伝播
「なんだっ⁉」
「あうー!」
古ぼけた力の衝突を真っ先に感じ取ったのは、当然というべきかレイラだった。更にはなぜかクラウスも、珍しく大声を出して手足をバタバタと動かしている。
「っ……」
背筋に寒気を感じたレイラは力を限界まで引き上げようとしたが、咄嗟にまだその時ではないと判断して、すぐさま力の高まりを抑えた。
「……絶対に面倒事だ」
そう呟くレイラだったが、奇しくもほんの少しだけ遅れて、全く違う理由なのに同じことを呟いた者がいた。
◆
最大稼働を果たした【粛清】の気配は、ついに神王国を飛び出した。
「……絶対面倒事だ」
サンストーン王国の国境貴族、エバンがげんなりとした表情を神王国の方向に向ける。
「なんかこう、そわそわするよな」
「はい。これは……なんなのでしょうか」
エバンが側近に問う。
奇妙な違和感を感じているのはエバンだけではなく、彼の領地にいる者達。いやそれどころ他の国境貴族の領地も含めた全員が落ち着きをなくし、発生源と思わしき神王国を気にしていた。
「本当にこれはなんだ?」
次第に彼らは奇妙な違和感が、なぜか顔も知らない誰かに敬意を抱いているのだと自覚し始めたものの、どうもしっくりこず、ちぐはぐな印象を受けていた。
「……なにかしらのスキルによる影響かもしれん……調査を頼む」
「はっ!」
謎の敬意がスキルによるものではないかと疑ったエバンは調査を命じたが、違和感はサンストーン王国の奥へ奥へと進んでいく。
◆
アゲート城。
「これは……? 急に違和感が……」
「じ、自分もです」
酷い耳鳴りを感じたように顔を顰めたのは、アゲートの責任者であるチャーリーと、財務担当のフェリクスだ。
そしてこちらもまた、彼らだけではなくアゲートの地にいる全員が頭痛に苛まされた様に顔を顰めていた。
「なんだ?」
戦争分析班、市民、スライムが人に擬態しているオリバー司祭も例外ではなく、目頭を揉んで頭を軽く振っていた。
違和感はレイラが真っ先に気が付いた後、遅れて王都にも届いた。
◆
「……何が起こっている?」
苦労人のアボット公爵が首を傾げ、胸の内から湧き出るような敬意に疑問を覚え、思わず手元にあった神王国に関する報告書を確認した。
「……いや、あり得ない。あり得ない筈だ。そんなことが出来るならとっくの昔に成し遂げている」
突拍子もない事だが、アボットは神王国の目的が神の復活なのではと疑い、妙にしっくりこない敬意は神が復活する前兆なのではないかと思ってしまった。
しかし、これだけ神、神、神と連呼する者達ならば、その復活を至上命題に掲げるのは容易く想像できる。そして成功するかはさておき、行動に移していてもなんらおかしい話ではなかった。
「むう……」
疑問符だけが頭に浮かぶアボットだが、かなり確実性のある生き証人がこの城にいた。
「似ているが神じゃない」
「擬きを作り上げた可能性が高い」
神が生きていた時代を知っているどころか、直接話したことのあるアマラとソフィーがうんざりとした表情を浮かべていた。
「まだ神がいた頃は、神への湧き出る敬意を誰もが持っていたが、こんなに酷い違和感は感じなかったな」
「恐らくそれらしいものをアルバート教の背信者達がでっち上げている」
緊急開催された家族会議で、アマラとソフィーがかなり正解に近い推論を述べた。
「本物の神ではないのですね?」
「ああ。未練があったというなら分かるが、明らかに飽きていた神に復活する理由がないから」
「背信者が理想を押し付けた、違う存在が生まれたのかもしれない」
押し付けてくる鬱陶しい気配に苛つきを覚えていたリリーへ、神をよく知るアマラとソフィーが太鼓判を押した。
しかし、大きな問題なのは間違いなかった。
「サンストーン王国内は少々混乱しているようですね」
頬に手を当てたイザベラは、スライム諜報網から国内の混乱を届けられており、明確な統制と対処が必要であると意見具申もされていた。
「単なる準備だったらよかったんですけどねえ」
「間違いない」
「ええ」
嫌そうに呟いたエヴリンに、アマラとソフィーが同意した。
かなり浮足立っているサンストーン王国に対し、神王国が再誕した神に従えと宣言して攻め込んできた場合、エヴリンは採算が合わない被害が発生すると見ていた。
そして、その解消はアマラとソフィーが、敵は神ではないと断言しても少々心許ないもので、より大きな保証が必要だった。
「どうする?」
「やるよ。それに借り物で一時的なものにしかならないし、なんとなくだけどそんなに酷いことにはならないと思うよ」
「分かった」
「しかし……うーん。敬意……感じないなあ……」
アマラの問いに頷いたジェイクだが、首を傾げて敬意とやらを感じようとした。しかし、どうにもそのような感情は抱けず、何故なのかと疑問を感じていた。
そしてもう一人。
「うーむ……」
レイラもまたはっきりした答えを出すことが出来ず、もぞもぞと動いているクラウスをあやしながら……最適な行動が組み上がっていた。
『川を渡った。賽を投げた。後は頑張りなさいな。まあクラウス、可愛らしいこと。元気ですわねー』
バチバチと自身のあちこちが弾けていることを気にせず、【宿命】ではなく【無能】と呼ぶのが似合っている存在は呑気な声を発していた。