過ぎた力は身を滅ぼす
粛清されたアレックス達は、異常と言っていい程に不穏分子を抹殺していた。なにせ僅かな不満を漏らした者や、単に怪しいと密告された者はもちろん、夜に一人で出歩いていただけでも、次の日には木に吊るされた。
そのためサンストーン王国が行っていたクォーツ民意国での諜報活動は下火どころかほぼ閉店状態。その処刑の嵐は、スライム諜報網ですらこれはマズいと判断する水準であり、サンストーン王国に届いた最初の情報はかなり限定的なものだった。
「神に従う正しき意味での王。ひょっとして古代アンバーと我々は喧嘩を売られたか?」
「ひょっとして。という単語は必要ない」
神王国の公的宣言だけがまず届くと、原初の王国に連なるアマラとソフィーは双子らしく同時に顎を擦った。
デクスターが宣言した神に従う正しき王とは、世間一般……どころか世界全体の認識で古代アンバー王国の正統王だけが名乗れる称号だ。
というのも古代アンバー王国は神がまだ存在していた時期の国家だし、その王ともなれば神に直接従っていた者だ。
つまりデクスターの言及した正しい王は、そのままアンバー王を意味するものであり、王位継承権こそなかったが源流の血が流れるアマラとソフィー。更にはその流れを継いでいると自称している、各国の王を無視して勝手に名乗っていいものではない。
「古代アンバーの都にいる訳でもないのにそれを名乗ったということは、世界中に喧嘩を売ったに等しい」
「確かにな。まあ、将来的に我々の子が名目上の管理者になるのだ。頼まれてもそんな連中は入れられん」
ソフィーの言葉にアマラが同意した。
古代アンバー王国の王都が存在した周囲は、王国崩壊後の戦乱でほぼ廃墟と化したが、それでも少し離れたところに都市国家の様なものが形成された。そして当然、名目上だが土地の管理人はアマラとソフィーであり、彼女達の子の就職先候補だった。
「イザベラ女教皇の見解は?」
「神に従うと仰られても、アルバート神だけのお話ですから私が行けば殺されるでしょうねえ。他の宗派もそれが分かっているから、寂しい神の国になると思います」
ソフィーの問いにイザベラが苦笑した。
堂々たる神王国の宣言だが、とんでもない秘境に存在する宗派でもない限り、背後にアルバート教の背信者がいることを知っている。そんなところへ、神のための建国おめでとうございます。と言いに行けば、その日のうちに殺されるだろう。
「寧ろ宗教勢力の力はこれを契機に少々落ちる可能性がありますね」
「聖職者とはなんだ? と思う者が出てくるだろうからな」
イザベラはこの件が逆に神に従う者達の力を削ぐかもしれないと呟き、アマラが皮肉気に頬を吊り上げた。
誰がどう見ても正気を失っている背信者の行動は、人々に神の教えとは。神に従う者達とは。そういった類の疑問を覚えさせるには十分だ。
大多数の人間にとって神の教えよりは自分の生活が重要で、それをぶち壊してしまいかねない狂乱は恐怖すら招くだろう。
「向こうがそう出るなら、こちらにも切り札があると言えばある」
「確かに私達がいてアレがあるなら、王政同盟の比ではない物が出来上がる。でもはっきり言って過剰。下手をすればジェイクと国の名が変わる」
「そうだな。まあ……一時的な貸し出しという手もある。指名して授けるのは本来神の仕事なのだから、限定的な役割の象徴として使う。と言ってもやはり過剰だが」
アマラとソフィーの脳裏に浮かんだ手段と物体は、古代アンバーを蹴飛ばした者に使用できる最終兵器だ。しかしその分扱いが面倒で、現時点の神王国に対しては過剰も過剰だった。
「……一時的なら使うことになるかもしれない。少なくとも準備が必要」
「は?」
「え?」
その筈だったのに、水晶玉を覗き込んでいたソフィーが珍しく心底面嫌そうな顔で呟くと、やはり珍しくアマラとイザベラがポカンとした表情を浮かべた。
つまり、それだけ軽々しく扱えない考えを実行する事態が、神王国で起こっていることを意味していた。
◆
ほぼ同時刻。
神王国。
「神を称えよ!」
「神を称えよ!」
末端の背信者や市民が気楽に街で叫び、新たな国家の誕生を祝っていた。
背信者の主であり、王を名乗ったデクスターもそれは変わらない。
が。
周りの人間はそうではなかった。
「少し時間がある時に、視察へ行きましょうか。聖典にも直接街を見ることは、状況を把握するために必要なことだと記されています。愚かな圧制者が死したことで、きっと賑わっていることでしょうが、やはり確認は大事です」
いいことをすればいいことがある。実に熱心な聖職者的発想で、デクスターは偉大なる神の国の様子を確かめることにした。
「分かりました。予定を調整します」
「ええ。お願いします」
にこやかな顔の側近聖職者が頷く。デクスターもいつも通りの穏やかな表情だった。
それから数日後。
「素晴らしいではありませんか。やはり我々の行いは正しかった」
デクスターが歩く道は綺麗に掃き清められ、商店には物が所狭しと並べられている。これこそが神の威光の賜物であり、全ては聖職者ではない者達が物流を止めていたせいだ。
「どうですか? 何か困ったことはありませんか?」
「いえいえ! 全て神様のお陰で上手くいっています!」
「それはよかった。貴方も大いなる神の祝福を感じられることでしょう」
「ありがとうございます!」
目についた店主へ声をかけたデクスターは、その返答に満足して立ち去る。
「デクスター様、そろそろ」
「そうですね」
一通り視察を続け、やはりその度に満足を感じたデクスターは、側近に促されて王城へ戻ることにした。
「あの……これは」
「すぐに戻す」
それを確認した店主が、なぜか残った一部の聖職者に声をかけると、溢れていた物品がすぐに回収された。
神に従い圧制者を粛清したところでいきなり物流がよくなるはずがない。そんな当たり前のことすら、デクスターに話すことが出来なくなっているのだ。
なぜか。答えは単純。
「なにも言うなよ。お前も死にたくないだろう?」
「は、はい」
聖職者の言葉に店主が頷いた。
簡単に人を殺したように見える力は凄まじいだろう。意志一つで簡単に死ぬように見えた力はとんでもないだろう。
それが自分に向かないという保証は? 失敗したら殺されないと誰が断言できる?
デクスターが街は賑やかになっていると言ったなら、それを全て事実にする必要がある。
愚か極まる。結局何があっても人の発想は変わらない。
ジェイクはこの忖度が嫌だったから、大公時代からリリーや黒真珠の報告を裏から受けているのだ。
聖典で正しい事だけを学んだ素人の破綻は目に見えていた。
そしてだが……やたらと祭具だけ市場に溢れていた。