7.王立研究所とキオネ
王立研究所は三階建ての建物で、ホールが一階から三階まで吹き抜け形式になっている。ホールにはステンドグラスのカラフルな光が射し込み、中央にある巨大な円柱を這うように螺旋階段があった。
キオネは思ったよりも荘厳な内装に、首が痛くなるくらい上を向いて天井までの景色を目に焼き付けた。
「くくっ…外観の印象とは異なるだろう、初めて入る者は皆、揃ってそんな顔をする」
あんぐりするキオネが面白かったのか、クリフォードは笑いを堪えて説明を続けた。
「一階は加工が必要な素材を扱っている研究者が使っていて、我々は基本的に一階で作業している。キオネ嬢は一階以外立ち入ってはいけない、覚えておいてくれ」
研究所は螺旋階段を中心に北、東、西と通路が三方向に分かれており、各エリアで研究している内容が異なるようだった。キオネは、初めて出会った晩を思い出し、クリフォードへと疑問を投げかける。
「いつも屋上で研究をしているのではないのですね」
「ああ、ムーンストーンは月のエネルギーを必要としているから、外で研究をすることもあるな。通常は石の性質をまとめたり、加工したりしているから、一階にいるのだよ。さあ、手伝ってほしいことを伝えるので着いてきてくれ」
クリフォードは、キオネの手を引くと、東の通路へと向かった。
石柱と石柱を繋ぐアーケードアーチが連なり、美しい装飾の施された格子窓の向こうにはキオネが馬車で通ってきた道が見える。反対側にはいくつもの扉があり、金切り音や、製鐵音、何かを削るような音が扉の中から聞こえてくる。
一階に加工場が集中しているのは、こういう為かとキオネは納得した。
「ウォルト、アニー、助手を連れてきた」
通路の一番奥にある扉をノックもせずに開き、クリフォードは中にいる人へと呼びかける。キオネは、気後れしつつも、クリフォードに導かれて研究室へと入った。
研究室の中は、ダークブラウンの色をした木製の棚がいくつも並んでおり、その中にはパワーストーンの原石が一つひとつガラスケースに入れられ保管されていた。棚の下段の引き出しには走り書きで何かを記している洋紙が散乱し、はみ出ている。
キオネはクリフォードが話しかけた相手を探すように、目線を動かすが、天井につきそうなほど大きな棚がいくつもあり人影を見つけられなかった。
「おお、あんたがフォレット公爵家の二女か」
男性の声が聞こえてくると、陽気な髪色の髭を蓄えた男が、顔をひょっこりと覗かせた。
「キオネ嬢、彼はウォルト・バンクス。鉱物の研究をしている者だ。元々この国の東にある鉱山で鉱脈を掘る事業をしていて、この研究施設に鉱物を提供している商人でもある」
クリフォードが見た目に気を使わない無精そうな男を紹介し、ウォルトと紹介された男性は照れたように笑いながら頭を掻いた。
「まさかフォレット公爵家のお嬢様にお会いできるなんて、光栄だな!ウォルトと呼んでくれ。短い間だが、宜しく」
ウォルトは分厚い手袋を外し、エプロンで手を拭うと、キオネに握手を求めた。キオネは慌ててそれに応える。
「こちらこそ、初心者ですがお役に立てるよう尽力いたしますわ。よろしくお願い申し上げます」
クリフォードはキオネの様子に満足すると、いくつも設置してある棚の向こうにある、鉄製の扉へつかつかと歩み寄り、力いっぱい扉を開けた。すると、轟音と共に回転する金鑢に石を当てて、加工している女性が見えた。
「アニー!今日はこの時間は開けておけと伝えだろう!」
クリフォードが大声で呼びかけるが、石を削る轟音にかき消される。
「アニー!」
再度クリフォードが呼びかけると、アニーは様子がおかしいことに気が付いたのか手を止めてクリフォードのいる入り口へと振り返った。
「あ、所長じゃあないですか、どうしました?」
のんきな声で、アニーは立ち上がり、ゴーグルを外しながら入口へと歩み寄る。
「あれえ、見たことの無いお嬢さんがいますね」
アニーは首を傾げながら、まじまじとキオネを見つめ、耳元で揺れるガーネットへ視線をやった。
「あー!それ所長がつくっていたやつですよね!珍しくアクセサリーなんて作っているからどうしたのかなって思っていたのですけど…なるほど、そういう事か」
アニーはうんうんと首を縦に振りながら、再度キオネへと目を向けてにっこりと三日月のような笑みを向けた。
キオネは、人生の中で接したことの無い種類の女性に少々度肝を抜かれながらも、明るく裏表のなさそうなアニーに対して好感を抱いていた。
「アニー!いい加減にしてくれ。気が付いたことをすぐに口に出すなと言っているであろう」
クリフォードは、白い肌を首元まで真っ赤に染めながら、アニーへ怒号を送る。アニーはくすくすと笑いながら何食わぬ顔で棚の部屋まで移り、鉄製の扉を勢いよく締めた。
「キオネ嬢、失礼した。彼女はアニー・スウィフト、お喋りな加工職人だ。鉱物の測定や、加工を担当している」
「アニーって呼んでくださいね、お嬢様」
そばかす顔に、土ぼこりをまといながら、アニーはくるりと回って深々とお辞儀をする。キオネは、初めて見る挨拶にくすりと笑って手を差し出した。
「キオネ・フォレットでございます。アニー、私のこともキオネとお呼びくださいませ」
アニーは嬉しそうにキオネの名を呼んで、喜びを最大限に表しているのか、両手でキオネの小さな手を握ってブンブンとシェイクするかのように振り回した。
「フォレットって公爵家だよね!本物のお嬢様だ!すごーい!よろしくね!」
クリフォードは困った顔をするキオネからアニーを引き離すと、キオネに対して申し訳なさそうに眉を下げた。キオネは、気にしていないと目線で合図を送る。
「キオネ嬢、助手としてやっていただきたいことを説明するのでこっちの執務スペースに来てくれ」
クリフォードは安心したように息をつくと、鉄製の扉とは反対側にある木製の扉へと案内をする。向こう側は、鉱石や鉱物の成分、効能、伝承をまとめるスペースになっており、並んだ机の上には大量の図書や洋紙、ビーカーに入った鉱物が散乱していた。
「貴方に見られるのは少し恥ずかしいのだが、この有様を何とかしていただけないだろうか。私たちの管理している鉱物の種類は膨大で…ああ、ムーンストーンもその一つなのだが、あれの作業に追われてしまい色々整理する余裕がないのだ」
頭を抱えながら、散乱した部屋を見つめてクリフォードはため息をついた。
「毒素の有る鉱物以外は、棚の中に保管しているので、そちらに置いておいて欲しい」
「ええっと、恐れながら。棚もいくつかあったかと存じますが、どこがどのような鉱物について保管されているかなどもご教示いただけないでしょうか」
弾丸のように依頼事を伝えるクリフォードへ、キオネはおずおずと希望を伝える。クリフォードは確かにそれもそうだなと頷き、机上にあった散乱物を横へ追いやり比較的大きな洋紙を広げた。
そこへ、棚部屋の図式を描き、各棚で管理している内容を書き込んでいく。
「これは…産地や、鉱物の色で識別されているのですね」
キオネは書き込んでいる内容の関連性を見出し、クリフォードへそれを伝える。
クリフォードは嬉しそうにキオネの方へ顔を向き直した。
「さすが、フォレット公爵家のご令嬢だな!その通り。現状は、有色と無色で仕分けたのちに、産地、素材、色で分類して管理している。本来は、一つひとつ測定した結果を基に、再分類した属性単位で保管したいのだが…」
腕を組みながら困ったようにうつむくクリフォード。
「でしたら、測定した石と、測定していない石で分けて、測定した石のみクリフォード様の考えられている属性で再分類いたしますわ。測定していない石は、今まで通り産地や色で分類させていただきます」
「…そんなこと、頼んでも良いのだろうか?」
「もちろんですわ、それが私の役目ではございませんか」
キオネは、いままでの人生でこんなに楽しく考え事をしたことが有っただろうか、と振り返り、何かクリフォードの役に立てればと、考えていたことを提案した。
クリフォードは、キオネの提案に感謝を述べると、測定済みの物とそうでない物の判別方法と、測定結果のファイルを手渡した。
「新月になったら、私も少し手が空く。本当は貴方が助手をしている間、ずっと側にいたかったのだが、調整ができず申し訳ない。少しの間待っていてくれ」
クリフォードの大きな優しい手が、ファイルを受け取ったキオネの手に重なる。手と手を重ねているだけなのに、まるで心臓に耳を当てているかのように、クリフォードの鼓動が伝わってきて、キオネは顔を赤くした。