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4.父と娘

 フォレット公爵は洋紙を走る羽ペンを止め、キオネへと視線を向けた。キオネの赤褐色の瞳と、フォレット公爵の若草色の鋭い瞳が交差する。有無を言わせぬ眼光に、キオネはぐっと息が詰まった。


「で。そう主張があるならば、フォレット家にとってのメリットを用意しているのだろう」


 羽ペンをホルダーに差し込み、フォレット公爵は牛革のソファから立ち上がった。ゆっくりとした足取りでキオネの腰かけるソファへと歩み寄る。キオネはフォレット公爵が一歩、また一歩と近づく度に、逃げ出したくなるような気持ちになった。


「発言を許す」


 フォレット公爵は真正面に立ちソファに座るキオネを見下すように視線を向けた。

 キオネは、詰められる事を覚悟して、立ち上がる。フォレット公爵から発せられる圧迫感に、思わず拳に入れる力を強くした。


「発言をお許し下さりありがとうございます。私が王立研究所の助手をするメリットは二つございます」


「続けなさい」


 フォレット公爵は腕組みをしながら、キオネの話に耳を傾けた。

 興味を引いているという事実に、キオネは少しだけ心が軽くなる。しかし、油断ならない状況であることに変わりはない。キオネは再度気を引き締め、負けまいと赤褐色の瞳を鋭くし、視線を向けた。


「第一に、私が助手をする研究内容は“ムーンストーン”にまつわる研究でございます。お父様はご存知かもしれませんが、ムーンストーンは婚姻を祝福する愛の石。代々、王家の婚姻の際はこのムーンストーンを贈与する儀式が行われてきました」


 キオネは、自室から持参した図書のムーンストーンに関する頁を見せながら、ムーンストーンの歴史とその価値について記載された説明を指さす。


「お姉さまのご結婚に際して作られているムーンストーンを、フォレット家の人間が手伝う事で、我々フォレット家がこの婚姻を快く思っている証明となり、より王家との関係を強固にできるのではないかと考えております」


「…確かに、現王反対派と揶揄されるフォレット家にとってはメリットになる話だ」


 現王は古くからある差別思考に対して改革をしようとしており、その行動に対して貴族の間では反対派と支援派で二極化していた。

 反対派には基本的に純血を重んじる名門貴族が多く、フォレット公爵夫人の出身家名は反対派の有力者だった。


 一方で、支援派はより国を発展させるためには社会階級に関係なく能力の有るものを評価すべきであるという立場をとっており、基本的に現王のやり方に対して肯定的な貴族を指していた。

 フォレット家はどちらの立場にも属していない中立の立場である。しかし夫人の出生から反対派とみられることが多くなっており、シャノンの婚姻も現王の転覆を狙ったものではないかと噂されていた。もちろん、現王に代わる前からシャノンは婚約していたので、あり得ない話なのだが。


 そしてキオネはこの提案に対するフォレット公爵の返答によって、第二の訴求ポイントを変更する予定であった。


(なるほど。お父様は心の底では支援派なのね。でなければ“反対派として見られなくなる”という箇所にメリットを感じるはずがないわ。となると…お父様が未だ中立なのは、支援派と言えるほど意思決定できていないから。つまり、現王に何か疑念があるのだわ…)


 キオネは、顎に指をあて思考を巡らせた。

 そうしてフォレット公爵の発言から、予測した訴求ポイントを口にする。


「ご納得いただいて何よりですわ。第二のメリットといたしましては、現王のお考えを私が王室で務めるものから情報収集し、お父様のご判断に役に立つ情報を提供できることですわ。お父様が支援派に回れない懸念点をご教示いただけましたら、私がその真偽を確かめて参りましょう」


 キオネの言葉に、フォレット公爵は眉一つ動かさない。失敗したかもしれないと、キオネは背筋にじっとりとした汗をかいた。

 先ほどはキオネの耳に届かなかった時計の針の音が、カチカチと広い部屋に響き渡る。短いはずの一秒が永遠のように感じられた。


「いかがでしょう。ご検討の余地はありますでしょうか」


 キオネは堪え切れず、返答を促す。

 フォレット公爵は少しだけ表情を変え、キオネへと向ける鋭い視線を緩めた。


「まだ浅はかだが、おおむねよいだろう。許可する」


(や、やった、やったわ…!お父様を説得できたっ…!)


 きっと叶わない夢だと勝手に諦めていた。二度と会えないから、と蓋をしていた身を焦がしそうな気持ちが、キオネの胸に溢れてくる。


 婚約者について説得できる根拠を用意しきれなかったキオネは、婚約については詰められないように別の側面から父親が納得しそうな経緯や背景を準備して、話を組み立てていた。

 それが功を成したのか、思わずして了承得ることができた。


 キオネは嬉しさを噛み締めた。その心をフォレット公爵に悟られないように、下唇を噛んで、親指の爪を人差し指に刺す。

 やっぱり無し、とひっくり返されないように、キオネは早くこの部屋から出たい気持ちで一杯になった。


「喜んでいるところ悪いが、婚約者はどうするのだ」


 フォレット公爵の冷めた声が針の音を打ち消す。

 返す言葉は用意していない。喜びで熱くなっていた身体が一変して、さっと血の気が引いたように冷たくなる。

 焦っていることは明らかに伝わっただろう。公爵令嬢としてそんな答えも用意していないのかと叱られてしまうかもしれない、と、キオネは縋り付く様な思いで、視界の端で父親の姿を捕らえようとした。


 しかし、キオネの目の前にいたフォレット公爵はいつの間にか牛革のソファへと戻って腰かけており、もうその若草色の瞳に、キオネの姿は映っていなかった。


「…必ず、満月の日までに婚約者を決めなさい。それが条件だ」


 羽ペンを洋紙に走らせて、淡々と告げる。こちらを見ずに出す下令は、どうあがいても覆らない事をキオネは知っていた。


(三週間以内に、婚約者を…)


 フォレット公爵の意図はわからない。出来るかどうかもわからない。

 しかし、答えを持っていないキオネは了承するしかないのだった。

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