アマラとソフィー
アマラ、ソフィーの双子姉妹も時間が空いているならジェイクの私室にいる。
「焼き菓子か。エヴリンのところが作ったものか?」
「そうそう。お茶用に貰ったやつ」
アマラが机に置かれている焼き菓子に気が付くと、ジェイクが出所を肯定した。だが何故か、ソフィーの表情にニヤリとした笑みが浮かんでいた。
「お菓子の取り合いをした話をする?」
「記憶にあるな。蟻の時の話だろう」
「ふっ」
唐突に口を開いたアマラに、ソフィーが昔の話を持ち出した。
千年もの長い間、様々な国で様々な物事を見てきたが、大抵の場合は面白い話にならない。そうなると必然的に、まだ二人の父と母が生きていた時代か、今の時代のどちらかが話題になる。
「古代アンバー王国のお菓子かあ」
「そう聞けば価値はあるかもしれんが、手が込んでいるのは流石に今現在の物だな。その時は溢した菓子に蟻が集まって大変なことになった」
「妙に足が痒いと思ったら噛まれてた」
「そう、それで可愛い妹のために虫刺されの薬を作ろうと思ったのが、薬師になる切っ掛けだった。ことにしておこう」
「ちゃんと補足を入れてくれてありがとう。その前から、薬草を育てて妙な薬を作ってたことを覚えてる」
古代王国の焼き菓子と聞いて歴史のロマンを感じたジェイクだが、アマラはうじゃうじゃといた蟻を。ソフィーは噛まれて腫れた皮膚を思い出す。
そして薬師としても有名なアマラだが、別に尊い理由があった訳ではなく、趣味の延長のようなものだったらしい。
「お茶の葉も普段とは違うみたいだよ」
「ふむ。確かに違うな」
「急に拘り始めた。薬師だから葉が気になる?」
ジェイクの言葉で興味を持ったアマラがお茶の香りを楽しむと、ソフィーが姉の流行について言及した。
各国を渡り歩いていた時期は、アマラにお茶を楽しむような心のゆとりがなかった、しかし、人生の終わりが見えたことで、普段は何気なく飲んでいる茶の葉が気になっているようだ。
(子供用の服を手編みしているのはまだ言わないでおいてやるか)
なおアマラだけが知っていることだが、ソフィーの方は手編みの小物を作るのに嵌まっていた。
(ジェイクに会えていなかったらまだ彷徨っていたか。ぞっとするな)
(冗談ではない)
双子らしいというべきか。アマラとソフィーは同時に、巡り合わせが悪ければまだ不老不死の解除を求めていたのかもしれないと思った。
(断言する)
(神達の死因は飽き)
奇しくもアマラとソフィーは、かつてジェイクが推測したものと同じ発想に至っていた。
解けない答えを求めていた双子姉妹と違い、神にはなにか悩みがあったとしても、大抵は解決できてしまえる力があった。
つまり生きれば生きる程に、生きている理由と目的が存在しなくなる。それは殆ど投げやり気味に、アマラとソフィーに王の試しを任せたことからも分かるだろう。
「ジェイクはいい意味で変わらない」
「確かにな」
「そう?」
ソフィーの呟きにアマラが同意すると、ジェイクが首を傾げた。
「女に眼が眩む。金を持つ。信じるものにのめり込む。権力を手にする。なにかを手にすれば人はあっという間に変わる」
「国をよくすると意気込み輝いていた王族や貴族の若者達が、十年後に会えば女遊びが酷すぎてお家騒動を起こす寸前。宗教にのめり込んで現実を無視し始める。浪費癖が付いて大騒ぎ。妙な表現をするが稀によくある話だったな……はて、前にも同じことを言った気がするな」
「百回言ったしつい最近も言ったような」
「千年も生きていれば、これもよくある話だ。言った方は誰に対してか覚えていないが、言われた方はよく覚えている」
ソフィーの話を引き継いだアマラだったが、最後は空気を換えるように冗談めかした。単なる人間でも前に同じことを言ってたぞと思われるのだから、千年も生きていれば百回言っても誤差の範疇だ。
「だがまあ、これは何度言ってもいいだろう」
「ジェイクに出会えてよかった」
「俺もだよ」
尤もアマラとソフィーにすれば、ジェイクと出会えたことは何度でも喜べるものだ。
双子姉妹は彷徨った。本当に彷徨った。ひょっとして永遠に不老不死を解除できず、古代アンバー王国という言葉すら存在しなくなった時代でも、生きているのではと何度も思い悪夢だって見た。
変わりもしない自らの顔を見ても無意味どころか、なぜ自分は老いないのかと自問自答してしまうため、放浪中の双子姉妹が鏡を好まないのはそこそこ知られた話だ。
しかしこれらは過去の話で、ここにいるアマラとソフィーは今を精一杯生きている。
「さて、冷める前に飲むとするか」
「確かに」
話を変えたアマラにソフィーが同意した。
アマラも、ソフィーも。ジェイクだっていつか死ぬ。意思持つ者の物語は終わるのだ。終えるべきなのだ。
千年もの時間が流れているなら尚更だ。そして、同じことを何度も繰り返す必要はなかった。
◆
神王国王城。
「世界は誤っている。間違っている。正しさの欠片もない」
狂乱が収まった神王国国王を名乗る者は、一つの結論を導き出した。
神に従う筈の人は信仰よりも利益を求め、争い、千年前の正しき姿を忘れている。
あってはならないことだ。絶対にあってはならないことだ。絶対に絶対に絶対に。
国家、王、人。全てが神の前で跪き、称えるべきなのだ。敬うべきなのだ。従うべきなのだ。
神がいない?
ここにいるではないか。自分だ。
そして神の持ち物である世界に不純物が混ざっているのならば。
「粛清を行う!」
組織。国家。社会。それらに存在する不要な物を取り除いて、純化を果たすのだ。
……それ故にこそ、取り除かれるべき有害を生み出せるモノと、相容れる筈がなかった。