4話 兄と妹
「貴方も命を巡らす番になりましたね。貴方もきっとバレナに行く事になる」
天命石を大切そうに持つフィオレに、スターチスは穏やかに声をかける。
彼女は出会ってから殺意というものを、彼から感じていない。終始、まるで玩具で遊んでいるかのように楽しんでいる。
そして、終われば優しく紳士的な少し君の悪い青年に戻る。
彼はバレナからやって来たに違いない。
彼から放たれる異質な雰囲気は、この世のものとは思えなかった。
「聞いていれば貴方、私をバレナに行かせようとしているわね」
非常に凛とした少女でフィオレは尋ねる。
ずっと気になっていた。
彼の行動はフィオレをバレナに招いているようにしか感じられなかったのだ。
スターチスは少しキョトンとした表情になったが、またいつも表情に戻り
「だってフィオレさん、レクシーさんから何も聞かされていない様子でしたから。"兄"として、こんな可愛い可愛い"妹"を放っておく訳にはいきませんので」
そう言った。
「私は貴方の妹になった覚えは一度も無いのよ。だけど...」
スターチスは耳に手を当て、フィオレの方へ耳を向けた。
これぞ人の話を聞くというお手本の様な体制だ。
「バレナに行けば貴方を助ける事だって出来るかもしれないわ」
フィオレの瞳は静かだった。ただ純粋に、彼が可哀想になったのだ。殺す事ができればそうしたい。しかし、殺してしまえばそれで終わるのだ。
命の重みを命で返す事なんで幾らでも出来る、それにその後に残るのは、
ざらりとした罪悪感だけ。命には生で償ってもらう。フィオレは、そう考えた。
「.....何ですかその陳腐な考えは。
期待外れですね、フィオレさん。"兄"としてまた伺います。私はこれから出向くところがあるので」
酷く冷徹な表情でそう告げると、スターチスはいつの間にか消えていた。
そう見えていたのではなく、本当に突然音もなく消えたのだ。
途端にフィオレは、全身から力が抜けるのを感じた。
「これから一人でどうしろって言うの.....」
街の人に何か聞くか。いや、しかしフィオレは街に赴く事はほとんどない。レクシーに拾われてからはずっとこの森の中で住んでいる。
食料や欲しいもの洋服なども、全てレクシーが持って来てくれていた。
そんなフィオレの瞳に一つの書物が写った。
蝙蝠の白昼夢。不死の冒険家アルダナ・ヴェリダが書き記した書物だ。
ずっしりと重みがあるその見た目と、高級感のある表紙に価値のある物だと感じさせられる。
フィオレがバレスについて知りたいと、駄々を捏ねたときにレクシーが気を利かせて買って来てくれたものだ。
と、言ってもそんなに簡単に手に入るものではなく、何故こんな物があったのかと聞いても知らん顔をするだけだった。
「貴方に聞いてもいいかしら書物さん。
バレスの行き方書いてたりしないかしら」
彼女はゆっくりとページをめくっていく。
だが大体書いてある物は、バレスの危険性やこれから旅をする者に向けた忠告ばかりであった。
中には、ページ一面に諦めろと書かれたものもあった。
「これは、完全に今から旅立つ人が読んでは行けない物ね。....あら?」
ページの一番後ろに走り書きがあった。
急いで書いたものらしく、線が細く乱れている。
「えっと、内容は....」
ー出口、大きな、ベルーガ ー
「ベルーガ....」
聞いたこともないその街の名前が何故か懐かしく、そして愛おしく感じた。
気付けば足は次の目的地、ベルーガへ足を進めていた。