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3.侍女とお嬢様

※二頁目を修正しました。縁談の無い→婚約者のいない

※一部削除しました。

 キオネが屋敷へ到着する頃には、すでに夜も更けており両親も弟のエディもすっかり床に就いたようだった。いつもであれば、年甲斐もなく寂しいと感じているキオネだったが、今日は別だ。心の中に麗しく芽吹いた蕾を、両親に知られたくはなかった。


 侍女たちにより、キオネの寝支度が整えられる。

 キオネは天蓋付きのベッドで暖かな布団に包まれた。


「お嬢様、お休みなさいませ」


「ありがとう、おやすみなさい。ロゼ」


 ランプの消えた部屋に、格子窓の向こうの木々に隠れた下弦の月の光が入る。

 乳白色の道標に囲まれた城壁での月明りはあんなにもロマンチックだったのに、格子窓からの月明りは哀しいばかりだった。


(せめて、窓のない部屋だったらよかったのに)


 月を見ていると否応なく思い出してしまう。

 あふれる月の光によって照らされたクリフォードの事を。初めて異性に優しくされた、自分の心を見抜いてくれた無邪気な男を。初恋の相手を。

 しかし、どうせこの蕾は咲くことなく明日の朝には枯れてしまうのだ。


(…朝が来なければいいのに)


 キオネは息を潜めて、月に背を向けた。

 シャノンには気丈に振る舞ったが、この家にキオネの居場所はない。家族と繋がっていられたのは、家族の中心のシャノンがキオネの居場所を作っていてくれたからだ。しかしそのシャノンはもういない。

 明日の朝、父親から問答を受ける様子を想像して、キオネは深いため息をついた。


 §


 カーテンの隙間から白い光が入ってくる。カーテンの向こうから鳥の囀りが聞こえ、微かな朝露の匂いがした。

 キオネはどうやって父親を説得しようか考えていた所、結局一晩うまく眠ることができなかった。カーテンの向こうに広がる、雲一つない空模様とは打って変わって心は曇天模様だ。


「あら、お嬢様。もう起きていらっしゃったのですね」


 侍女がカーテンを開けると、目がちかちかするような強い光が射し込んだ。


「お父様とお母様はもう起きていらっしゃるのかしら」


 キオネの問いに、侍女は少しふっくらとした指を顎に当て、思案する。


「そうですね、まだ起きていらっしゃらないと思いますが。お食事はご一緒にされますか」


「結構よ。お父様が食事をされたら、書斎に伺うので時間をいただけないか聞いておいてくださる?」


 いまフォレット公爵に会えばシャノンの事や昨夜のことを“自分の興味の範囲”だけたっぷりと聞かれて、キオネの話など何も聞いてくれないことは目に見えていた。であれば、キオネから書斎に伺い、話したいという意思を見せたほうが、まだ効率的である。


「かしこまりました。あと、昨夜頼まれていた図書ですが、屋敷に保管しているものが一部ありましたので、置いておきました。もし不要でしたらお申しつけくださいませ」


「気が利くのね、ありがとう」


 キオネはもともと嫡子だったこともあり厳しい教育を受けていた。

 さらに言えば令嬢教育だけでなくフォレット家専属の家庭教師から、語学や数学、歴史、音楽、美術、裁縫などの多岐にわたる知識を教わっていたが、パワーストーンについては聞いたこともない。

 詰まるところ、キオネはクリフォードの研究がフォレット公爵の御眼鏡に適うのかどうか、許容範囲になりそうかどうかも検討が付かなかったのだ。

 その為、昨晩の間にムーンストーンについての書籍を侍女に依頼していたのだが、フォレット家の侍女は大変優秀で、すでに数冊の本がテーブルに積まれていた。


「お行儀悪いことしていいかしら、ちょっと急ぎなの」


 キオネは、シャノンの秘儀である上目遣いを見様見真似で試し、瞳を揺らして侍女を見つめた。


「そんなことをしなくても、旦那様には話しませんよ。ささ、お嬢様は本でも読んでいてくださいな。私たちは準備しているのでお気になさらず」


 キオネは許可を得られたことに安堵し、この時間を有効に活用しなくては。と、分厚い辞書のような本に手を差し伸べた。

 埃をかぶっていたのか、微かに匂いが鼻につく。洋紙は日焼けし、一部は水を零したような跡がついていた。


 こんな分厚い本を何冊も、せっかく侍女が用意してくれたのだ。

 キオネは働き者の侍女に心の中で感謝をし、厚紙の表紙をぱたりと開いた。



 どうやらこの本は、ムーンストーンの歴史ついて記載されている様だった。

 古代文明でどのように使われていたか、宗教上どのような役割があるのかなど記載があるが、どの用途においても石は自然界の神秘の力を取り込み、蓄え、特性によって効果を発揮するとされているようだった。

 鉱物や宝石について記載された図鑑にも、クリフォードが王太子妃の為に研究していたムーンストーンについて書かれていた。

 ムーンストーンには波たった心を静める力があり、幸せな結婚と家庭を築くことができる“永遠の愛の石”で、王家の血族が婚姻する際は、次の満月の日に贈られるという儀式があるとのことだった。



 これならお父様を納得させられるかもしれない。と、キオネは思った。とすると、婚期が遅れてしまう事だけがお父様の懸念点という事になる。

 キオネは三週間、助手をしても婚期が遅れないという説得力のある根拠を必死に考えた。


「お嬢様、旦那様のご用意ができたとのことで。書斎までご案内いたします」


 侍女のロゼに声を掛けられ、我に返ったように目の前の鏡を見ると、そこにはいつの間に、完璧に準備されたキオネの姿があった。

 キオネはムーンストーンについて記載のある本を一冊抱えると、扉を押さえる侍女に会釈をして部屋を後にした。



 赤いベルベットの絨毯を汚さないように、音をたてないように歩いて父の書斎へと向かう。


(うまく説明できるかしら…)


 キオネは固唾を呑み、先導する侍女へと着いて行った。中庭に美しい花々が見えるが、今はそれどころではなかった。

 侍女は扉の前で待機すると、大きな木製の扉へノックをする。


「キオネお嬢様が到着されました」


 この屋敷の中で最も良い部屋である、フォレット公爵の書斎の前で、侍女が扉の向こうへ声を掛けた。

 しばらくして、部屋の中から男性のシューズの音が近づいて、扉がゆっくりと開く。


「キオネお嬢様、お待ちしておりました。お掛けください」


 フォレット公爵の専属執事が、朝の澄んだ空気のように嫌みの無い笑顔でキオネを迎える。

 扉の奥には、シャノンと同じ金髪と若草色の瞳を持つフォレット公爵が眉間に皺を寄せ、額に拳を当てて座っていた。


「失礼いたします」


 キオネは、そんなフォレット公爵の様子には一切触れず、案内されたソファへと腰をかける。


「おはようキオネ、昨晩は随分帰りが遅かったじゃないか」


 眉間に皺を寄せたままのフォレット公爵が、書類に目をやったまま、それが義務と言うかのような声音でキオネに挨拶を送る。キオネは、膝を揃えてそちらの方を向いていたが、フォレット公爵はその様子に気が付くことはない。


「お姉さまとつい話し込んでしまって、遅くなってしまいましたわ。ご心配おかけしてしまい、申し訳ございません」


「ああ、シャノンと話していたのか、それは仕方がないな。それで?シャノンは元気そうだったか」


「はい、お幸せそうでしたわ。お父様やお母様、エディの事を心配しておられました」


 フォレット公爵は、一言そうかと相槌を打つと、額に当てていた手を下ろし、羽ペンを握った。そして、書類にサラサラとインクを垂らし、何かを書き溜める。キオネの話はほとんど聞いていない様だった。


 キオネはしばらくフォレット公爵の様子を見ていたが、あまり自分に集中していない今なら、取り次いでもらえるかもしれないと少しだけ期待をして、口を開いた。


「お父様、私、満月の日まで王立研究所の助手をしたいと考えております」


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