コミカライズ連動 行軍中
コミック版の二巻が二月五日に発売!
これも皆様のお陰です!ほんとうにありがとうございまああす!
第一王子レオに行軍停止の王命を伝えるため、アボット公爵軍を中核とした先遣の軍が移動する。
国家間戦争を意識していないこの軍は練度がいまいちで、もし同数の敵と出くわせばかなりマズいことになるが、レオがエメラルド王国の国境を滅茶苦茶にしているので、いきなりの襲撃を受けることは考えにくかった。
それに秘すべき中核、【傾城】と【悪神悪食悪婦】がジェイクの馬車を守っているので、その周囲に限れば鉄壁である。
『イザベラさん、軍も主人に似るんですね』
『そうですね。練度……は私にはよく分かりませんが、生真面目なのは十分感じられます』
警戒を全く怠っていないリリーがスキル【念話】でイザベラに話しかけ、アボット公爵の軍を評した。
真面目、堅物……という言葉が服を着ているようなアボット公爵の軍は、主人に似て几帳面な性質が強い。
物資の管理は非常にきっちりしているし、時間や命令に対する意識も強く、正面で戦う戦力として若干不安はあっても、軍の外見を単にかさますだけの役立たずという訳ではなかった。
『それにジェイク様への警護も厚いです』
『そうですね』
リリーの言葉にイザベラが心の中で頷く。
王宮でいない者として扱われ、明確に疎まれているジェイクを、アボット公爵はきちんと第三王子としての格で扱っている。それだけでもリリーとイザベラが持つ、アボットへの評価は高くなる。
これをアボット公爵に言わせたなら、いや、王家の血が流れている第三王子を、王の家臣である自分がぞんざいな扱いする訳ないでしょうが……例え王本人が疎んじていても、自分にはサンストーン王国貴族としての立場と振る舞いがある。となる。
王に最もよく仕え、そしてサンストーン王国そのものにも仕えなければならない公爵の地位にある。それがこの時期のアボットにとっての不幸だろうか。
長く続いた国家に生まれた王は、その積み上げてきたノウハウの下で育てられるため、基本的に国家と王は同一視できる。
だが長く続けば続くほど、どこかでイレギュラー。今回はアーロン王。が生まれてしまい、国家の繁栄と王の存在が結びつかなくなるものだ。
アボット公爵の不幸が終わるのは、まだ少々先の話だった。
(なんとか引き入れたいのですけど……現状では難しいでしょうね)
イザベラが若干ながら陰謀家の側面を見せた。
王に当然の抗議をして嫌われ、恐らくこの後に王都を去る公爵など、手を突っ込んでくれと言っているようなものだ。
それ故にこそイザベラは、アボットが味方になってくれれば頼もしいと考え、可能ならば引き込みたかった。しかしスライム情報網で共有されているアボットの人柄を考えるに、これだけ冷遇されてもなお、王国と王家に尽くすのは目に見ていたので、本格的な接触を控えていた。
◆
(レオ兄上に、最後に会ったのいつだったっかな……)
『五百年は前の話でしょうよ』
一方、イザベラとリリーに守られている馬車の中で、ジェイクが首を傾げていた。
(挨拶以外したことがないから記憶が無い。多分、レオ兄上の方も俺の顔を覚えてないだろうな)
ジェイクは王宮の片隅で隔離されていたため、アーロン王、レオ、ジュリアスと会ったのは数度だけだ。
そのため極端に記憶が薄く、血は繋がっている他人でしかないので、思い出そうとしても顔の輪郭がかなりぼやけてしまう。
(現実逃避は終了。レオ兄上、絶対キレるよなー……)
『戦略方針を定めて戦地にいるのに、それを全部白紙にしろと言われても、王命ならば快く受け入れて、おもてなしをしてくれるに決まってますわ』
(ならあとはお茶でも飲んで父上達を待とうか)
ジェイクはレオとの日常会話などしたことないが、それでも伝え聞く噂話である程度の性格を把握していた。
しかし事前に定められた戦略をぶち壊す行軍停止の王命など、レオだろうが、なんならジェイクでもブチ切れるのは間違いない。
(父上の王命が軽いんだよなぁ……)
『王命で出陣が認可され、王命で攻め入り、それら全てをひっくり返す王命を行なう。明日の朝と夕方には違う王命になってるでしょうよ』
(自分で発した王命を思い付きで取り消したんだ……レオ兄上が父上に掴みかかっても俺はその場にいないから)
話を面倒にしているのは、アーロン王が自分の王命を否定して、新たな王命を発した形になっていることだ。
エメラルド王国に攻め入ることも、レオに軍権を預けたのも、最高責任者であるアーロン王が認可する必要があるので王命として下された。
これは至極当然のことなのだが、その後に王命で認可された戦略方針を王命で否定したので、アーロン王の発言はかなり軽いものになってしまった。
流石にこれはジェイクとしても弁護が難しく、レオが非公式の場でアーロン王に食って掛かったら、それは仕方のない事だとすら思っていた。
(一回それやられたら、次からは本当に撤回されないんだろうなって疑心暗鬼が付きまとうんだけど……)
『人の生き死にすら左右する言葉がこうも軽くては、下の者が付き合いきれないのは当然ですわね』
(だけどまあ、これでレオ兄上の王位継承が事実上、決まったようなもんだ。中立派の貴族達も父上の判断力に難があり、ジュリアス兄上が口を挟んで戦略を台無しにしたと判断しただろうな)
『ほほほほ。まあ、そうでしょうねえ』
実父の判断にうんざりしたジェイクだが、これで王位継承が決定的になったと思えた。
明らかに判断を誤っている父と、戦略をぶち壊した次兄の行動は、王位継承問題を日和見していた貴族たちが愛想をつかすものだ。
それ故に事実上、国内で最も問題になっていた王位継承がレオに決まったようなもので、その点に関してのみ、多少の朗報だった。
ジェイクの立場の弱さという問題は全く解決していなかったが。
(レオ兄上に合流して、さっさと仕事を終わらせよう)
第三王子が公的に直面する初の大事件、第一王子レオの王命無視。その数日前の出来事だった。
◆
『おほほほほほほほほほほほほほ! 人とはここまで愚かになれるのでしょうかね! ええ、神を自称した者達よ! おほほほほほほほ!』
どこまで関与していたのかは誰も分からない。
だがジェイクと周囲の安全の次に優先する、絶対に始末すると狙い定めている者がいたのは間違いなかった。




