コミカライズ連動 エメラルド王・イザベラ・お婆の反応
エメラルド王国国王オードバードは長身痩躯の男性で四十歳と少し。
金髪と美しい緑の瞳を持つ顔立ちの整った男だが、内面はかなりの野心家だった。
「陛下、パール王国は全く対応できておりません。このままなら王都を制圧できるでしょう」
「うむっ!」
家臣の報告にオードーバードの顔が笑みで崩れる。
百年以上は続いた秩序をぶち壊し、周辺各国を混乱させることになる元凶の一人は、パール王国の中枢に近い情報源を持ち、確かな確信でパール王国に攻め入った。
「軍には足を緩めるなと伝えよ」
「はっ!」
(やはり使えるな)
オードバードは家臣に命じながらその情報源を思い浮かべる。
パール王国の情報源は、エメラルド王国の諜報員に接触してあらゆる機密を流してくれる、国外諜報の要と言っていい存在だ。
それによるとパール王国はサンストーン王国への謀略に夢中で、【傾国】すら用いているというではないか。
(いかにサンストーン王国に神スキルの王子がいるとはいえ、混乱するのは間違いない。それに無能のアーロン王なら余計に捌けまい。所詮、偶々息子に神スキルが宿っただけの男だ!)
オードバードの心に激しい嫉妬と嫌悪が溢れる。
隣国であまり世代が変わらないオードバードとアーロン王は、単純な能力で比べるとオードバードが上だろう。
しかしアーロン王は息子二人が神スキルを所持しただけで名を高めており、オードバードはそれが我慢できないのだ。
(パール王国の良港と海運を握れば、サンストーン王国も容易に手出しが出来なくなるはずだ)
海運国家パール王国の掌握を企むオードバードが未来を知る筈もない。
今現在、彼が統治する国家内の忌むべき地、アゲートを中心にしてパール王国を実質的に叩き潰し、世界の海運を握ることになる女はまだ、サンストーン王国で金貨を弾いている最中だ。
なおオードバードの野心で値上がった食料品や武器などは、金の女が散々利用しているため、彼の起こした軍事行動はあらゆる面に波及していた。
だが結局は……。
「へ、陛下! サンストーン王国が我が国に!」
「は、は、謀られたかっ!」
オードバードの名は卑怯にもパール王国に奇襲し、国を滅ぼした愚王としての名を刻む。
◆
一方、サンストーン王国のエレノア教神殿。
「イ、イザベラ様……」
「少し待ってくださいね……ほんの少しだけ……」
ジェイクの出陣が決定したことで、神殿の主であるイザベラは司祭スライムが心配しているのに、頭痛に耐えるような仕草をする。
「人は時として、信じられない程に愚かだとレイラさん達に言ったものの、まさか鬱陶しい公爵を遠ざけるために……ああもう……」
快挙だ。
アーロン王は千年生きている原初の神殺し、イザベラに頭痛を感じさせるという歴史的快挙を成し遂げた。
「体と顔を作らないと……」
頭に鈍痛を感じたままのイザベラの体がぐにゃりと歪み、多くの人間が安心するような中年の司祭に早変わりする。
「どうですか?」
「完璧かと思います」
「ふむ……足が見える。腕も回る」
司祭スライムに尋ねたイザベラは愛を求め女性としての姿で活動していたため、男性の形になるのはかなり珍しい。
そのため普段は遮るものがあって見えない足先や、腕の可動域に新鮮さを感じる。
「はあ。一応、準備をしていてよかった」
一通り自分の体を確かめたイザベラが溜息を吐く。
本当に万が一の事態を想定していたイザベラは、スライムをサンストーン王国に集めていた。
そのスライムをイザベラが統率すれば、よっぽど酷い敗走でもなければジェイクの安全を確保できるだろう。
「勝てるとは思うのですが……」
イザベラから見てもレオの戦略方針は正しく、戦争の勝利はまず間違いないと思っていたが、アーロン王の思い付きは最悪の場合全てをぶち壊しかねない。
「利用はしやすいのに斜め上を突き抜けるから評価に困りますね」
ジェイクの愛情と、周囲にいる女性陣への親愛が強いイザベラだが、アーロン王へは呆れ果てていた。
驚くほどに俗で利用しやすく、殆どの行動を予測出来るアーロン王だが、ここまでの馬鹿をやられるとある意味で傑物なのかもしれないとすらイザベラは思う。
ではここで、また別の反応を見てみよう。
◆
(め、面倒なことをーっ!)
心の中で絶叫して頭を抱えている人物は、本名を口にされなくなって久しい元黒真珠の責任者、お婆だ。
そんな彼女が心底慌てているのは、ジェイクが国家破壊爆弾を複数抱え込んでいるのを知っているからだ。
(仕事が見つかったと思ったらまたこれだ! というか第三王子になにかあったらエヴリンの小娘とリリーが野放しになるぞ馬鹿王!)
お婆は元黒真珠の実質的な雇い主、エヴリンのヤバさを薄々察しているし、なによりジェイクの懐には粛清機構として完成しながら愛で壊れたリリーがいる。
そのためジェイクの身に危険が迫り、破滅級の女がブチ切れた日には恐ろしいなにかが起こるだろうと思っていた。
(最悪が起こったら、どう考えてもリリーを止める術がないっ!)
特にリリーの戦闘力をよく知っているお婆は、彼女が理性を失った殺戮兵器と化した場合、物理的に止められる存在がいないと危惧していた。
危惧していたが……。
(まあ、あ奴が傍に侍るなら問題はないか……)
そんなリリーが戦場に行くのは明らかで、ジェイクが死ぬことはほぼあり得ない事態だとも思っていた。
(流石にエメラルド王国全軍がリリーを狙えば話は多少変わるが、そんなことはあり得ん。敗戦してもリリーなら容易く凌いで第三王子を連れ帰れる)
誰に問われてもお婆は、リリーこそが至上最高の暗殺者にして戦闘兵器だと断言できる。
実際にパール王国千年の歴史が生み出した妄念の最高傑作は、戦場で暴れているレオやジュリアスが雇ったサンストーン王国最強の冒険者、イーライを歯牙にもかけない。
なんなら後年完成する【全能】にすら、人間では唯一ほんの僅かながらも勝算を作り出せる存在だ。
(しかし、第二王子ジュリアスは外れ籤だったか……雇われていたら妙なことに巻き込まれた)
一旦落ち着いたお婆がジュリアスの件について考え始めた。
仕事を得るためジュリアスにも接触しようとしていた黒真珠は門前払いを受けていた。
しかしそこで雇われていたら、戦略をぶち壊して戦場に行く文官派閥筆頭に巻き込まれたので、寧ろ助かったと言えるだろう。
(これで第一王子レオが王位を継承する可能性が高まったが……もう一波乱くらいはあるかもしれん)
パール王国の粛清組織黒真珠を率いながら、最後の最後まで歴史に埋もれることに成功した女は、一歩外から歴史を見守っていた。




