をした。見事に地方領主の娘になりきっている。
「お初にお目にかかります。リラ=キーエスと申します」
「お会いできて光栄です、マルムと申します。街の教会で、妹と共に奉仕活動に従事しております。お見知り置きください」
どうやらすんなり受け入れてもらえたようだ。リラの演技が完璧だったのもあるし、マルムやピルムが素直に受け取る性格というのもあるけど、やっぱり設定帖の力が大きい。キーエス家は原作には登場しないのだが、設定帖に書いたおかげで実在する地方貴族として扱われているわけだ。
「これは妹のピルムです。ポルタ様には、いつもお世話になっています」
「はい! おせわになってます!」
ピルムが元気よくそう言うや否や、案の定ソデコが「ふむ、お世話に……?」などと呟いていたので、「変な意味じゃないぞ。勘違いするな」と念を押しておいた。油断しているとすぐ変態認定されそうだ。
「マルム、ピルム。この二人は、リラ嬢の従者だ」
「マルムと申します。以後お見知りおきを」
「ピルムです! よろしくおねがいしまーす!」
「はっ! わわわたしはその~、リラ様のお付きの、ノドカです~っ!」
「同じくメイドのソデコだ。苦しゅうないぞ」
(やめろ、何が『苦しゅうないぞ』、だ。そんなこと言う従者がいるか……)
言いたいことも言えずに顔をしかめていると、ノドカがピルムに近づいていく。
「ね、ねぇ、ピルムたん……。ほっぺた、ぷにぷにしてもいい~?」
前触れなく放たれた意味不明な発言に、ピルムは「へっ?」と目を丸くしていた。
「ハアハア、幼女~……。リアル、金髪、聖幼女~……」
「やめろお前! 何やってんだよっ!」
「わたしって幼女大好きなの~。ぷにぷに……ううん、ぺろぺろしたい~……」
「ひっ……!」
「やめろバカ! お前はただの変態ドMだろ!? 属性過多だ! 変なの追加すんなっ!!」
「ええ~? ドMで幼女好きって、そんなに変かな~?」
「うるさい! いいから、もう黙ってろ……!」
天使のような心を持つ姉妹の前で、こんな穢らわしい話をさせないでくれ……。この二人に嫌われるだけならタブーに触れることはないだろうが、世界より先に俺の心が壊れる。
「あの、ポルタさま……。ノドカさんがなにをいってるのか、ちんぷんかんぷんです……」
ピルムが不安げな顔で覗き込んで来た。幸いなことに純粋無垢な彼女には、今の会話がまるで理解できなかったらしい。
「大丈夫だよ、ピルム。この人はちょっと、変わってるんだ」
「変わってないよ~……。こんなにかわいい幼女、愛でない方がおかしいと思うし~。一緒にお風呂に入ったりできないかな~? これから描くイラストのためにも、ピルムたんの裸体を隅々まで観察した――」
(……【強制沈黙】》)
ついに我慢の限界を超え、俺は心の中で呪文を唱えた。
「っ……? ……? ……っ!?」
「ん? ノドカよ、急にどうしたのだ?」
「息が苦しいの? なんとか言ってよ……?」
「……っ、……っ!」
「たいへんです! ポルタさま、どうしましょう……!?」
「あー、大丈夫大丈夫。コイツ、窒息しかけの金魚の真似が趣味なんだ」
「へ……きんぎょさん……?」
「そ、そうだったのですか……?」
悪いが、サイレンスを使わせてもらった。魔法の詠唱だけでなく、いかなる発声をも封じる強力な束縛術だ。時間が経てば解除されるので心配はない。このまましばらく、頭を冷やしてもらおう。
「ピルム、ごめんな。怖い思いをさせちゃって……」
「い……いいえ。こわくはなかったのですが、なにをいってるのかよくわからなくて……」
こうしてようやく一区切り付いたところで、姉のマルムが急に神妙な顔になった。
彼女たちが慌ててこちらにやってきたのには、理由があったのだ。
「そうそう。ところで、ポルタ様……」
「ん、なんだい?」
「さっきこの辺りで、何か燃えていませんでしたか?」
「ぶふぅ!」
――はい、燃えていました。バカが闇魔法で火をつけたせいで。
「おねーさまとあるいていたら、もえてるのがみえたのです!」
「そう、火柱が見えて慌てて走ってきたんですが……どこも燃えていませんね?」
「え、えーっと……。俺たちは何も見てない……かな? はは、ははは……」
「そうですか……。ポルタ様がそう仰るのなら、何もなかったんでしょうね」
「フシギですね、おねーさま!」
「は、ははは……」
と、引きつり笑いをしているうちに、俺はハッとした。
「そういえば、フォルトゥナさんは……今日は、一緒じゃないのか?」
フォルトゥナというのは町の教会の人で、修道院・孤児院の院長を務めている、いわゆるお姉さんキャラの女性だ。俺がこの世界に入る時は大体、マルムとピルムと三人まとめて散策ルートに配置している。前回もそうしていたはずなのに、いないということは――
「それがー、さっきまではいっしょだったんですけどー」
「闇属性の炎を感知したので、魔族の襲撃だと思って……救援を呼びに行きました」
「や、やっぱり、そういうことだったか……」
ソデコを睨みつけたが、ぱっと顔を反らしやがった。
しかし、まずいことになった。このままでは、フォルトゥナさんから報告を受けた兵士たちがやってきてしま――
「魔族は!? 魔族はどこだ!?」
「どこが燃えているんだ……!?」
「ああ……来ちゃったか」
手遅れだった。辺りが心なしか薄暗くなってきて、先程のと比べるとかなり小さな音ではあるが、サイレンが鳴り始めている。対応を間違えると一気に状況が悪化してしまうだろう。




