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イザベラ

 ある日、イザベラはジェイクの私室で逢瀬を楽しんでいた。


「ぬおー。体を捻ったら体がボキボキ鳴って気持ちいいけど、絶対体に悪いから我慢ー」


「よくはないでしょうねえ」


 事務仕事ばかりで体が固まっているジェイクがぐーっと背を伸ばしてうめき声を漏らすと、本来は関節が存在しない軟体生物のイザベラが頷く。


 ジェイクが王として優れている点があるとすれば、酒や甘いものを好まず自分から体調不良を招かねないようにして、健康にある程度気を遣っていることだろう。


「ジェイク様、ああ、我が君」


「ぐも」


 そんな王がソファに座った途端、いつも通り辛抱が出来なくなったイザベラが抱き着く。


「ああ……なんという温もり」


 隙があれば毎度ジェイクに抱き着いているイザベラだが、飽きもせず彼の体温に感動していた。


 千年間も彷徨いに彷徨い続けた女が、恐らく百年にも満たない期間で全てを燃焼させるつもりでいるのだから、それも当然と言えるだろう。


「イザベラも温かいよ」


「こ、これがジェイク様と私の愛……!」


「間違いない」


 ジェイクもまたイザベラの温かさについて話すと、彼女は微妙に変なことを口走って肯定された。たった二つ。愛したい。愛されたい。その感情だけで暴走していたスライムは、思考回路が若干独特なのだ。


 しかし、意思が、感情が、想いがあるのならば、人との違いはどれ程あるというのか。


(愛を知ったから神は滅びた? それとも知らなかったから滅びた?)


 社会の根幹をなす人と人の“信用”を汚し、世界を破壊することも可能な悪神とも言うべき女は、かつて存在した者達が滅んだ理由を考える。


「神とはなんなのでしょうね」


 思わずイザベラが呟くが、最古の宗派の一つ、エレノア教女教皇の発言にしてはかなり際どい物だ。


「かつて世界を支配した者。と呼ぶには影響力が残りすぎてるよね」


「仰る通りです。言ってしまえば千年前に生きていた支配者が残した枠組みが、まだ機能しているのは尋常なことではありません。まあ、それを利用してきたのが私ですけれど」


 ジェイクの答えにイザベラは心の底から同意する。

 長い生を経験したイザベラは、人の世代交代が驚くべき速度であることを実感している。それなのに千年も前の枠が未だに機能していることは不思議の一言だ。


(神とて死ぬ。滅ぶ)


 イザベラは心の中で呟く。


 衰えに衰えた神だったとしても、間違いなく神殺しを成し遂げた原初のスライムは、永遠不滅の頂など存在しないことを知っていた。


(感情があるのなら誰もが衰える。迷う。疲れる。ならば死ぬべき時に死ぬ。それは必要なこと)


 更なるイザベラの呟きは実感が籠っている。

 人としての感情を宿して千年も愛を探し求め、殆ど正気を失いかけている状態でジェイクと出会ったのだから。


(正直なところ、私が一番怪しい)


 そして既に危ない実績がある以上、イザベラはジェイクが死んだ後にいつまで保つかあまり自信がなく、レイラと同じように適当なところで終わるつもりだった。


 尤もそれはジェイクが天寿を全うした場合の話だ。もし彼が道半ばで斃れたならイザベラの行動を含め、何が起こるか誰も予想できないという最悪が待ち受けていた。


(背信者達の神への感情はなんなのか。ある意味で一途な愛とも言える。あそこまで神を信じる者はアンバー王国崩壊直後の者達と比肩しかねない。もしくは自分を見て欲しい。見つけて欲しいと子が親に訴えている? 多少、いえ、かなり理解できてしまうのは困ったというべきか)


 ふと思考が逸れたイザベラは、心の中で苦笑を浮かべた。

 自らを愛してくれる。見てくれる人間を探し続けていたイザベラは、自分で思いついた例えについ納得した。しかし背信者達が求めているのは既にいない神で、愛という言葉以上に答えが存在しない。


(暴走し続けた果てに探し物を見つけられず正気を失う……気持ちは分かるけれど譲る訳にはいかない)


 イザベラはジェイクからの愛を感じながら、紙一重の差でしかない者達に備えていた。


 ◆


 女教皇の推測はかなり正しかった。


「ぐがあああああああああああ!」


 背信者の指導者にして神王国国王デクスターは、王城の私室で頭を抱え獣のように叫ぶ。顔中の血管が浮かんで脂汗を垂れ流している姿は正気と思えない。


「か、神よおおおおおお!」


 デクスターの叫びは助けを求めているのか、それとも……。


 彼の脳裏に浮かぶのはアルバート教にとって重要な巡礼の地と、そこで手に入れた神の力と呼ぶべきものだ。


 しかし、ソレを神の力と呼称するのならば、人間程度が扱えるものではないと思うべきだろう。少なくともデクスターは振り回され、周囲に対する認識がこれでもかと歪んでいた。


「神いいいいいいいいいいいいいい!」


 孤児で愛など知らず、アルバート神の教えに従い生きてきたデクスターにすれば、世界もまたその教えに従うものだ。しかしその教えではなく、他の神を信じる者がいるのならば、世界が間違い己こそが正しいのである。


 そんなデクスターだからこそ狂気の果てに到達した。


「わ、私が! 私こそが神なのだ! 世を正す神なのだ!」


 なにがどう繋がったのか……。


 古代アンバー王国崩壊後初めて、神を自称する者が現れた。


 史上最も高名な宗教集団の主と、背信者達の指導者。


 神を食らって自己を確立した悪であり亜の神擬きと、過去の遺物に呑まれて神を自認し始めた人間。


 いったいどちらが正しき教えを広めているのか。


 当然、これから勝利する側である。

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― 新着の感想 ―
最後、結局勝てば官軍に帰結するのほんと作者さんの文章好き、最高に皮肉が効いてる 正義と悪なんて立ち位置の違いでしか無いんだよ
勝った者が勝者なんだよなぁ!
いつも楽しく読んでます。 >(感情があるのなら誰もが衰える。迷う。疲れる。ならば死ぬべき時に死ぬ。それは必要なこと) イザベラの言葉がすごく心に沁みます。
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