経済格差
神王国の軍勢は少々異様だ。
「おお! 凄い!」
「なんと煌びやかな!」
「神の軍勢ばんざーい!」
市民達は大騒ぎだ。
末端を構成する二千人の兵は、現在の神王国において貴重な全身を覆う板金鎧を身に着けた者が多い。
そして中核を形成する背信者達の集団は、この日のために準備したかのような金や銀の刺繍を施した司祭服を纏っている。
だがなにより目を引くのは、体が倍になったのかと思えるほど重厚な衣を着ている、神王国国王デクスターだろう。
これは質素倹約の心掛けが無くなったアルバート教が作った法衣だ。
そのため、あちこちに宝石が散りばめられた贅を尽くしたものとなったが、代わりに機能性が大きく犠牲となっており、はっきり言えば運動に適していなかった。
(これは……どうなのだ? 今の上位者はこの様な服を着るのが当たり前なのか?)
そして馬鹿げたことに、現代の知識に大きな偏りがある【粛清】は、背信者達が用意した法衣をそのまま着用したものの、あまりにも動きを阻害されるため頭の中では疑問符が浮かび続けていた。
とにかく、こうして戦争分析班が知れば今度こそ倒れる一行は、サンストーン王国へ向かって進軍を開始した。
なお、計画段階では千人規模の食糧しか想定しておらず、いつの間にか現場判断で数が倍になっていたのに修正されることはなかった。
勿論これを戦争分析班が知れば、倒れるついでに泡を吹くだろう。
◆
恐らくサンストーン王国は金と銀、宝石で城を作れる。
こんなことを言われたら多くの者は何を馬鹿なと思うだろうが、サンストーン王国の国庫にエヴリンのへそくりを合わせると、非常に小さな城なら実現してしまう可能性が高いことはほぼ知られていない。
勿論無駄の極みであるため冗談の類だ。
しかし、パール王国が衰退し切った今現在、世界の海路と制海権を握っているに等しいエヴリンは、【粛清】、【宿命】、【傾国】という、言葉の響きからしても異常で異様な面子に張り合える存在と化していた。
「貴族の出費はこっち持ちやから、今回ばかりは赤字やな」
「だよね……」
そんなエヴリンの断言に、ジェイクはどこか遠くを見るような目になった。
神敵を打ち倒すための大義の軍勢だろうが、空から神々の援助として金銀財宝が降ってくる筈もなく、費用は自前で用意しなければならない。それにもう神王国には大した財貨がないため、劇的な収入も無理だ。
しかし先にも述べた通り、今のサンストーン王国。というよりエヴリンは国家の全力軍事行動を数回は支えられるお化けだ。
「ま、すぐ黒字になるで。工芸品、武器、食料、特産品の製造は留まることを知らんし、このエヴリンちゃんに売れんもんはない」
エヴリンの断言は神の宣告に等しい。
旧エメラルド王国を併合して連戦連勝続きのサンストーン王国は、人口が多く製造業に集中できる環境が整っている。
そして日々あらゆる場所で吐き出されている商品を、需要と供給を見誤らないエヴリンが世界中で捌き切っているのだから、経済面でサンストーン王国に対抗できる国は存在しないだろう。
「せやから、ちゃんと帰って来るんやで」
「勿論」
寄り添うエヴリンをジェイクは柔らかく抱きしめる。
「行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」
暫く抱き合っていた二人は、お互いの温もりを確認してから離れる。
異様なまでに稼ぎまくっているエヴリンが、家計簿を黒字にするために内職をしているつもりだと言えば、世界中の人間が唖然とするだろう。
だが本気も本気だ。彼女の行動が家族のためであることに変わりがない。
「出陣する!」
ジェイクの号令で動き出す軍勢は、最終的に三万程に膨れ上がることになる。
サンストーン王国、古代アンバー王国、エレノア教の旗が誇らしげに掲げられた。
そして王国内乱時を第一次とし、今回を第二次大義の軍。もしくは神敵討伐軍と呼称される者達が歩み始める。
その全てにエヴリンは関与していた。
鍛冶師は武器を作り、板金職人は鎧を作り、牧場の者達は馬を世話し、食料は様々な形で流通する。
薬師は薬を調合し、港では船が作られ、あちこちで馬車が生産される。
世界の共通点は、取引を行っていることだ。
「嫁が財布を覗いてやり繰りすんのはどこも変わらへんけど、お隣さんはどうも違うようやな」
兵、武器、補給を取引で成立させ、たった一人で戦争を行える女が嗤う。
旧エメラルド王国の奇襲を読んで稼ぎ、アゲートの地を大商業圏に育て上げた。
更には陰謀の国家パール王国を経済戦争で叩き潰し、サンストーン王国が誇る【戦神】を締め上げ、同じ分野で上位の筈の【政神】をも近寄らせず、暴走する旧クォーツ民意国の血液を搾り出した。
時代、文明、科学技術、出会い。それらが奇跡的に噛み合ったと言っていい。全ての巡り合わせが悪かった場合は、絶滅戦争や最終戦争を容易く引き起こせたであろう、最もイレギュラーな存在が歴史に大きく刻まれることはなかった。
だがひょっとすると、サンストーン王国第二王妃エヴリンこそが傾国の名に相応しかったのかもしれない。