14.私の役割
真っ白に輝く丸い月が、闇夜を照らす。
少しも欠けていない月は、今日という日を祝福する神々しい光を放っていた。
「お姉さま、お支度できました?」
「ええ!早くキオネに見てもらいたいわ」
身支度を整える部屋から、シャノンが恥ずかしそうに出てくる。
愛を誓う花嫁のドレスは、花の蕾のように露出が少なく淑女らしいデザインだったが、満月の儀式のドレスは、闇夜を思わす暗色の艶やかなデザインだった。胸元には、キオネとアニーが加工して作った乳白色のムーンストーンが輝く。
「よく、お似合いですわ…」
キオネは儚さと優雅さを兼ね備えた美しい姉に見惚れ、ほうっと息をついた。
「ふふ…だとするならば、キオネのおかげね」
ムーンストーンを優しく指でなぞり、慈しみながら目を伏せる。さながら天女の様だ、とキオネは思った。
「それでは、行ってくるわね。キオネも頑張って」
この王城には、月夜の光を取り込めるように作られたホールが存在する。人工的な灯は存在せず、月明かりだけが、互いの道標となるように作られており、本日もそのホールで儀式を行う予定だった。
満月の儀式は親族であるキオネも立ち入ることはできない。
キオネは、シャノンを見送り、いつの日か通ったバルコニーをまっすぐに進んだ。
水面に星空が映し出され、キラキラと王城を輝かせている。少しだけ大きくなったカルガモの親子が、楽しそうに泳ぐ。満月の夜は、日中のように明るく、それでも今は夜であることを伝えるかのように優しくひんやりとした風が吹いた。
バルコニーの突き当りにある細い螺旋階段をゆっくりと上り、立ち止まることなく城壁へと向かう。
あの日は薄暗く、先に進んではいけないと思えた螺旋階段も、今日は切り取られた窓枠から降り注ぐ満月の光に後押しされて、迷わずに進むことができる。
螺旋階段の向こうには、暗闇と同じ髪色の男性が、正装をして待っているのが見えた。
「クリフォード様ッ!」
キオネは思わず声を上げる。
その声に導かれるように、クリフォードは声の方へと向き直り、とびきりの笑顔を向けた。
「キオネ!」
いつもは落ち着いている低い声も、今日はダンスホールで踊るように弾んでいる。
キオネは思わず、クリフォードの方へと駆け寄った。大切な人の一番の笑顔を見て、駆けださずにはいられなかったのだ。クリフォードもキオネに惹かれるように、駆けだす。
キオネの胸に咲いた花は、もう枯れることはない。たくさんの大好きを集めた心の花は、いつの間にか大きな花束になっていた。
満月だけが見ている城壁で、二人は確かめ合うように抱き合った。
「縁談を受けてくれると、返信を見た。キオネと共にいられる事を、幸せに思う」
クリフォードは、キオネの赤褐色の髪を、梳く様に撫でる。心地よい感触に、キオネは目を伏せた。
「私も、クリフォード様と共にいられるなんて、幸福以外の何物でもないですわ」
クリフォードは、キオネを抱える腕をきゅっと強くし、キオネの頬に自分の頬を当てた。
夜風を浴びた冷たく柔らかい頬に、クリフォードは心臓が握られるような愛おしさを感じ、ゆっくりと腕の力を緩めて、唇を重ねた。
「キオネを見つけられてよかった、愛している」
§
それから、キオネは戸籍上第二王子クリフとの婚姻をし、クリフの体調を優先して国外療養に付き添うという理由で姿を晦ました。元々、キオネには友人がいなかった為、誰もそのことを疑う者はいなかったが、姉のシャノンだけは結婚式が見たかったと、寂しそうに笑った。
また、フォレット公爵家は、これを機に王家とのつながりがより強固になった。
もともと反対派の意見に懐疑的だったフォレット公爵は、現王の考えに感銘を受け、宰相となる。夫人は、反対派が問題を起こさないよう、意見を聴取し、公平な目線で政策を検討できるようにフォレット公爵と仕組みづくりを行った。
キオネは、キアーラ・マクレイとして別名を設け、令嬢として長く保っていた赤褐色の髪を短くし、クリフォードの妻として王立研究所の手伝いをすることとなる。
アニーやウォルトは“キオネ”と認識していたが、二人の秘密を守ることを誓い、受け入れて祝福した。
「キアーラ、ようやく見つけたのだ!レッドジャスパーの石だ!」
砂埃にまみれながら、ノックもせずにクリフォード様が研究室の扉を開いた。その手には、私の髪と同じ色をした、赤褐色の石が握られている。
ごつごつとした見た目の石は、お世辞にも可愛らしいとは言えない。
でも、クリフォード様の表情は、まるで宝物を見つけたかのように、輝いていた。
「これは加工してキアーラのお守りにしよう」
大好きなクリフォード様が、私の手を取り、笑顔を向ける。
私の代わりは、この世界から見たらたくさんいるかもしれない。けれど、クリフォード様にとっての、“キオネ”の代わりはいないのだ。
クリフォード様といると些細なことでも、幸せだと思える。
私にとってクリフォード様の代わりも、同じようにいないのだ。
キオネは、クリフォードに応えるように、溢れるような笑顔を向けた。
ご一読くださった皆様、ありがとうございました。
またどこかでお会いできれば幸いです。




