激突直前
「ドナとナタン、それに二十名がいない?」
早朝、報告を受けた【粛清】の頭には疑問符が溢れていた。
【粛清】から見てもドナとナタンの二名は非常に強力なスキル所持者で、背信者もまた中々の者達だった。
「……なぜ?」
そんな主力や切り札と言っていい者達が、寝て起きたら突然いなくなったと聞かされたのだから【粛清】の思考に空白が生まれたのは仕方ないだろう。
「臆病風に吹かれたのでしょう」
ここで残った主力、バティストがしたり顔で頷いた。
最側近の座を巡って争ったドナとナタンが消えたのは色々考えられたが、バティストにすれば悪く言えるのなら、理由はなんでもよかった。
「デクスター様のお力を信じないとは。サンストーン王国を降した後は粛清する必要があります」
「……そうだな」
バティストの言葉に【粛清】が頷くが、理由はどうあれ勝手にドナとナタンが去ったのは事実で、何かしらの罰を与える必要があった。
その程度の認識なのだ。
「進むぞ!」
気を取り直した【粛清】は、【宿命】の機能を止めるために行動を続ける。自身から発せられている威光に抗える者はいないと確信して。
臨界点をとっくに通り過ぎ、バチバチと弾けている力には誰も抗えない。
「……なに?」
慢心と妄信のツケはサンストーン王国の国境に辿り着いた途端に現れた。
またしても思考に空白が生まれた【粛清】の視線の先には、いる筈がないサンストーン王国の軍勢。その数三万が集結しているではないか。
「あれは……サンストーン王家、アンバー王国。それに……エレノア教の旗です。少し前の内乱で、この旗が集結したことはあったようですが……」
しかもただの軍勢ではなく、スキルで視力が強化されたバティストは、尋常ではない旗が集結しているのを確認した。
「アンバー?」
「はい。ひょっとするとアマラ、ソフィーの双子姉妹がいるのかもしれません」
「アマラ? ソフィー? まだ生きていたのか? 千年も?」
「デクスター様?」
「……いや、なんでもない」
古代アンバー王国と、アマラソフィーの名を聞いた【粛清】は戸惑ったように瞳を揺らした。
(神を知っている者がまだ生きているとは……それにエレノア教? エレノア……なんだ? 我は何かを忘れている? 最後にエレノアはどうしていた? 確か……騒動が起こっていた。だがその騒動とは?)
更にエレノアの名前もまた【粛清】を戸惑わせ、千年も前の事態を思い出そうとしていた。
だが思い出すより先に気が付いたことがあった。
「こ、この気配、まさか石の王冠⁉ 馬鹿な! いや、間違いない!」
【粛清】の突然の大声に、周囲の人間達全員がびくりとした。
大声であったことも驚きの原因だが、石の王冠という単語はもっと大きな問題だ。
神が去って千年、石の王冠はいつもエレノア教と共に噂されていた。しかし、確たる証拠はなく噂の範疇を出ないものだった。それが現代に現れ、しかも明らかに待ち受けている軍勢の中にあるとなれば、背信者達は神が保証した王権に逆らうものとなる。
(お、思い出した! エレノアは石の王冠を奪ってどこかへ去ったのだ! それで神々が揉めていた!)
【粛清】は歴史の裏を思い出した。
実は石の王冠だが、二重の盗品だったのだ。
一度目はエレノア神が神々の承諾を得ず独断で石の王冠を奪い去り、二度目はそのエレノアを貪ったイザベラの手に渡ったという歴史の裏。
(エレノアは確か奇妙な成果物を……⁉)
【粛清】の考えは邪魔された。
「神敵討つべし!」
「神敵討つべし!」
「神敵討つべし!」
「神敵討つべし!」
サンストーン王国軍から発生した大合唱を【粛清】が認識した瞬間、デクスターの体、もしくは【粛清】の中でなにかが切れた。
「俺様が神敵だとおおおおおおおおお! この! この! この我があああああああああああああああああ!」
神ではないくせに神を自称し、違和感しか感じさせない威光を発しておいて、【粛清】はどう考えても自分を神敵と呼称しているサンストーン王国軍に憤怒を抱いた。
尤も明確に名指しされていないのに、神敵と言われて何が起こっているかをきちんと理解しているのは、【粛清】が薄っすらと自覚している証拠に他ならない。
「殺せえええええええええ!」
【粛清】の命令に背信者達が動き出す。
彼らにすればデクスターはアルバート神の生まれ変わりで、神敵などと叫ぶのは不遜の極み。まさにサンストーン王国こそが神の敵だ。
それに神の軍勢として逃げるという選択肢はなく、自らこそが正義であると妄信しているのだ。それにどれだけ数が違っても、最終的にデクスターが神の力でなんとかするだろうと思い込んでいる神王国の軍勢は、スキルで攻撃し始めた。
石、氷、炎、風。様々な力が形を成して、サンストーン王国に降り注ごうとする。
それら全てがより大きな突風によって押し返された。
千年も愛用している剣が太陽を反射して輝く。
「舐めるな」
古代アンバーの使命を言い分にして、全ての枷から解き放たれている貴公子。
存命している人間で最古の攻撃スキルを持つ女、ソフィーが鋭い視線を向けていた。