コミカライズ第一巻発売記念 また、かつてのプロローグと今
コミック第一巻が発売! これも皆様のおかげでございます!
本当にありがとうございまああああす!
記念にまたプロローグオマージュ
王宮の奥を歩く十歳と少しの少年、名をクラウス・サンストーン。青の目と金の髪を持って生まれてきた彼は、サンストーン王国の王族で王太子だ。そして王宮の奥は王族にとって非常に個人的な場であり、付き人もなくぶらぶらと歩いても、咎めるような人間がいない。
しかし、クラウスにとっては危険な場だ。
「あにうえー!」
「とあー!」
「どりゃー!」
「これが兄の宿命か……ぬあーー⁉」
長男の宿命。腹違いを含めた年少組の幼い弟妹達に群がられ、もみくちゃにされるのは日常茶飯事。時には鎧の如き弟妹装備を身に着けることだってある。
「おはようございます」
そんなクラウスが弟妹を装備した状態で、遥か年上の挨拶をした。
「おはようございますクラウス君」
「ああ、おはよう」
「おはよう」
慈母のような笑みのイザベラ、余裕を感じさせるアマラ、淡々としたソフィーが王太子クラウスに挨拶を返す。
名目上、王宮の主はクラウスの父だが、この三人が持つ権威は超大国の域に達しているサンストーン王国内ですら不可侵そのもの。ある意味人の形をした治外法権で、立場は当然クラウスより上だし、なんなら彼の父でも及ばないものだ。
なおこの三人だが、クラウスの記憶では全く外見が変化しておらず、非常に若々しい姿のままだった。
「びくともせんな」
「鍛えてますから」
ニヤリと笑ったアマラに、クラウスは弟妹の重さに圧し潰されることなく堂々と答えたが、やせ我慢と言った表現が近い。
「我々も似た覚えがある」
「ふふふふふふ。駄目ですよソフィーさん」
「……今日もいい天気ですね。じゃあ兄ちゃんは父上に用があるから」
何処か昔を懐かしんでいるソフィーをイザベラが微笑みながら窘めると、クラウスは空ではなく天井を見つめてすっとぼけた。
クラウスは覚えていないが、一人歩きをし始めた頃にやたらと活発になったこの王太子は、身内の足にしがみついて頭へ向かってよじ登ることを趣味にしていた。
そしてクラウスの幼児期を懐かしむお約束の話題に突入されては堪らないため、彼は無理矢理話を終わらせると、戦術的な撤退を選択した。
「我々の頭にしがみ付き、涎を垂らし寝ていたのがつい先日のようだな」
「年少の子供も同じだから懐かしいとは感じない」
「アマラさん、ソフィーさん。クラウス君が恥ずかしがりますよ」
クラウスの耳に子供達を引き取ったアマラ達の声は届かず、撤退は正しい選択肢だったと言えるだろう。
「ふう。危なかった。あ、おはようございます」
汗を流すような仕草をしたクラウスは、次に出会った二人の身内に挨拶をする。
「おはようさんー」
「おはようございます!」
エヴリンとリリーだ。
三十代に突入した二人は、大国の妃に相応しい美しさと貫禄を兼ね揃えた女になっていたが、あまりその威厳を使う必要がなく、基本的には王宮でのんびりしていた。
「どうかしたんか?」
「焦ったような雰囲気ですけど」
「自分が立ち上がった時期の話から逃げてきました」
「なるほどなあ」
「ああ……」
クラウスは誰が、どんな風にと言わなかったが、事情を察したエヴリンとリリーは苦笑気味に頷いた。
王太子クラウス殿下の人間登りは身内全員が経験しており、髪が涎だらけになったこともある。そして、子供の昔の話をしてしまうのは、年長者の特権のようなものだ。
そこへ、自我やら色々なことを考えないなら、存在としては最年長の光が飛翔してくる。
『いましたわね。今日の見学に行きますわよー! おほほほほ!』
「はいはい」
キンキンと響く声をまき散らす【無能】がクラウス達の周囲を飛び回り、未来の王を促した。
しかしそのクラウスの対応は彼の父にそっくりで、思わずエヴリンとリリーは微笑みを浮かべてしまった。
「おはようございます父上、母上」
「おはようクラウス」
「おはよう」
ジェイク・サンストーン王の私室に訪れたクラウスは、そろそろ髭を生やそうかと悩んでいる父王と、柔らかい雰囲気の母のレイラに迎えられた。
サンストーン王家にとって、彼、王太子クラウスは望まれて生まれた。
王国を事実上追放され、戦争を潜り抜け、暗殺の魔の手を払い、祖国の内乱を治め王となり、そして勝利し続けた父。農村の生まれながらも恐るべきスキルが周囲をかき乱し、陰謀に巻き込まれ、夫と出会って付き添い、千年前の遺物を終わらせた母を持つ。
そしてこの世界では10歳の誕生日にスキル、即ち神からの恩寵とされる不可思議な力が授かるのだが、クラウスが10歳の時に授かったスキルは【秀才】である。
嘘だ。欺瞞だ。
名を【?知?能】。
こんなトンデモスキルを表に出せる筈がない。これが【無知無能】ならともかく、【全知全能】と解釈された日には、サンストーン王国だけではなく世界がひっくり返るような大騒ぎになるだろう。
下手をすれば生きた神としての信仰対象になりかねず、母の手によって遮蔽を施されたクラウスは、多くの臣下が望んでいる様なスキル名を所持していることになっていた。
なにせ臣下達は神の名が付く、一点集中型のスキルで痛い目を見たため、当たり障りのない優秀そうな名のスキルは大歓迎だった。
『そろそろクラウス・サンストーン君の大冒険が始まりますわね。暇だ。あ、そうだ。屋敷を抜け出そう。とか言い出して、誰かさんに出会ったり』
「もうそんなになるか……」
「懐かしいな」
昔を懐かしむのは人間だけではないらしい。
【無能】がもう二十年は前の話を持ち出すと、ジェイクは思わず天井を見上げ、レイラも昔を思い出す。
丁度ジェイクがクラウスと同じくらいの年齢だった。
屋敷から抜け出し【傾国】と出会い、【奸婦】が押しかけ、【傾城】が自分を見つけ、【悪婦】は感動に震え、【毒婦】と【妖婦】が宿命から解き放たれた。
「クラウスもこれからが大忙しかもしれないね」
「さて、どうなるやら」
ゆっくりと微笑むジェイクにレイラが肩を竦めた。
大騒ぎを経験した男と女の子供なのだから、クラウスの人生も賑やかになる可能性は十分にある。
「まあ、程々に頑張ります」
『おほほほほほほほほほほ!』
レイラの容姿を受け継ぎつつも、ジェイクに似ている子、クラウスがマイペースに告げると、【無能】が大笑いをするのであった。