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2.研究者と令嬢

※一部修正しました。

※一頁目の文字数が多かったので、分散しました。

 バルコニーは城の外壁に沿う形で城壁を一周しており、湖畔を見渡すことも、中庭を見渡すこともできる作りになっていた。キオネは、殿下が散策しても問題ないと言ってくださっているなら失礼にはならないわよね、と自分自身に言い聞かせ、対岸を見渡すように歩いて回った。


 次第に、シャノンの部屋へと続いていた廊下からは離れていったころ、キオネは上階へとつながる螺旋階段を見つけた。より高い位置から見たらどうなるのかしら、と好奇心を持つが、人一人分しか幅の無い細い螺旋階段は少々散策の範囲を超えているようにも思える。


 たしか、晩餐会を予定していた広間は、正反対の方角だったはず。こちらの上階に行っても来賓の方に会う可能性は低いし、何よりバルコニーからつながる上階であるならば、おそらく繋がっている先も外だ。

 そう、キオネは様々な場合を思案したが、好奇心には勝てなかった。もし何かあったらすぐに引き返そうと決め螺旋階段を楽しそうに上ったのだった。


§


 螺旋階段の先は、湖畔に浮かぶ城と敷地内を取り囲むようにできた城壁の上だった。広大な敷地を取り囲む城壁を見渡すと、この短時間で一周するのは難しそうだとキオネは思った。


(少し歩いたら、帰りましょう。これ以上はご迷惑になってしまうわ)


 同じ形の石を重ねて作った城壁は、歩く道としてはガタガタとしており、キオネは転ばないようにゆっくりと歩いた。

 下の階よりも風が強く、赤褐色の髪が顔にかかり、視界が悪い。


「きゃ!」


 キオネは唐突に躓いた。幸い、すぐにバランスを取り直した為、転ぶことはなかったが。

 躓いた原因を見ようと屈んでみると、そこには浅い円柱型のガラスケースに入れられた乳白色の少し透明がかった石があった。


「何かしら、これ?」


 乳白色の石は、光の角度によって色を変えるらしく、傾けると中央の層が鈍色に光り輝いた。もしかしたら重要なものかもしれない、とキオネは思いガラスケースへとそっと戻した。

 顔を上げて城壁を見渡すと、あちこちにガラスケースが均等に置かれている。月光に輝く乳白色の石は、まるで道標のように連なっていた。


「それは月の光を閉じ込めた聖なる石、ムーンストーンという」


 低く、落ち着いた声が聞こえてくる。

 いくら散策して良いと殿下から許可をいただいていたとはいえ、城壁まで上ることは想定していないはずだ。キオネは慌てて淑女の振る舞いをし、声音の方へと頭を下げた。


「も、申し訳ございません。私、フォレット家の者でございますわ。このような場所まで足を延ばして、大変失礼いたしました」


 視線を向けるとそこには、暗闇と同じ髪色の白衣を着た男性が首を傾げて立っていた。


「何故謝罪するのだ?フォレットという事はシャノン様のご家族だろう。城にいることは聞いている。謝る必要などないぞ」


 キオネはほっと、胸を撫で下ろし感謝の意を述べる。どうやら城壁まで上っても問題はないようだった。

 それにしても、白衣という事は研究所の研究員だろうか。この城の研究所では、身分に関係なく賢く成果を出せるものを採用していると聞く。貴族制がある一方で優秀な国民を評価し国の為に働いてもらおうという現国王の考えの基、生まれた研究施設。それが城内にある研究所だった。

 キオネはマナー教育を思い出し、相手がどのような立場であっても、失礼な態度が無いようにしようと、心がけた。


「ここでの月光浴は最高であろう」


 男性は、端整な顔立ちをふにゃりと蕩けさせ、月を指さす。

 そしてはっと何かに気が付いたのか、両手を叩いた。


「ああ、言い忘れていた!私はクリフォード・マクレイ。王立研究所で所長をしている」


 クリフォードはキオネに手を差し出し、握手を求める。

 キオネは、それに応えるように手を握り返し、名を告げた。


「クリフォード様、ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。私、シャノンの妹、キオネ・フォレットと申しますわ」


 マクレイの家名がどの爵位か必死に考えるが、キオネの記憶に該当する家名はなかった。

 クリフォードは優秀な研究員で家名を与えられたのかもしれない。とキオネは思った。


「ふむ。シャノン様の妹君だったか。あまり似ていないな!」


 率直な言葉に胸が痛む。

 クリフォードが発した言葉は、姉妹で一緒に行動していた時誰からも言われる言葉だった。キオネにとっては、その言葉は呪縛の様で、シャノンのように優秀じゃない、シャノンのように美人でないという比較の言葉のように感じていた。


「レッドジャスパーのような髪は珍しい、きっと君は情熱的で辛いことが有っても乗り越えてきた強い精神を持った女性なのだろう」


 情熱的で、強い精神を持った女性。

 キオネは初めて言われた嬉しい言葉に、思わず聞き返す。


「レ、レッドジャスパーですか?」


「知らないのか?レッドジャスパーは勇気、行動力、情熱を引き出す石とされている。水晶の一種なのだが、一部の国では宝玉ともされていて、儀式の時にも用いるらしい!医療用にも使われていると聞く。私は実物を見たことはないが、その力強い石をとても気に入っているのだよ」


「ふ、ふふ…」


 クリフォードの熱弁に、キオネは笑いを堪え切れなかった。


「ふふ…クリフォード様は石への愛が溢れていらっしゃるのね。私、この髪の色を好きではなかったのですが、そんな風に言ってもらえてとても嬉しいですわ」


 色素が薄く天使のようなシャノンと、錆のような自分。いつも比較されてきた容姿は、キオネにとって好きなものではなかった。(シャノンは比較される度に怒っていたが)

 それに、いつになっても嫁ぎ先を見つけられず、シャノンの結婚により“姉のお世話係”の役割も失った。役割の無い自分に価値など無い。と思っていたキオネにとって、クリフォードの言葉は天からの贈り物のように感じられた。


 一頻り笑い終えると、クリフォードは面食らったように硬直していた。


「クリフォード様?」


「す、すまない!私は元々鉱物パワーストーンの研究をしていて、つい石の話になると夢中になってしまうのだ…嫌な思いをさせていたら申し訳ない」


 本当は、キオネの天使のような姿に、鼓動が高鳴り耳まで熱くなってしまった自分に動揺しただけだったのだが。クリフォードは鼓動が速くなってしまったことを邪だと思い、初対面の女性にそのような表情を向けるのは失礼だと、罰が悪そうに暗闇に熱を隠した。


「いいえ、クリフォード様。悪いことなんて一つもありませんわ。私は、クリフォード様のお話によって救われましたもの」


 キオネは毒が抜けたように、すっきりとした気持ちになった。

 そうして普段はしない、まっすぐと視線を彼に向けて、感謝を述べた。


「あまり話し込んでは、侍女が心配してしまうので、私はこれで失礼いたしますわ。クリフォード様、素敵なお話しをありがとうございました」


 右足を斜め後ろの内側に引き、左ひざを軽く曲げて、キオネは挨拶をした。

 少し名残惜しいが、城には理由なくして入れない。これ以上話していると、二度と会えないクリフォードの事を忘れられなくなりそうで、キオネは逃げるように螺旋階段の方へと向き直った。


「キオネ嬢、待ってくれ。君はまたここに来てくれるのか?」


 クリフォードの切羽詰まったような声がキオネを引き留める。

 キオネは、クリフォードの方へ振り向かず、首を横に振ってその言葉に応えた。


「だ、だったら、私の研究所で助手をしてみないか!次の満月の日に、ムーンストーンを王太子妃に授ける儀式がある。それまでの間に、人手が足りなくて困っていたのだ。君なら、姉君へのプレゼントとして参加することもできるだろう、どうだろうか」


 クリフォードの提案は思いつきだった。

 しかし、それでもクリフォードは彼女と二度と会えない事を受け入れたくなかったのだ。


 それは、キオネも同じだった。キオネは胸に一杯に星が降り注いだような、ときめきを感じていた。しかし、両親からするとキオネは婚約者すらいない“悩みの種”である。そんなキオネが社交界に参加せずどこの貴族かもわからない人の研究の手伝いをする等、婚期を遅らせるのと同等の意味合いだ。

 キオネにとっては二つ返事で了承したい提案だったが、状況が状況。自分一人で了承できるような立場にキオネはいなかった。


「素敵なご提案を、ありがとうございます。ごめんなさい、この場でお返事するわけにいかず…お父様に確認させてくださいませ」


 キオネは顔だけクリフォードの方へ向けて、会釈をする。

 そして、有無を言わさず螺旋階段を勢いよく下りていった。

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