1話 深碧の少女
「ずいぶんと書物っぽくない書きた方をするのね。まるで、私達に話しかけているみたい」
暖かな日差しは少女の目に疑問と期待の色を灯す。まだ、芽を出したばかりの柔らかい新緑の色をした髪がふわりと、風で靡いた。可憐で爽やかな容姿をした彼女は太陽の日差しをも味方につけていた。
隣にいる気前の良さそうな女性は、そんな彼女を見て優しく微笑んだ。紅のような情熱的な髪色をした女性は、幾度の試練を超えてきた様な妙な迫力があった。
「みたい、じゃなくて話しかけているんだよ。
いろいろな旅を続けているんだもの、誰かに聞いてもらいたくもなるからね」
「まるでこの人の事知っているみたいな物言いね。ま、まさか天命士として旅してた時に出会ったりして」
「さぁ、どうかな。私も随分と長く旅をしていたから一人一人の事なんて、覚えていないさ。それに天命士なんて所詮はただの、あのバレナという未知の場所に飛び込んでいく馬鹿たちの集まりだよ」
天命士
未だに研究が続けられている巨大なバレナという土地に希望を求め、歩む冒険者の事である。
だが、その全貌はあまり語られておらず。というのも、そもそも生きて帰ってきた者は少なく、帰還した者でも数年後には謎の死を迎える為、語られる者も少ない。
「誰だって伝説をこの目で確かめてみたい物よ。でも、もしかしたら出会っているのかもしれないのよね。素敵だわ。何百年も生きていると言われている、語る書物ことアルダナ・ヴェリタ!きっと、バレナの秘密だって知ってるかもしれないわ。ね、レクシーさん」
レクシーと呼ばれた女性は、顎に手を置きながら目を瞑った。何かを考えている様で考えていなさそうな妙な時間。数秒経ってから彼女は涼しげな藍色の瞳を輝かせながら
「あぁ、きっと知ってるさ。バレナで旅をしていた人だってあの土地について何も知らない。第一、見たことないだろう?バレナの入り口」
「もちろんよ。でもね、何回か街の書庫に入って盗み見した事ならあるわよ」
少女は悪戯っぽく、人差し指を立てて口元に手を当てた。こういう表情でさえも、可憐な顔立ちが際立つ要素の一つとして加えられる。美少女というのは、計り知れないほど恐ろしい。
レクシーは、軽く溜息を吐くと
「今日はそんな事をする為に集まったんじゃないだろ、フィオレ。君の誕生日パーティーをする予定だったじゃない」
と言った。どうやら、今日はフィオレと呼ばれた少女の誕生日らしい。彼女は今のいままで自分の誕生日をすっかり忘れていたのだろう。驚いた様に目をまんまるにさせた。
「あら、そうだったわ。私、書物を読むのに必死ですっかり忘れていたわ」
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テーブルの上には様々な食事が並んでいる。
大きな肉の塊や、瑞々しい野菜や果物達が綺麗に整列している。
山の奥で2人きりの豪華なパーティーだ。
フィオレは、ちまちまと肉の繊維を切ると溢れた肉汁を溢さないように優しく口に運んだ。
レクシーは、野菜を手で鷲掴みし放り込む。
「フィオレ、君はなりたいとは思わないよね?」
やけに真剣そうな眼差しにフィオレは少しギョッとした。
「え?なりたいって天命士に?
もちろんバレナがどんな場所で、どんな生き物がいてっていうのはとっても興味があるけれど...」
少し何か言いたげな表情をする。興味はあるけれど、怖い。それにそこに行く理由なんて決してない。使命やそういった復讐なんかもないから。そう言いたげな目だ。
「そうか。それになりたいって意思だけじゃ、そうそうなれるものじゃないさ。君達は知らないだけだよ、あそこがどんな場所でどうやったら行けるかなんて」
レクシーが少し安心した様に、椅子の背もたれに寄りかかった。
「でも私は"あの場所"の事については何も知らないわ。だって、何も教えてくれないじゃない、3年も一緒にいるのに。私は、色々教えたわよ。木々になる美味しい果実だったり、物語も読むのにぴったりな秘密の場所だって。ね、今日は何の日だったかしら」
フィオレは、レクシーをじっと見つめてニコッと微笑んだ。ポッと芽が開いたような、暖かい笑顔。レクシーはそう、と呟くと側にあった冷水を喉に流し込んだ。が、すぐにむせた。
「そ...それは君がもしかしたら天命士になる...とか...言い出しそうで...」
優しい口調だが、そこには心配と悲しみが詰まっていた。俯いたレクシーにフィオレは顔を覗き込んだ。
「心配しているのかしら。大丈夫よ、レクシーさんがいる間は絶対に離れたりしないわ。ね、約束」
彼女はレクシーの顔の前に小指を優しく出した。
「ん...約束」
二人は小指を絡ませて、照れ臭そうに笑った。
少し沈黙が続いた後に、レクシーは明るく手を叩いた。
「そうだ。誕生日パーティーといえばなんだっけ?フィオレ」
その言葉を聞いてフィオレは堪らず立ち上がり、頬を赤らめながらソワソワし始めた。
「きっとそれは......プレゼントね!」
「正解!今年のプレゼントは、これだよ」
フィオレは、すかさず箱を貰うとゆっくりと蓋を開けた。
中に入っていたのは、深いエメラルドグリーンの宝石が埋め込まれた髪飾りだった。
見る角度によって光の入り具合が変わり、フィオレの瞳の中にチラチラと瞬いている。
「ありがとうレクシーさん。さっそく付けてみるわね」
喜びが溢れるように、軽やかな手つきで髪を結い上げていく。
新緑色の髪によく映える美しい髪飾りだ。
「私が思った通りよく似合っているよ。これを買うまで凄く苦労したんだから」
レクシーはそういうと少し罰が悪そうに頭をかいた。
「あら、嘘はよくないわよ。私、レクシーさんが嘘をつく時、右手の親指を人差し指で触る癖あるの知ってるんだから」
悪戯な笑顔、本日二度目だ。何と今回は愛らしいウィンク付きである。流石のレクシーも、少したじろいだ様子を見せた。
「待って細かい、細か過ぎる。全くどこまで見ているんだよ」
「知らない事無いわよ。例えば、寝る時絶対に少しの灯が無いと寝れないとか」
「ちょっとからかってないか?私は真剣にフィオレの事を考えて...」
「分かってるわよ。ありがと」
「いやいや、流石はあちらで生きられていた天命士。僕もその考え、見習いたいものです」
「「...え?」」
2人は声がした方へ視線を向ける。
そこには、不気味に口角を上げた男が音もなく椅子に腰掛けている。
彼は、テーブルの上に置かれていたティーカップをゆっくりと持ち上げると上品に飲み干した。
「さぁ、レクシーさん期限ですよ。命が巡る時がやってきました」