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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

日向に誇る

作者: らびすと

※ほんのりBL表現のつもりで書いた場面がありますので、お気をつけて下さい。


今日は一段とぽかぽかで気持ちいい日向ぼっこができている気がした。

のしりと大きな熊の様な体を草原に擦り付け、青々とした草の香りを一杯に吸ってふすーと脱力する。大きな背中に乗っていた小さな鳥と栗鼠が動くなと抗議する様にもぞもぞと寝床を整え、いい感じに整ったら何事もなかったかの様に目を閉じ眠りの姿勢に入る。

動物達にとって彼の周辺がこの危険な森の中では安全な場所だからだ。

彼の陽の光でぽかぽかに暖まったふさふさな灰色毛と呼吸に合わせて動く揺籠は最高の寝床を提供してくれる。

この場所を知っているのは青い鳥と小さな栗鼠だけの秘密だった。


どのくらいぽけーと寝そべっていたかわからないが、ふと濡れた草の匂いが風上から香ってきた。

ピクリとオオカミの様な耳を動かして意識を取り戻すと、草原に擦り付けていた頭をのそりと上げた。

のんびりと熊の様な体を起き上がらせて、のしのしと近くの洞窟に向かい始めた。

なんだ今日は帰るのかと頭の上に移動した鳥と栗鼠は、洞窟の近くにある木が棲家であったので、いつもこのまま乗せてもらう。

通りがかりに小さな湖があるのでそこで水をぺろりとしてのしのしと帰り道を歩く。

更に先には数本、実が出来る木が生えた動物の食事スポットで、木の上にいた小さな動物は大きな足音に一瞬警戒するが、いつもの奴かと収穫した食事を手に隠れる。

ぐあっと大きな欠伸をして、物足りなかったなと思いながら洞窟に着くともう少し陽の光を浴びたいので、木漏れ日が届きそうないい場所を見つけてそこにゴロリと寝る。

やはりあの草原で食う陽の光が1番美味しい、と思いながら眠りについた。


この熊の様な体を持ちオオカミの様な耳、顔つきはどちらも混ざった様な不思議な生き物は太陽の魔力をエネルギー源としている為、食事は日の光なのだ。闘争本能は無く、穏やかな彼は毎日お気に入りの食事場所でまったりと過ごすのが1番の楽しみであった。



一日中ゴロゴロと鳴っていた昨日の空は晴れやかになり、お腹が空いた気がする彼はいつもよりも早い様な足取りであの草原へと足を進ませた。

じっとりとした森を抜けると、早くもカラッとしているが瑞々しい草原にたどり着いた。

いつもよりも草の香りが強いそこへ体をのしりと横たえて、もぞもぞと動かしていた体をふにゃりと脱力する。

ジリジリと焼くほどに照りつける太陽の光を一杯に浴びてご馳走を堪能した。

この時期に朝から日が落ちる夕方までずっといるのは彼だけだが、夕方近く陽の光が丁度いい時間帯に鳥と栗鼠はやってきて彼にひっつくのだ。

しかし今日はいつもと違っていた。



パタパタと忙しなく頭の上を飛び回り喋り倒しているのは多分妖精であろう。日の光が薄く透けている月の眷属の妖精が地上の真っ昼間のこんな所で飛び回っているのが少し不思議であったが、腹を満たす方を優先した。

忙しそうに飛び回ってた妖精は意を決してか彼の腹の下に潜り込み隠れてしまった。何をやっているのだろうか?

少し擽ったい様な気もするが美味しい食事の前に彼は無力であった。

帰る頃になっても腹に引っ付いている妖精に首を傾げながらも満足すれば離れるだろうと思い洞窟に帰る。



妖精はあれからずっと腹に引っ付いたままで、なんならハスハスと鼻息が荒かった。それは擽ったいのでやめて欲しいが、このまま引っ付いていても特に問題はないので今日も日課の食事をしに行く。

ふと、寝転ぶ時になって妖精を潰してしまわないかと思ったが、月の眷属の妖精が実体を持っていないのを思い出したので問題はない、今日もごろりと大きな体を緑の大地へと預けた。



気になる。

ふんすふんすぐりぐりと腹にどんどん埋もれて行く妖精に流石の彼も気を取られて声を掛けることにした。

「なぁ、奥には入るなよ」

その声を聞いた妖精は興奮状態の様な荒い息遣いをぴたりと止めた。

今日は横向きに寝ていたので地面からは離れていた腹からぎぎぎぎと妖精の顔が覗く。

自分のお腹を見ていた彼と目が合いサーと音がなりそうな勢いで顔が青くなった。妖精でもそうなるんだなぁと思いながらもパクパクと口を開け閉めしている妖精をぼんやり眺めた。

「しゃ、しゃ、喋ったぁぁあー!?」

大パニックになった妖精は今までふんすふんすと埋もれていた腹からぴゅーんと飛び出して森の方へとあっという間に飛んでいった。

何だったんだろうか?と思いながらも食事はやめられないので上げていた頭をごろりと地面につけ今日はお腹で光を浴びたくなったので仰向けにだらりと横たわり、この危険な森の中で1番の無防備さでぽけーとし始めた。



次の日は鳥と栗鼠以外の参加者はおらずあれから数日たったある日、木陰からひそりと出てきたあの妖精は変わらずぽかぽかに暖まってごろ寝している彼に我慢がならず大パニックなど忘れてむき出しになっていたお腹にひしっと張り付くとふんふんと鼻息を荒くし始めた。

ぽやっとしている様な雰囲気でチラリと自分の腹を見やり、なんだ今日はきたのかと食事に戻った。



「ふんふんふんふん、…っは!?」

鳥と栗鼠がきてしばらく、夢中になってふんすしていた妖精は我に帰ったかの様に腹から出てきた。

また深く入り込む様だったら声をかけようと思っていたのだけど、わたわたしている妖精にその気がないのがわかって気にしていた意識を食事に向けようとするとねぇねぇと妖精が話しかけてきた。

今は気が逸れていたので妖精が話しかけてきている事に気づいた彼は何だと返事をした。

ぴゃっと一つ飛び上がった妖精はひーひーと整えてるのか分からないやり方で呼吸を整えてキリッと表情を作っていた。

「な、何で日の眷属が喋れるの?」

と聞かれたので壊れているからと答えたらもっとわからなくなった様子だった。

彼も久しぶりに今回は言葉を使ったので会話をしてみることにした。何で月の眷属が昼間にこんな所にいるのかとちょっと思ったので聞いてみた。

彼が喋るのに少し慣れたのかぴゃっとはならずでもドキドキはしながら応えてくれた。

「い、今世界中で月の魔力が減ってるの知ってる?」

いいやと答えた。心辺りがあったやもしれないが、まぁいいかところりと心の隅に投げやった。

「えっとここ数十年の間徐々に眷属達は言葉を無くし始めてて、飢饉に蝕まれて僅かな魔力を取り合い暴走し始めてる。まだまだ小さい力のもの達は追い出されてる」

小さな妖精は顔を歪めてひんっとないた。

「あなたは日の眷属。日の魔力が無尽蔵にあるのに、なぜか中身に月の魔力があって、それにき、気づいて…お腹空いてて…それで…。」

ひんひんと鳴きながらもじもじしていた。お腹が空くのは良くないな。

「一杯になったか?」

「…え」

ひんひんが収まりびっくりした顔をしていた妖精は「お腹」そう言った彼に気づき今度はうんうんと泣いた。

「…ねえ、無理な頼みなのはわかってるけど…小さな子に魔力を分けて貰えない?」

困った顔の妖精が可哀想に見えるけど、彼にはそんな事出来やしないのだ。月の魔力を持っていたとしても彼は日の眷属である。

これは彼にとって無闇矢鱈に沢山あげられる様なものではなかった。

無理だと言えば妖精は僅かな期待の目をやめた。

「ごめんなさい、勝手に魔力を食べて。」

しゅんと小さな体をもっと小さくしてヘナヘナとお腹にもたれてきた妖精を見た彼は少し思い出した、優しかった彼を。

ふわふわと漂う涼しげな月の様な彼を。

「…わかった…北に行こう…」

いつの間にかそう答え、力無く見上げてきた妖精を見つめてのそりと体を持ち上げていた。



「ね、ねぇ、どうして北に行くの?」

危険な森の奥で1匹の、熊の様な体でのしのしと歩きオオカミの様な耳をぴこぴこと動かしていた彼は同行者の妖精からの疑問にピクリと、首元に座ったそれに耳を向けた。

北は人族が多くいる場所で、滅多に立ち入らない所なのは我ら眷属共通である筈。ある意味危険な森以上に危険な場所に近づく彼にブルブルと震える妖精は理由が知りたかった。

北の人族の近くに月の魔力が湧く場所があるといった彼にそれは本当かと思わず飛び上がった。

迷惑そうにひと鳴きした鳥は揺れ動く揺籠に身を任せた。栗鼠もきょろきょろとして彼のお尻の方を見ながら帰り道とは違う方に行くのに首を傾げて着いてきた。

「…ねえ、この子達も連れてくの?」

そんな2匹ののんびりとした姿に妖精は、はてなを浮かべた。

「…?この子達?」

彼の首元に座り込んでいた妖精は背後にいる2匹を振り返る。

「あぁ、大丈夫だ」

ぴこぴこと耳を動かしそんな事かと言わんばかりに気にする素振りもない彼に、はてなをつかべまくった妖精は、首を傾け過ぎて転がった。



数日で彼と会話をするのに慣れた妖精はぺちゃくちゃと喋り彼は適当に相槌を打つ。鳥と栗鼠は相変わらず背中でおやすみ中だ。何十日もの旅路であるのに彼らには苦ではなかった。彼は今まで沢山の美味しい魔力を食べていたからダラダラと過ごすには何年も大丈夫な程の蓄えがある。

それにあの草原ほどでは無いが美味しそうな光が注ぐスポットは所々にあり、補給する必要はないのだが美味しそうだったから寄っていた。

ここも見つけたその一つであるが、ふと鼻についた臭いにやめておくことにした。獣が焼けた僅かな残り香が森の開けた場所からしたのだ。ここは稀にだが人が来ている場所であるらしい。北の方に続く隠された獣道があり、香りも僅かに続いてる。

「人の住む領域にきた様だな」

ふむと考えている様なため息を1つ吐いてぽつりと妖精に言った。

「へぇ!?もう!?」

ぽけっとしていた妖精はぴょんとひとつ跳ね、キリッと顔を引き締める。

「これからどうするの?」

キリッとした顔をキリッと彼に向けてビシッと両手を万歳と上げた。よくわからない動きを背中でしている妖精に首を傾げつつ、後ろの存在感が殆ど薄れていた鳥がひと鳴きした。

ぴょっと肩を震わせ何どうしたと妖精は振り向き、飛んでいった鳥の後をお空がきれーと思いながら見た。そんな妖精達の姿をきょろきょろ見つめていた栗鼠は彼のお尻の方に向き直り丸い尻尾を枕に寝た。



まだまだ北に歩き続けていた彼はふとぴたりと止まる。鳥が戻ってきたのだ。

ちょこんと頭の上に乗った鳥はととっと2、3回足踏みし満足気に座る。

はてながいっぱいの妖精はそんな目の前の鳥を見つめながら首を傾げた。

ふすっと彼が鼻を鳴らすと、止めていた足を進める。

「あんた、どこに…?」

ずりずりと鳥に近づきながら言った妖精を横目に鳥は目を閉じた。

なんなんだ、こいつは。そう思いながらも喋られない鳥に答えを聞くのを諦め、彼の首をすりすりぽんぽんしてどういう事だと尋ねた。

「このままいけば遺跡がある、地下に月の魔力が湧く」

人も来やすいがなとは言わず妖精に答えた彼はのしのしと歩みを止めない。



後少しの所まできた。森に隠された遺跡周辺は薄暗く、日が少し落ちたことにより更に暗い。

そんな近場に煙の様な臭いが薄らとヒクヒクとした鼻についた。運が悪い、遺跡近くに人がいる。

この遺跡は割と人が住む土地に近い様なそうでない様な微妙な距離で、鳥が見に行った時は人が野営していた跡は無かったが、タイミングが悪すぎではなかろうか?

たまに風向きが変わって枝の焼ける香りが僅かにする。今日は獣を狩ってはいなさそうだ、血の匂いがしない。

誰か索敵でもしているのか、人の魔力が数本先の木まで漂っていた。

これは人がいなくなるまで数日かかりそうだと思った彼はスッと闇夜に溶け込み音もなく離れていった。




「ふがっ」

背中で変な鳴き声をあげピクリとした妖精に耳を向けたが起きた様子はない。洞窟を見つけた彼は、近くの僅かながらに太陽の光が僅かに漏れる場所で堪能していた。

流石に照りつける太陽が一杯の広まった場所に行っては人に見つかるやもなぁと思った彼は木陰から漏れる僅かな光をおやつにまったりとしていた。

遠くでえいやと戦っている様子の人には目もくれず、ふむと鼻を鳴らしてくてんと脱力していた。



パッと顔を上げた彼にころりと転がった妖精はなんだなんだと飛んだ。

ふんふんと鼻を動かし、耳をぴこぴこして警戒している素振りの彼を見てなんだなんだと怖くなった妖精は思わず彼のお腹に潜り込んだ。

いつもならふんすと鼻息を荒くする妖精でも流石に息を潜める。

「くすぐったい」

思わずと言った言葉にごめんと思いつつ警戒を解いてる彼にあれれ?と顔を出すと、絶望感たっぷりにガタガタと震え片腕を無くした人族の青年が尻餅をついてこっちを見ていた!

妖精はぎゃぁぁぁぁあと心の中で声を上げて、彼の更に奥に潜り込もうとした。

「ん、それはやめろ」

ぽいっと放り出されてしまった妖精はひんとしゃくりあげ仕方がなく首元にしがみついた。

「しゃっ、しゃっぁ!!!?」

青年もひっくひっくとしゃくりあげパタリと気絶してしまった様だ。

ふむどうしたものか…。いつまでもひくひくと首元で泣く妖精と頭を上げた際に何だよ急に動いてと言わんばかりの鳥が着地して元通りに寛いでいる。ぽやっとした栗鼠がきょろきょろした後に尻尾を枕に寝てしまうのは相変わらずだった。



「ん…ここは…」

確か俺は遺跡の調査に来ていて、仲間と数人で遺跡探索していたはず。

今日は引き上げようとろくな成果もないまま遺跡を出たはいいが、魔獣の小規模な群れが唸り声をあげ襲いかかってきたんだった。

はっと青年が意識を戻すと、薄暗い洞窟の様な場所に横たわっていた様だ。

ズキっとした鋭い痛みが左腕に走り思わず手をやろうとしたが空かしてしまった。えっ?と恐る恐る見ると腕が無かった。そうだ魔獣に食いちぎられてしまったんだった。

仲間も、俺の腕も…。それで夢中になって逃げてそれで、そのあと…、熊が…。

俺は何でこんな所にいるんだ?誰かに助けられた?なら頭に伝わってくる暖かい毛とゆらゆらと呼吸の様に動くこれは?

「!!!?」

ビシリと硬くなった体の振動で起きた事を彼に悟られた様だ。青年はおはようと低い知らない声をかけられ、ギギギと首を背後にむけてしまう。

燦々とした太陽が輝く瞳を持った灰色の大熊の様な何かに見つめられていた。

ひんっと心が鳴き、そして実際音になっていたらそうなっていた呼吸の様なものが青年の喉にまとわり付く。

唾液が変な所に通ってしまい膨大に咽せたいがそんな事も出来ない緊張状態が青年に走った。

「…落ち着けあんた」

苦笑いしているおっさんの顔を幻視して青年は顔を真っ赤なのか真っ青なのかわからない色を浮かべ気絶してしまった。

時間がかかりそうだな、と思いながら彼はボフッと毛に埋まった青年から視線を外し鼻を鳴らしてぽすりと伏せた。


もう一度起きた青年はまたしても話にならず、パタリと動かなくなった。いい加減に食事がしたくなった彼はお腹でメソメソしている妖精を引っ張り出して、背中でバランス良く眠っていた栗鼠を起こし、青年の死角で遠巻きにしていた鳥を頭に乗せた。人よ、落ち着けと。

「怪我をしてるし、魔力も少ない。お前をどうこうする力はない」

妖精にそう言い聞かせ、青年に話しかけさせる事にした。



「…あの、すみません、落ち着きました、はい…」

やっとこさ落ち着いた青年は貧血やら痛みやらで酷い顔色をしていたが、精神は安定した様子であった。まだ彼が話しかけるとびくつくので、大人しくしておくが。

「あの……か、彼は…そのどうして…」

「えっ!?なに?クオちゃんがなに??」

「クオちゃん?」

彼とは自分のことだとは認識したが、妖精から飛び出たそれは何だ?クオちゃん?思わず復唱してしまい、青年がピクリとした。

「え?だってクオちゃん名前ないよね?熊みたいだからくまちゃんって呼ぼうと思ったけど熊ではなさそうだし、いつもくわぁって大きいあくびをしてて大きいからクオちゃん、ねぇ?」

ねぇと言われてもわからないが。

「そうか」

まぁいいか

それでいいのかと言わんばかりにピィと鳴きぱさりと、ひと跳びした鳥はやれやれと頭に着地する。青年もそれでいいのかと思わなくも無かった。栗鼠はもそりと寝返りをうつ。


彼は青年の言わんとする事を察した。一般的には日の眷属である動物達は喋られない。月の眷属であるもの達は喋り、できないものは意志疎通を何かしらで取れる、人の周りにいるのはこれが一般的だ。もちろん妖精などがいる周辺もこれが多い。しかし、彼のいた更にはもっと奥地には秘密が一杯なのだ。

「クオちゃんが喋るのはよくわからない、クオちゃんが言うには壊れてるんだって」

「…そ、そうですか」

「そうだ。あんたはそろそろ落ち着いたし、もういいか?」

青年の頭がはてなだらけになってるが無視して、もう食事に行きたい。

「クオちゃんご飯?」

きゅぴと効果音がつきそうな仕草で聞いてきた妖精にうんと頷きなんだかんだ寄りかかっていた青年へ退いてくれないかと呼びかける。

「…は、はい、すみません…」

のそりと動いた彼にぴりくと強張りつつ、ふらりと避ける。

「あ、あの…どこへ…」

「日向ぼっこ」

おどおどと話しかけてくる青年に妖精が答えるとへっ?と言う間の抜けた声が後ろから聞こえた。特に気にも止めずのしのし歩く。青年を拾って3日経っていたので彼はおやつ程度の光ではあるが、目指した。

彼達が去っていった洞窟にポツリと残された青年はふと、腕をなくし貧血気味に加え、ろくな治療もしていないはずの自分が思ったよりもピンピンしている事にはてなを浮かべていた。ふるり、と暖かな彼がいなくなった洞窟のひんやりとした空気に震えながら。



「帰れないのか」

ふぃーと満足げに洞窟の中へ戻った彼は青年がまだいる事に特に気にもとめず、ふすっと鼻を鳴らした。

「えぇ、まぁ。思ったより元気ではありますけど、こんな状態では街まで歩いて行けるわけありませんよ…」

はぁ、どうしよーな顔をした青年のじわじわとした絶望感がひしひしと漏れ出ていた。中途半端に助けてしまった青年の今後をあまり深く考えてなかった彼はふすっともう一度鳴らし、青年のそばに寝そべってやった。ひんやりと体温のあまりない青年の体はぽかぽかを蓄えてきた体に思わず、すりっと身を寄せてしまった。

はっとした青年にいいよ枕にしなと暖かな太陽の理性的な瞳を向けた彼に少しホッと体から力を抜いた青年はおずおずとほかほかの布団に体を埋めた。

獣臭はするが、嫌な感じではなく。元々森に囲まれた村育ちの青年は太陽に当たった木と草などの青々とした香りが懐かしくなり、ちょびっと瞳を潤ませた。都会は辛い、生きて帰れたら村に帰ろう、家族に会いに行こう。密かに青年は誓った。



「あんた流石にそろそろ食わなきゃ死ぬぞ」

ほけっとしていた青年は、その言葉にはっと空腹を思い出した。自分の状況をざっと改めると腕をなくし、数日ろくに飯も食っていなかった。貧血で体温が低くなっていた青年の身体はぽかぽか陽気の彼に温められているからこそ死んでいないだけでとっくの昔にくたばっていたはずだ。

今更ながらあほずらで彼に埋もれていた青年は青褪める。彼らが食事をする際にお裾分けでもとふにゃふにゃの頭で図々しい事すら思っていた。いつまでも獲物を持ち帰らない彼らに嫌な予感を募らせた。

「…も、もしかして、食事は…」

「あの2匹は知らないけど、妖精は魔力をエネルギーにしてるよ!クオちゃんも太陽の光がお食事みたい」

ピシャっと青年に雷が走った。ま、まずい、まずいどころではない!

すっかり助けられて、ぽかぽかほのぼのな彼らに安心して、ぽけっと油断していた青年はことの深刻さに気づいた。彼らは青年とは違う食事であると。ある程度狩りなどもしていた、てめえの獲物はてめえで狩とれな村出身失格な有様である。

「あんたの魔力は日寄りなんだろうな」

絶望し始めた青年に彼はのんびりと言った。

そう、日の魔力の塊である彼の側にくっついていたからこそ、回復と言うほどの力では無いが細々とした灯火で生きながらえていただけである。血は一向に増える速度が遅く、顔色は真っ白で青年の体はミリ単位の命も同然であった。

やっと現実に戻ってきた青年の足元に栗鼠が丸々と太った頬袋を見せた。食べる?っと。青年はこれも生き残るため!ぐっと決意した青年は栗鼠の唾液まみれな木の実達を口にした。

そんな様子の青年にそれは足しになるのだろうか?と思いつつも彼が助けなければ遅かれ早かれ青年は死んでしまうだろうなと、やっとこさ良心の呵責が生まれたのか、また彼を思い出したのかは定かではないが、彼のやる気にマッチ程度の明かりがついた。


どうやら主食は木の実ではないらしい、栗鼠から貰った実をグフッとか言いながら食していたからだ。そして草も違うようだ。昼頃青年を背中に乗せ青々とした草原をほら食えと言わんばかりにドヤっていた妖精だが、全力で首を横に振られていた。やれやれ仕方がないと喋りそうな鳥は彼の頭から飛び遺跡の方角へと誘った。成程野営の残り物か、生き残りか、何かしらの痕跡があるやもしれないし、目的地でもある。向かってもいいだろう。せいぜい魔獣が彷徨いているだけで人はいなくなっている。



「も、もしかして、遺跡へ向かってます?」

暫くどうなるのだろうとオロオロしていた青年はまさか向かっている先が遺跡なのではと気づいたのはもう殆ど着きそうなころで、顔色を更に悪くしてしまっていた。

「そうだ、元々向かっていた」

だからついでにあんたの餌も探してやるよと言うと慌てて青年はしがみついていた彼の背中をぽむぽむと叩く。

「ま、魔獣がまだ近くにいるかもしれませんよ!?」

ビクビクと背中で痙攣してる青年に落ちるなよと思いつつもそうだなと返事をして、のしのしと目的地へと向かう。

不安そうな青年に妖精がぴくぴくとビビりつつもクオちゃんがいれば大丈夫と自信なさげに励ました。妖精は今すぐに彼の腹の中に埋もれたかったが、背中で我慢する。

先導していた鳥がピィとひと鳴きして戻ってきた。頭に降り立つとひと仕事したぜと満足げにモゾモゾと頭に落ち着いた。彼はそんな仕草の鳥にふむと鼻を鳴らし相変わらずの、のしのし具合で進んだ。


結構な惨事の遺跡近くを通り過ぎて、野営跡地に到着した。ぽつぽつと落ちていた荷物も拾えて、携帯食とやらが見つかったようだ。防水や防腐などの意外と細やかな処理魔法がされた頑丈な入れ物に日持ちするパサパサな携帯食を入れて持ち歩くのは、人族にとっての旅の常識と言えた。幸運にもちまちまと食べれば2、3日分は持ちそうな量だ。食べるのが青年だけだから尚更。

「ねぇ、そう言えばここに来てどうするの?」

魔獣の気配がしないのですっかりぽけぽけになった妖精は彼の背中でだらけつつも気になって聞いてみた。もそもそとパサついた携帯食を食べにくそうに食べている青年は何のことかわからないと妖精をみた。

「月の魔力の湧くかけらを持ち帰る。数年は持つ」

青年は咽せた。

「どう言う事ですか!?」

非常識な事を聞いたと飛び上がりそうな勢いの青年を落ち着かせて、ふむと鼻を鳴らす。

「月の魔力は地中から湧き出てきているのに、どうやって?いやしかし、かけらということは?つまり…魔力と遺跡の関係性は………」

どうやら何か人族にとっての謎に対してヒントを与えたようだ。ブツブツと頭を宇宙にし始めた青年が耳元で喋り倒している。頭を爆発させるつもりだろうか?彼のほんのちょっぴりの、本当に些細な常識は人族にとっての宇宙であるらしい。そろそろ戻ってくるのだろうか?

「はっ!?」

宇宙旅行に出掛けていた青年が遺跡の入り口で止まった彼におい戻ってこいとせっつかれやっと帰ってきた。ここの周辺は太陽の光が入りにくくなっており、じっとりと湿っている。おやつ以下の木漏れ日はなんとも口寂しくなっていた彼はいい加減用事を終わらせて、あの草原で沢山の太陽を浴びたかった。

「あんたはついてくるのか」

パサパサな口の中を潤す為かこくりと唾液を飲み込んだ青年は小さく頷いた。

もしかしたら人の身である青年達では到底見つけられない何かがあり、魔力を食事としている様な彼らについて行けば何かが分かるのかも。


魔力の不思議に疑問を抱いていたため、狩人村出身の青年は好奇心の赴くまま村を飛び出してきた。沢山勉強して1人の学者に弟子入りをした。沢山の弟子を持っていた彼女は、きつめの顔をキリキリとさせて今回の遺跡調査隊を見送っていた。自分でやり遂げる力を持っていた彼女は街で高い地位を手にしてしまっていたのだ。弟子に必ず成果を持ってこいと激励して見送った、きつめの顔を思い出した。

青年は青白い顔を引き締めている。相変わらずふさふさの彼に跨ってのしのしとした振動を体に感じながらもキリッと。



ペースは遅いながらもかなり降ったのでは無いのだろうか?緩やかに降る段差の無い道はなんだか上るのが地味に大変そうだと思いながらも、こんなにも綺麗に整地された美しい表面は見た事も無かった青年は内心どきどきと胸を踊らせていた。遺跡調査は初めてであったが、どれもこんな風にひんやりとしており、ふわりと清潔ささえ漂う坂道は聞いたことが無かった。はて、頬を撫でたこれは風か?かなり降りてきている筈が何処から風が吹いているのだろうか?

変わらずのしのしと進む彼の背中に乗ったまま、青年はふと首を傾げた。いつの間にこんなにも美しい道に出たのだろうか?光など持ち合わせていない青年はなぜ周りが見えているのだろうか?

正気に戻った青年はこの不思議な道が何故だか怖くなってしまった。

震え出した背中の青年に気づいた彼は落ちるなよと声をかけて、自分にもっとくっついてみろと提案した。

暖かくふさふさの毛にふんわりと香る日向の草原が青年に太陽を思い出させ、不思議と落ち着いた。

「月の魔力が濃い場所は人で言うあの世に近いから、まだ生者の実体を持ってる人がこんな所に来れば死んだと勘違いしちゃうみたい」

珍しく頭上で調子良さげに羽を動かして、びゅんびゅんと飛び回っている妖精はふんすふんすと鼻息を荒くしていた。もしかしたらかの妖精は食事の時ああするのが癖だったのか?首を傾げていた彼は納得して一つ心の中でうなづいていた。

しかし、妖精の何気ない言葉が一言一句聞き取れた青年は、彼の体温と匂いに安堵していた体を石に変えてしまった。

近いとは言っていたが、月の魔力はてっきり大地由来の地脈とかそう言う魔力だと…。

ふがっと毛に埋もれていた青年は息を取り戻して、考えるのを後回しにした。また新しい見た事も聞いた事もない話が飛び出てくるかもしれないからだ。宇宙旅行に毎回出かけていたらもたない。


ぴたりと振動を停止した彼は道の先が真っ暗になっているのに気づいた。日の眷属いちの魔力を持った彼にかかっても見渡せないほど光が通らない闇だ。この先にかけらがある。

「妖精」

満腹になった妖精は彼の短い尻尾にしがみつき何が楽しいのかフリフリと動いていたお尻を見ていた。青年が何してるんだと困惑した顔で妖精から目を逸らした。

「へぁ?何だ何だ?着いた?」

アホヅラの妖精はぽけっと口を開けてカクカクと揺れに任せていた首へ力を取り戻して、ふらふらと近づいてきた。

「この先は眷属のお前だけいけ」

ん、と顎差しした先を釣られるように見てひょぉおおおと奇声を発した。

「なになになに!!?こんな場所がまだあったの!?」

ひゅんひゅん飛び回る妖精に落ち着けと鼻を鳴らす。

「かけらはわかるだろう、それを持って帰れ」

妖精の助けたい小さなもの達だったらこれぐらいのものであれば足りるだろう。

ぴゅーと飛んでいった妖精を見送ってさぁ帰るかと踵を返した彼に青年はえっと困惑した。

「あの、またないんですか?」

妖精はもう戻っては来ないさ、そう言った彼に怪訝な顔をした青年に彼ははてなを浮かべる。妖精は月の魔力が濃い場所に住み、其処から他の妖精達へ道を繋げられるのだ。あの妖精の棲家は薄くなり、場所が小さくなるにつれ同族達があぶれて彷徨ってしまっていたのだろう。迷子の妖精達は月の魔力と日の魔力を半分づつ持つ人族に魔力を頂戴するために近づいてしまった。それがここ何十年前から目撃されやすくなった妖精達の真実であった。

かの妖精は他のと違って強い個体であったため、燦々と輝く地上の更に日の魔力が満ちるあそこに来れたのだろう。後に長となる妖精であった。



入り口に戻ってきた彼らは、様々な体験から緊張の糸がぶつりと途切れてしまった青年が背中にぐったりとしてしまった事にどうするか考えてみた。

どうせここまで来たなら送ってくかぁ。そんな軽い気持ちで彼はあっさりと草原への帰り道とは逆の北へと進み出した。すっかりと昼の輝きがなりを潜め、しっとりとした夜を歩き出す。


ふっといつの間にか気絶していた青年が体に力を入れる気配がした。多くの木漏れ日が味わえるおやつスポットを見つけてしまったので其処でぐだっと寝そべっていた彼も顔を上げた。

「起きたか」

ぐったりと背中に全身を預けていた青年はそんな声にのそりと顔を上げた。とても綺麗に輝く太陽の瞳をあぁ、何て綺麗なんだろう。と惚けて見つめていた青年はその理性的な瞳を持ち尖ったみみをへなりとして、傾げて見つめてきている彼に先程の溶けた頭で考えてしまった事が何だか恥ずかしくなった。

「え、ええ、起きました」

体にあまり力が入らないが、高まった胸の奥を落ち着かせる為に毛に顔を埋めぐりぐりと押しつけた。

「ん?」

何をしているのだろうか?とは思ったもののそんなに気にもせず青年に歩けるかと言った。ぐりぐりが強くなったので、首を横に振っているのだろう。

ふむ街の近く迄行くしかないか。青年のぐりぐりを背にのそりと起き上がった彼は街道に寄って行った。




「ん…ここは…」

青年が目を開けると木目が目に入り、あれと見渡すと窓枠からふわっとした風が吹き込む建物の中にいた。

青年はカッと目を見開き飛び起きる。

あぁ、ここはもしかして、ヒィケン街に存在する学術研究所の病棟か?散々見慣れた景色に唖然としているとキィと後ろから木製ドアが鳴った。

振り返るときつめの目を丸くした彼女がドアを開けた姿勢で立っていた。

「…起きたのか」

ふっと安堵した彼女が顔を歪めて泣きそうな表情をし、ドアを閉める。初めて見る顔であった。

「一体…どうしてここに」青年は生きて帰れた実感がとても湧かなかった。まだ彼の背中に揺られ気絶して夢を見ているのだろうか?

「あぁ、お前は街道で大熊の個体に襲われそうになっていた所を救出された。安心しろ討伐は済んでいるそうだ。」

ざくりと青年の心が切り刻まれた気がした。トウバツ?何の事だ?

「お前を救出したのが、討伐隊で良かったな。あの巨大な魔獣をみすみす逃せば大ごとになる。その日のうちに討伐できて良かった。」

彼女の声が水の中から聞いているようにくぐもっていて聞き取りずらかった。

ズキズキと左の手の先が痛み出した。

「しかし、奥地に逃げ込まれたから遺体を確認するのに数ヶ月かかったが、開けた場所に倒れていて、生命活動が停止しているのを確認したそうだ。」

青年は表に出ている感情が一切動いておらず、彼女の話をただただ聞いている人形の気分だった。ぽかぽかとした太陽の光が青年に降り注ぐがちっとも暖かく無かった。

「お前が生きていて良かった」

彼が死んでしまった。

「回復したら左腕は技術部に行って作ってもらえ」

時間はかかるが大丈夫だ、まだ休め。

左肩に労わるように置かれた彼女の手に何も返さぬまま、ありがとうございますと返事だけできた青年は1人になってもひたすら空を見上げていた。

彼が死んでしまった。

太陽の燦々とした、穏健で理性的な瞳を、美しい瞳を思い出した。

ふっと暖かい風が青年の頬をひやりと冷やして通り過ぎていった。

窓からはぽかぽかとした太陽が日向を誘っていた。





ヒュルリと白い絨毯を風が撫で、大きな洞窟からこおぉと音がする。

すっかりと寒々しくなった木々は春になれば実をつけ動物達の食事スポットとなる。とてとてと通り過ぎ、凍った小さな湖を通り過ぎた。

キラキラと輝く白い絨毯がぽっかりと開き、さめざめとした空気の中にほかほかとした草原が開けていた。

白い絨毯が無いその場所にこてりと小さな体を横たえふにゃっと欠伸をする。


今日も彼にとって楽しみな美味しい食事の始まりだ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


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