王太子クラウスの登山道
王太子クラウスはサンストーン王国の常勝王と、【全能】の母から生まれた存在だ
それ故に幼子だろうが非常に素晴らしい趣味を持ち、機会があれば熱中していた。
「んむっ!」
最近立ち上がったばかりのクラウス君が、ターゲットを発見して目を輝かせる。
そして年齢を考えると驚くほどしっかりとした握力で崖を掴み、険しい登山道を踏破していく。
「むふぅっ!」
険しいは険しいが、他と比べた場合は容易い部類の登山道の中腹に達したクラウスは一息ついたのか。それとも達成感が鼻息に現れているのか、可愛らしい声が漏れた。
「むううっ!」
更にクラウスは登頂へ続く一本道をよじ登ると、長く険しい試練を潜り抜けて頂に辿り着き、登山家としての実績を積み上げるのであった。
『将来は登山家として名を残すでしょうね。ただし、水源もない山頂に布陣して、補給切れを起こさないように』
「なんのこっちゃ」
偉大なる王太子の功績を光る蛍、【無能】が称えると、相変わらずの教育係にジェイクが突っ込む。
親子で登山に出掛けていたのだろうか。否。
「妙に頭を登りたがるな」
椅子に座っていた山、レイラが我が子を頭に乗せ呟いた。
脚から中腹の腹で一息つき、腕から頭に登ったクラウスは満足気にしているが、レイラの輝いている髪は息子の涎の光も混ざっている。
レイラとリリーは、クラウスの登山道において初心者コースで、なにかしらの隙があればこの王太子は即座に登山を始めようとするのだ。
「むっ!」
するすると母から降りたクラウスが気合を入れると、難関の登山道にチャレンジし始めた。
「そう簡単には無理ね」
「むううう!」
難関登山道、ソファに座っていたソフィーが足を僅かに揺らすと、暴風を受ける登山家は必死に食らいつき、なんとか膝上まで到達した。
流石は古代王権の双子姉妹。ソフィーとアマラは険しい登山道であり、後の神王クラウスでも高い山として聳えていた。
「むむむむっ!」
その王太子クラウスは、ソフィーの隣に座っていた最難関の登山道を見つけ、決死の覚悟で挑み始める。
「ほーれこちょこちょー。このエヴリンちゃんを踏破しようなんて一年早いでー」
「きゃーっ! あはっ! やー!」
が、エヴリン必殺のくすぐり攻撃を腹に受けたクラウスは登山するどころではなくなり、ソファの上で笑い転げる。
偉大を通り過ぎている金の王エヴリンにとって、後の神王は敵ではないと言うことなのだろう。
事実、常に何かしらの妨害が発生するエヴリン登山道は、クラウスにとって最も過酷な道のりであり、今まで幾度も若き王太子は敗れ去っている。
「リリー。なにか知恵を授けてやれ」
「クラウス君、不意打ちで一気に仕掛けるしかありません!」
敗北を重ねているクラウスを助けるべく、優雅にお茶を楽しんでいたアマラが囁くと、リリーが唯一の攻略法を提示する。
エヴリンを踏破するのに正攻法は不可能。絶対になにかしらの妨害が発生するのだから、彼女の手をすり抜ける程の速さを身に着けた上で、不意打ちを仕掛けるしかないだろう。
「やー! きゃははは!」
「ほーれほれほれ」
残念ながら笑い転げてキャッキャッしているクラウスはその術がなく、撤退という選択肢しかなかったが。
このようにレイラ、リリー。ついでにジェイクは容易く登れ、アマラ、ソフィーは中々難しい。そして最上級難易度のエヴリンという形だが、可変式の登山道が一人いた。
「まあまあ、なんて可愛らしい」
満面の笑みを浮かべたイザベラがクラウスを抱き上げ、軽く揺らしながら部屋の中を弾む足取りでうろうろする。
女教皇イザベラはニコニコ顔でクラウスの登山を見届ける時もあれば、我慢できず抱き上げたりするので、日によって難易度が大きく違うのである。
「くわぁ……」
クラウスが大きくあくびをして目を細める。どうやら登山の疲労と敗北が合わさり眠たくなったらしい。
未来の王は母から全ての才能を。そして父からは図太さを受け継いでいるし、ここにいる女性陣は全員が母のようなものであるため、全く気にせず寝る態勢に入った。
『では私が子守唄を……』
「声をデカくする癖はどうにかなったか?」
『おほほほほ。当然ですわ』
【無能】にジェイクがツッコミを入れた。
様子を見ていた【無能】がひらひらと蛍のように舞い、自称自慢の美声を披露しようとしたが、この不思議存在は興が乗ってくるとドンドン声量が大きくなる悪癖があった。
そのため子守唄の歌い手としては失格も失格で、はっきり表現すると騒音だ。
「すう……」
流石は未来の王。教育係の邪な企みを気にせず、完全な寝息を立て始めた。
この動じない精神こそがなによりも重要な要素なのだろう。恐らく。
「寝ている姿はジェイクにそっくりだ。何をしても起きないぞという気迫すら感じる」
「え? そう?」
「ああ」
レイラは我が子の眠っている姿に微笑み、ジェイクとの共通点を話す。
どちらかというとレイラに似ているクラウスだが、行動の一つ一つが妙なところでジェイクを感じさせ、既に大物の片鱗を見せていた。
「せやな」
「そうですね」
ニヤニヤと笑うエヴリンと、にこやかな顔のリリーも同意して頷く。
「ふっ確かに」
「ええ。間違いなくそっくり」
「うふふふふ」
アマラがお茶を飲んで笑みを浮かべ、先程まで登山されていたソフィーがお茶菓子を切り取り、イザベラはルンルン気分でクラウスを抱き続ける。
騒動もなく、突発的な戦争もない。
あまりにも大きく、騒がしい混沌の時代を切り抜けたのだから、これでいいのだ。




