一方、神敵
サンストーン王国に攻め込むことを決めたデクスター。というより【粛清】だが、素晴らしい人間社会を学んでいる真っ最中だった。
「食料がないだと?」
「は、はい」
最近目覚めたばかりの【粛清】は、デクスターを乗っ取る際にかなり無茶をしたため、引き継いだ記憶がかなり曖昧になっている。つまり神王国の現状を正しく認識できておらず、軍事行動以前に兵站の維持が困難だと知って唖然とした。
「なんとしても物資を確保し、軍を集結させろ!」
【粛清】は非常に、それはもう焦っていた。
(一刻も早く暴走している【宿命】を止めなければ!)
この【粛清】にとって、【宿命】が現代でも活動しているのは想定外どころの話ではなかった。そして、単に活動しているのならまだマシだったが、【粛清】の力を明確に上回っている暴走状態は最悪の一言だ。
(俺が世界を救うのだ!)
【宿命】の役割を考えると、行き着く所まで行き着けば何が起こるか、容易く想像できてしまった【粛清】は、自身が世界を救うのだと心の中で宣言した。【粛清】も他人のことを言えたものではない、世界にとっての危険要素だが。
さて、指示を受けた者達は……。
「大軍用の食料は必要ないよな?」
「そもそも軍がほぼ壊滅してる」
「デクスター様のお力があれば解決するだろ」
「信徒の方々が軍という意味か。それだけの食料ならなんとかなる」
慢心しきっていた。
とは言え意思だけで命を奪ったように見える力があれば、大規模な軍勢など必要がないと思うのは仕方ない。
それに軍が壊滅しているのはデクスターも知っているのだから、通常の意味で軍を集結させろという指示を出す筈がない。
つまりデクスターの身の回りの世話をする百名前後の背信者や、儀式的な行軍に参加する精々千人程度の食料を準備すればいいと曲解された。
「神の軍勢だな」
「ああ、その通り」
軍などとは口が裂けても表現できない規模だが、指示を受けた者達は態々神の軍勢であると呼称して準備に取り掛かる。
勿論、もしデクスターにあれこれ間違っていると判断され、命を奪われたら堪ったものではないと思っている彼らに、気安く確認を取ることなど不可能だ。
恐怖や不安は組織の硬直を生み、上が求めた非現実的なモノに対しては虚飾で辻褄を合わせようとするものだ。
この、欠点だらけの人が形成した社会や感情を理解していない辺りが【粛清】の弱点で、人を嘲笑いながらきちんと観察している自称教育係に大きく劣っていた。
(いったいどうやっているのだ! どうやって儂の力を封じている!)
一方、心の中で絶叫を上げている【粛清】にも言い分がある。
まさか大々的に宣伝した神の力が、事実上使えないなどとは口が裂けても言えず、また、プライドの面から認めることもできないのだ。
(場所は分かっている! 分かっているが……近づけるか?)
更に【粛清】は、この原因が存在している場所を把握しているが、暴走している状態の【宿命】に近づいた時、果たして無事で済むのかという懸念が常に付き纏っていた。
(いいや! 我こそが! 俺だからこそ成し遂げられる!)
しかし、押さえつけられているくせに自分が上位。【宿命】が下だと認識している【粛清】は、自己認識を根拠に決心を固めた。
すぐに現実が襲い掛かったが。
「こ、これは? 軍は?」
十日後、軍が集結したと報告された【粛清】は唖然とした。
彼の目の前にいるのは背信者が百名前後。こちらは多くが強力なスキルを所持しており、かつてサンストーン王国最強と呼称されたイーライを凌駕する者だって複数いた。
つまり、一騎当千と表現するに相応しい者達の集団であるため問題はない。
問題だったのはもう片方の集団だ。
「本隊はどこだ?」
【粛清】が思わず首を左右に振って確認したのも仕方ない。
背信者ではなく元々旧サファイア王国だった頃から現地にいた、熱心なアルバート教の信徒。その数約二千名。
以上。
サンストーン王国侵攻軍。否。サンストーン王国侵攻部隊である。
「神の御威光に、全ての者がひれ伏すでしょう!」
「おお! その通り!」
「万歳! 万歳!」
ついでにその部隊は、戦わずして勝つと思っている有様だ。
その素晴らしいご意見に対して【粛清】は。
「……そうだ! 俺様に全てがひれ伏すだろう!」
肯定するしかない。それを否定するということは自らを否定することであり、存在そのものが木っ端微塵に砕け散る危険性を秘めていた。
更にサンストーン王国の現状を確認できていない【粛清】は、単なる兵士なら本当にひれ伏すと思っている有様だ。
更には【宿命】が暴走し切るまでの時間的猶予もなく、【粛清】は僅か二千と少しで出陣するしかなかった。
一人称が滅茶苦茶で、人間を理解せず真似ているだけのくせに、見栄と面子、楽観と願望という人間らしさは完璧に身に着けているようだ。
混沌の時代の最後に相応しい馬鹿げた戦いが始まろうとしていた。
『さて……中々に強力なスキル所持者が多いですわね。細かい調整が非常に難しくなっている現状、スキルを封じることは……厳しいですわね。リリーにお任せするとしましょう』
それを【無能】が観察していた。
『それにしても……おほ。おほほほほ。おほほほほほほほほ! 肯定するかもとは思いましたが本当にするとは! だから頭でっかちなのですよ! 人間の振りをしているくせに理解できていない! 杓子定規で応用の欠片も存在しない自称優等生! 途中で確認をすればよかったではないですか!』
ゲタゲタと笑う声には心底馬鹿にした嘲笑と……。
『どうやら私だけではなく、ジェイクとも格が違うようですわねえ! ま、私の教え子だから当然と言えば当然! おほほほほほほほほほ! おーっほっほっほっほっほっ!』
自慢するような声音が混在していた。
クライマックスだろうがタグに敵が最弱ってありますからね(初志貫徹)