5話 街と願い
ベルーガ
旅人をもてなし、癒す街。
街中が活気に溢れていてそれでいて懐かしい、どこか実家の様な安心感があった。
しかし、どこか妙だった。
「そこの美人なお嬢さん!今日の宿はお決まりで?」
「お姉さん、美味しいご飯のお店知ってるよー」
三歩歩けば、見知らぬ住人に話しかけられる。
街の人々は皆、明るくで活発だった。
ここは、バレナから一番近い街ということもあり、冒険者がバレナに入る前に足を休める場所としてよく使うらしい。
しかし、天命士らしき人は一人も見かけなかった。
あの、とフィオレは体格の良い男に話しかけた。その男の傍には沢山の謎の物体が、これでもかという程お行儀良く整列していた。
「お、どうしまし?お腹?空いてる?」
目の前に、得体の知れない木の実を差し出された。
なんだかウニョウニョと穴という穴から、滑りのある物が出てきて気持ちが悪いとフィオレは顔を顰めた。
「いえ、こちらは結構ですから」
とびっきりの愛想笑いをお見舞いし、表上はとても優しくその気持ち悪い物体を返す。
返すときに彼女の腕に滑りが、ネットリと付いてしまった。
「......うえ"」
今これ以上この物体を見ていたら、彼女はきっと白目を剥きながら失神していただろう。
彼女は頭をブンブンと振ると、正気に戻った。
しかし、もう一度目線を少しでも下にすると今度こそ気が滅入ると脳が警告を出していた。
「貴方、バレナに行く方法は知っていますか?
ここが一番近いと聞いたのですけど......」
バレナという言葉を聞いた男は、フィオレに微笑みかけた。
「あぁ、天命士の方でしたか。
ご安心くだせ。僕が案内いたすので」
この笑顔を見たフィオレは少し、違和感を覚えた。目の奥が笑っていない。
この街に来てからの違和感はこれであった。
皆、優しく微笑みかけ、明るくて陽気な人たちばかりなのだが妙に生気がなかった。
男は続けた。
「僕、名前モチス、言います。今日は宿、泊まってけね」
名をモチスと言った男が、強引にフィオレの手を引っ張った。
身長2メートルはある大柄な男に、手首を鷲掴みにされたフィオレは顔を顰めた。
「ちょ、ちょっと。痛いです!離してください!」
しかし、モチスはその願いを聞いてはくれなかった。
というより、聞こえていなかった。
フィオレをどこかに連れて行く彼から、笑顔が抜け落ちていた。
「安心、するください。もうほんの、ちょい」
フィオレの顔を少しも見る事なく、街の深くへ進んでいく。
「どこまで行く気なの.....」
流石のフィオレも不安になった。
彼女は、今まであまり一度関わってこなかった人生だった。
というのもレクシーの連れて来られる前の記憶がないのだ。
だからというのもあるが、人の不審さや気持ちを汲むのが少し、いや大分苦手だった。
と、今までびくともしなかったモチスの手を彼女から剥がす手が見えた。
その手は雪の様に白く、そして優しい手だった。
「あ!モチス!そうやってすぐ人を、玩具の様に弄ぶのに使うのは許しませんからね!」
というと、まるでフィオレにまとまり付いた綿を取る様な軽さでモチスの手を振り解いた。
当のモチスは、その少女を見ると酷く怯えた表情になり、顔の前で腕をオロオロし始めた。
「うぉ、チャ、チャトさまぁ.....
お許し、お許し下せ.....命、欲しい.....」
小柄な少女に怯える、大柄な男。心底異様な絵面だが、チャトと呼ばれた少女は腕を胸の前で組むと
「許します!」
と、モチスを見上げた。
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「本当にありがとうございました。もしかしたら、取って食べれるんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてました.....」
「いえ!お気になさらず。私はこの街を愛しているので、街に住む人は優しく活発でいて欲しいんです」
そういうとチャトは、ニコッと微笑んだ。
いや、ニパっと笑った。
この笑顔にはしっかりと正気はあったし、純粋だった。
フィオレは、まじまじとチャトの方へ視線を流す。
小柄で見るからにまだ12歳くらいに感じられたが、風貌は少し大人びていた。
肌は陶器の様に白く、髪も丁寧に磨き上げられた鎧の様に美しい銀髪で、黒い帽子をすっぽりと被っていた。
それに、服装も厚着で露出されている所は無いに等しかった。
あの、とチャトはフィオレの服の裾を掴んで恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「私の容姿に、気になる所でもありましたか?
確かに、少し変わった見た目だとは思いますが.....」
「い、いえ!す、すごく可愛いなと思って見ていただけです」
フィオレは咄嗟に、反応を返す。少し早口になってしまったが。
それを聞いたチャトは、驚いた様子で目をぱちくりした後、両手で目が隠れるまで帽子を下げた。
「な.....ならいいですけど.....」
その後に、フィオレは私よりずっと歳上なのだからと敬語をやめる様に何度も言われた。
フィオレが渋ると、非常に悲しそうな顔をするので承諾するしか他なかった。
そうこうしている内に、こじんまりとした建物の前に立っていた。
「ここは?見る感じ家のようだけど」
「惜しいですねフィオレ様。もちろん私の家ですけど、家族が沢山居るんですよ」
紹介しますね。と、軽やかにドアを開ける。
開けた風と共に中の情景が瞳に映し出され、見えたのは、中を駆け回る愛らしい子供達。
皆思い思いの遊びをして過ごしている様に感じられた。
木で作られた剣で決闘ごっこする子や、絵を描いたり、家族の役割を決めて演じている子もいた。
子供達はチャトの姿を一目見ると、どんな子供も一目散に駆け寄ってくる。
「「「お帰りなさいませ!チャト様!!!」」」
皆が、チャトの帰りを心待ちにしていた様に目を輝かせて走ってくる。
そこには尊敬や、崇拝の気持ちが見えていた。
「ただいま帰りました」
チャトも心から嬉しそうに微笑んでいた。