石の王冠と毒
奇妙な違和感が届いているのはサンストーン王国だけではない。
「これは……どうなっている?」
「なにが……」
王政同盟に参加した国の民も疑問が付きまとう敬意を感じていたが、もっと顕著な国が存在していた。
「まさか神……」
「いや、しかしこの違和感はなんだ……」
世界で一番動揺していたのは、内乱に突入していたパール王国だ。
その動揺は王位を巡る争いすら止めてしまい、一時的な自然休戦が発生したほどで、各陣営それぞれが頭を抱えていた。
「わ、分からん……本当に分からん……」
「なにがどうなっているんだ……」
下は街の平民や漁師、兵士。上は貴族から王族まで、額のパールを輝かせている民は右往左往して、完全なる硬直と混乱が巻き起こっていた。
そして、サンストーン王国での影響も続いていた。
「なんと表現するべきか……」
「足元がぐらついている」
「うむ。まさにその通り」
言葉を濁したサンストーン王国の公爵、ヘイグは言葉を引き継いだアボットに大きく頷いた。
「アマラ様、ソフィー様。更にはイザベラ様が神ではないと断言されたが、兵士達の中には惑わされている者がいる」
「文官にもいる。エレノア教以外の司祭が判断を迷っているせいで、我々の足を引っ張っているようだ」
腕を組み顔をしかめたヘイグは旧レオ派を、床を睨んでいるキッシンジャーは旧ジュリアス派を束ねる立場だが、それぞれ関わりのある者達の動揺を把握していた。
上位の者達はアマラ、ソフィー、イザベラの断言を信用していたが、下位の者達は司祭と接する場合が多い。
そしてエレノア教以外の宗派は非常に曖昧な返答に留めており、中にはひょっとしたら神かもしれないと答える司祭もいた。
「これほどの違和感を感じるのだから、背信者の謀略なのは間違いないだろうに」
「あのような国で神がご復活されるはずがない」
「確かに」
顔を顰めているヘイグ、キッシンジャーにアボットは同意して頷いた。
彼らの高慢でもなんでもなく、単なる事実として神が復活するに相応しい地があるとすれば、旧アンバー王国周辺。もしくは連戦連勝の上に、世界最古の宗派が総本山を築き、古代王権の双子姉妹がいるサンストーン王国だ。
違和感を感じる上に、背信者が好き勝手している国で神が復活したなど、三公爵にすれば信じられるものではなかった。
「しかし……足腰が弱まっているのは事実だ」
「むう……」
ヘイグが口をへの字に曲げると、アボットとキッシンジャーが呻いた。
サンストーン王国はほぼ正式に、直近の異常は神王国の謀略であると布告していたが、全ての人間が影響を受けているため、混乱は簡単に収まるものではなかった。
そして、もしここで攻撃を受けてしまえば、戦う前に敗北する可能性すらあった。
「……直接陛下にご報告して手を打たねば」
「うむ」
「分かった」
アボットの提案にヘイグとキッシンジャーが頷く。
今現在、サンストーン王国は非常に危険な状況であると、国王のジェイクに報告する必要があった。
「げえっ⁉」
「ひ、ひえっ⁉」
「はいぃっ⁉」
その数十分後。
ジェイクから予定を伝えられた三公爵は、不敬罪に問われかねない絶叫を披露することになる。
◆
後日。
「し、司祭殿。これで間違いありませんか?」
「はい。大丈夫です」
サンストーン王国の王城で汗水垂らして働き、エレノア教の司祭に問いかけているのは使用人。ではなく貴族の当主だ。
彼らは王城のあちこちで、配置がどうのこうの。服装がどうのこうの。形式がどうのこうのと呟き、王城の模様替えを行っていた。
ただそれほど複雑な作業ではなく、スキルだって使用されていない。
ではなぜ、雑務と関わらない筈の貴族が総出で模様替えをしているかというと、この作業に相応しい格が必要だと判断したのだ。
他国の貴族がそれだけ聞けば、何を言っているのだと心底不思議に思っただろうが、詳細を知ると勝手に参加し始める可能性がある。それだけのことが起きようとしていた。
「すうう」
玉座の間では、集って居並ぶ文武百官や貴族の呼吸音すら聞こえる静寂に包まれていた。末端の者達は緊張で汗すら拭けず、最上位の三公爵も顔色が赤と青に移り変わっている有様だ。
唯一平然としているのは、玉座に座るジェイク・サンストーンだけである。
『おほほほほ! 大事ですわねえ!』
いや、彼の頭の中で騒いでいる【無能】もそうだ。
(ある程度働くと出世して、部下を持ったりなんやかんやで責任が重くなるんだよ)
『急に現実的なお話になりましたわね。上司と部下で板挟みな中堅の管理職みたいなお話に』
(どこもそんなもんだろ。苦労して、金を稼いで、積み上げて、また別の問題が発生して、家庭を持って、仕事する)
『なるほどなるほど。ところで仕事と言っても、王は給料が出ないただ働きでは?』
(……言われてみればそうじゃね? 古代アンバーの王は神から給料を貰ってたのか?)
『おほほほほほ! 後でアマラかソフィーに聞いてみればいいでしょうよ!』
【無能】とジェイクが話している最中にも、事態は進んでいく。
ゆっくりとアマラ、ソフィーの姉妹。更にはイザベラが玉座の間にやってきた。
文武百官の口と喉が干上がる。緊張で膝が震える。腰が抜けていないのは奇跡だろう。
歴史の闇に消え去り千年。一度たりとも、そう。一度たりとも表舞台に現れることなく、これからもそうだと思われていた神の遺産がイザベラの手にあった。
(う、噂は。噂は事実だった……!)
文武百官の脳は痺れて麻痺しているが、エレノア教に必ず付き纏う噂が思い浮かんだ。
女神エレノアは原初の王が死去した後にソレを取り上げてしまい、代々のエレノア教教皇が受け継いだとされる至宝。
アマラ、ソフィー、イザベラ、【粛清】や【宿命】すらも及ばない最古最初。
冠、原初の王権、神の遺産、神器。
数々の異名を持つ、形となった大義そのもの。
様々な国家が宝石、石を名乗った原因。
何の変哲もない石が王冠の形をしているだけの物体。
「石の王冠になります」
イザベラの言葉通り。正真正銘、紛い物ではない本物。
石の王冠が千年ぶりに現れた。
「神のお言葉を伝える」
原初の血に連なり、双子ながら長女であるアマラが口を開いた。
不老不死の試練を達成したジェイクは、石の王冠を受け継ぐ資格を持つ者だが、最終的に神の承認が必要だった。
しかし、神とは言ってもこの世にいないし、無理に話を進めると各宗派が面倒臭い。
ならば都合よく話を進める【毒婦】アマラの仕事だ。
「神の、我らの領分を侵す者は許さぬ。と」
嘘ではなく、真実という毒が。
神々がアマラとソフィーに不老不死の試練を押し付けたのは、死なず老いない神の領分に立ち入らない者を原初の王として求めたからだ。
尤もこの発想の時点でかなりの矛盾があるものの、高慢な神はそれに気が付いていただろうか?
話を戻す。
つまりアマラの言葉に嘘はなく、一部不老不死の件や説明が存在しないだけである。
「そしてこうも仰られた」
アマラは自分の仕事はこれで最後だろうと思っていた。だからこそ、遠慮なく毒を流し続ける。
「領分を侵す愚か者を取り除く際、これが助けになるだろう。と」
これとは不老不死だ。断じて、石の王冠そのものを指し示すものではない。
しかし状況証拠に流され続けている文武百官は、頭の中で勝手に物事を組み立てる。
神王国にいるのは神の領分を侵す者で、今ここに石の王冠があるのは、それを排除するための証であるのだと。
「最後にこう仰られた。お前達が使命を果たす時、自然と不老不死の効果が無くなる。役目を終えよ。と。見よ!」
声を張り上げたアマラと、ソフィーが祭具の短刀で自身の掌を切る。不老不死である筈の彼女達は、瞬く間に傷が治り血も止まる筈だ。
「おお⁉」
しかし文武百官が見たところ、アマラとソフィーが布で手を拭いても僅かに血が流れ続け、傷が癒えていない。
これまた嘘ではない。使命を果たしたから、双子姉妹は不老不死でなくなっている。
随分前だが誤差である。
「おおおおお!」
全てを理解した文武百官の声が轟く。
アマラとソフィーは、神であると偽っている愚か者を討つ役目があったのだ。そして、全ての民に神であると誤認させた存在は、間違いなくその愚か者。
神敵である。
「神命を果たすのは、我らサンストーン王国を置いて他に無し」
轟く声に応えるようにジェイクが立ち上がる。
「神敵討つべし」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ジェイクの宣言に、家臣は絶叫の様な声を迸らせ王城が揺れた。
「神敵討つべし!」
「神敵討つべし!」
「神敵討つべし!」
「国王陛下万歳!」
「サンストーン王国万歳!」
神を偽るモノと神の残したモノが激突する。
毒の名を冠する女は真実で全てを誤魔化し、歴史にすら刻み込んだのだ。
8話で出てきた【粛清】と9話で出てきた石の王冠が激突。長かった……。