語られぬ神話の再現
逃げる。逃げる。逃げる。
ホタルの様な光となった【粛清】は逃げ続ける。
(なぜ石の王冠がまだ存在する⁉ エレノアはなにを企んでいた⁉ 【宿命】の暴走に関わっているのか⁉)
だが単に逃げているだけではなく、疑問と悪態を吐き続けている
双子姉妹とサンストーン王国軍はある程度納得できたし、場所が明確な【宿命】も対処法がはっきりしている。だがエレノアに関しては、どこにいるか分からない毒蛇の様なリスクを【粛清】に強いていた。
(いや、間違いない! エレノアの意思を引き継いでいるから【宿命】に接触したのだ! 待て……エレノアの意思とはなんだ? クソ! なぜ思い出せない! まさかこれも【宿命】の影響か⁉)
問題だったのはエレノアがなにをしようとしていたか、【粛清】がはっきりと思いだせないことだ。
通常ならば記憶に欠落があると判断しただろうが、暴走状態に陥っている【宿命】の力を考えると、どうしても疑心暗鬼に陥ってしまう。
命を奪う分かりやすい【粛清】に対し、影響がはっきりしない【宿命】は存在そのものが疑いを生んでしまうため、小細工的な遮蔽も施されていた。
(しかし……やはり長時間の行動は出来ないか!)
無我夢中で戦場から離脱した【粛清】は、無理矢理デクスターを乗っ取った上に、今度は慌てて離脱したためかなり無理をしている。その影響で長時間の移動は難しいらしく、洞窟の様な場所を見つけると飛び込んだ。
(どうする……人手は必要だ。どうにかしてジェイク・サンストーンに近づき乗っ取るか? いや、エレノアの関係者がいるなら難しい。それにデクスターの時はかなりギリギリだった)
【粛清】は大雑把な地理を思い浮かべながら、最優先である【宿命】の対処について考えるが、状況は圧倒的に不利だと言わざるを得ない。
ところでだがこの状況、千年前のとある事件と似ていた。
朽ちかけている精神のまま戦いに敗れ、満身創痍で洞窟に逃げ込み、そして斃れた状況と。
(っ⁉)
轟音と共に洞窟の入り口が崩れ、殺し合いの場所が完成した。
残った光源は【粛清】の僅かな輝きだけだが、両者は正確にお互いの姿を捉えている。
『ば、馬鹿な!』
【粛清】が認識したのは黒曜石の様な長い髪、整った顔立ち、素晴らしいスタイル。ではない。
『まさかエレノア⁉』
容姿はほんの少しだけ似ているか? といった程度だが、宿している気配がかつての神にかなり酷似しているのだ。
そのため【粛清】は一瞬だけ、洞窟を崩した者がエレノアではないかと誤認したが、奇跡的に真実を導き出した。
話は少々変わる。
記憶の一部消去、擬態する能力、人に匹敵する知性、人との生殖すら可能な生態。
更に神でありながらたった一人で彷徨い、襲われた挙句死した事実が結びついた時、奇妙な疑問が浮かび上がる。
なぜそのような都合のいい生物が存在するのか。なぜ神は助けを呼ぶことが出来なかったのか。なぜ偶々そんな生物と遭遇したのか。
『エレノアの置き土産風情があああああああ!』
【粛清】は神々が漏らしていた幾つかの断片的な情報を繋ぎ合わせ、答えに至った。
一から作り上げたのか、それとも元居たモノに改良を加えたのかは【無能】ですら知らない。
しかし神を殺し成り代わる計画の産物は逃げ出し、偶然にもその企みの首謀者を貪ったことで確かな結果を残した。
神でありながら同胞を出し抜こうとした、自己“愛”のエレノアを滅ぼすという形で。
「!」
言葉は発さない。
一瞬で膨張した下半身が蠢く粘液塊と化し、上半身だけ人型を保っている絶世の美女と、満身創痍の【粛清】。
最初の神殺しにして原初のスライム、イザベラが千年前と同じように神を名乗る者へ襲い掛かった。