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真紅のラブリュス  作者: 神野夕彦
1章 深碧編
3/6

2話 巡るのは、命


「......期限......?」


 フィオレは何も分からないといった様子で、その男の方をじっと睨む。正体不明の彼は見た目からして異様だった。細身の長身できっちりと身だしなみを整えているのが余計に怪しく映り、よく見ると顔の左側何か鉱物のような物で覆われていた。むしろ、生えているかの様な。

 それに気付いたらしい男は、優しくそして怪しく笑うと丁寧にしっとりとお辞儀をした。


「申し遅れました、私はスターチスと申します。フィオレさん、貴方は命は巡ると思いますか?」


「何故私の名前を知っているの?貴方とお友達になった覚えなんて一度もないのだけれど」


 フィオレは、目の前に佇む細長い蛇面の男に足が震える感覚を覚える。足に力が入らない。震える足はしっかりと土を噛もうと足掻くがそれもままならない。

 これが恐怖。彼女はこの男にしっかりと恐怖という感情を植え付けられた。


「何故って!何故ならこの私、ずーっと貴方達の事を見ておりましたので。随分楽しそうでしたねえ、私少し嫉妬。......してしまいました」


 この男の恐ろしいところは心の底からこの状況を楽しんでいる事だ。

 楽しくて仕方ない様子で口が裂ける程に口元も上げる。気味の悪い微笑みは絶やさず、視線をレクシーの方へ向けた。


「レクシーさんはお分かりですよね?」


「......あぁ」


 レクシーは、少し俯きながらじっとりと見つめるスターチスから視線を逸らした。

彼女の二の腕に重たい衝撃が走る。視線をやると、フィオレが今にも泣きそうな顔でレクシーの二の腕を掴んでいた。

フィオレの陶器の様な顔立ちが苦痛で歪む。


「......どうしたの、まだ何もしてないじゃな......」


「何か良くない事が起こりそうだから、離れないようにしているだけよ!」


その途端、鋭い風が吹き抜けた。気が付く暇もなく隣にスターチスが立っている。


「流石はフィオレさん、大正解です。彼女はこれから私のこの尊い力の一部に」


「危ないフィオレ伏せろ!」


レクシーはフィオレの小さな身体を思い切り払った。


「なっていただきますよ」


 スターチスは、そう言うとおもむろに出したナイフでレクシーの背中を突いた。とんでもなく軽くまるでハープを奏でるかの様に刺した。

 その瞬間、レクシーは声にならない悲鳴を上げる。背中から滲み出るのは身体を巡っていた血だ。やがて彼女はぐったりと倒れ込んだ。


「レクシーさん!レクシーさん!」


フィオレが全力で駆け寄る。彼女の頬には大粒の涙が伝っていた。


「離れないって!離れないって言ったわよ!」


 レクシーの肩に顔を埋めて、親から離れる子供の様に泣きじゃくる。もう彼女自身何を叫んでいるのかも分からなかった。喉が、目が、手が、心臓が、熱い。

 ずっと一緒にいると思っていた、死ぬまで一緒、死ぬときは一緒。3年前から変わらないあの笑顔も、ずっと、ずっと隣で......


「フィオレ.....痛いよ.....」


 レクシーの力の無い手がゆっくりとフィオレの頭を撫でた。顔を上げたフィオレの顔は涙で濡れ、力一杯に唇を噛み締めていた。


「うぅ.....レクシーさん.....ずっと一緒よ......」


「......はは。変な顔だな。綺麗な顔が、台無しだ......」


隣で和やかに微笑みながら見ていたスターチスが、やっと口を開いた。


「そんな悲しみに明け暮れるフィオレさんに朗報ですよ。聞きたいですか?」


含みのある笑み。しかし、彼女の意思は決していた。


「何か望みがあるなら言いなさい。そうしたら、レクシーさんは助かるのかしら」


「おやおや、急かさないでください。もうでここにいる事はできませんが、バレナに行く事によって、お二人が一緒に冒険する事は出来ますよ」


「......どういう事なの」


 フィオレがおかしな事でも言ったのだろうか。スターチスは、心底可笑しそうにケラケラと笑った。蛇が笑っている情景は心の底から不気味である。


「まさか本当に知らないんですねぇ!レクシーさん貴方......本当に彼女の事が大切なんですねぇ」


 スターチスは野原を駆け回る仔犬のように、もう息を吐くのでやっとのレクシーに駆け寄る。

 彼女はじっとりと額に汗をかいている。


「当た.....前だ、ろう.....妹のように思っ.....からな.....」


「うーん、なんとも愛情深い。仕方ないですね、今回は私がフィオレさんの"兄"としてお教え致します」


スターチスは改まって姿勢を正す。


「いいですか。天命士ユナカイという者は一度バレナに足を踏み入れ、戻ってくると3年しか生きられないのです。......と、言いますか、命を巡らすだけなんですけどね」


「何を言っているのかさっぱりだわ。早く、レクシーさんの命を助けて!一緒に連れて行ってくれるんでしょう!」


今にも朽ちそうなレクシーの体を支えながら、フィオレは叫ぶ。もうここにしか彼女に希望はない。


「そう急かさないでください。バレナに入るには、この様な鉱物がが必要になります」


スターチスは自身の首元から、細身のネックレスを取り出す。先には、淡い桃色をした鉱石が優しく光っていた。


「これは.....忘れてしまいましたが、きっと私の師匠の様な人から頂いたものです。こう言った鉱物は異質な力を持っているんですよ。そうそう、先程私がレクシーさんに刺したそのナイフで、師匠の首や目、腕を切り刻んで作った物です」


フィオレは、自分の心臓が早くなるのを感じた。まさか......まさかそんな事はない。自分に言い聞かせる。鼓動が早くなるにつれ、頭がグラグラと揺れだし視界がグニャリと歪む。


「どうしました、フィオレさん。お気付きですか」


スターチスは、そのネックレスを愛おしそうに口に含ませ嗤った。


「人の死体ですよ」






フィオレは、今にも叫び出しそうな喉を必死に抑え込んだ。目からは涙が怒りと共に流れ落ちた。

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