13.真実と…
「キオネ!お前は一体何をしでかしたのだ!」
フォレット公爵の怒号が、客間で響く。その声に驚きを隠せないように、フォレット公爵夫人と、満月の儀式について説明に来訪していたシャノンの肩が竦んだ。
「あなた、そんなに怒鳴りつけなくてもよいではありませんか」
「お母さまのおっしゃる通りですわ、キオネも驚いていますし」
美しい絹糸のような金色の髪を揺らして、二人の美女がフォレット公爵を宥める。
キオネは、何故怒られているのかさっぱりわからず、ただ床の大理石を見つめるしかできなかった。その為、フォレット公爵の手に握られた上品な便箋には気が付かなかった。
「突然こんなものが届いたのだ。説明を求めて何が悪い!」
怪物のように、瞳をギラギラとさせながらフォレット公爵はキオネを一瞥した。夫人は深々とため息をつく。
「あなたはいつも言葉が足りないわ。何に動揺しているのか知りませんが、折角シャノンが帰ってきたのにあんまりではありませんか。具体的に説明くださいませ」
夫人の正当な意見にフォレット公爵はぐっと息を呑むと、深呼吸をして、落ち着いた様子を取り戻した。
「…満月の晩までに、婚約者を決めるようキオネと取り決めをしていた。来ている縁談の一つにも応じないから、何をしているのかと思ったら、本日、王家から手紙が届いたのだ」
握りしめていたやたら分厚い便箋を夫人やシャノンが囲っている机に置き、フォレット公爵は頭を抱えた。
シャノンはその便箋に記された王家の印を見て、どこか嬉しそうにキオネへと視線を向ける。
「…王家からキオネへ手紙が?シャノン、何か知っているの?」
「私は何も存じ上げませんわ。まずは、キオネへ手紙をお渡しされるべきでは?」
シャノンは訝しげな様子の夫人へ微笑みかけると、手紙を丁寧に持ち上げ、扉の前で立ち尽くすキオネへ手渡した。
「これは、キオネのものですわ」
「お姉さま…」
フォレット公爵と夫人の冷たい視線がキオネへ集中する中、シャノンは震える手で手紙を持つキオネの手をそっと上から覆った。
「いいのよ、気にせずに開けてみて」
その言葉に背中を押されるように、キオネは分厚い便箋の封を切った。
中には、王家から手紙であることを象徴する金色の便箋と、見たことのある小箱が入っていた。
「これは…」
キオネは期待と、戸惑いで心をかき乱されながら、小箱を開けると丸く磨きあげられた乳白色の石が鎮座していた。中央に鈍色の層が重なっており、角度を変えると美しく輝く。まさしく、キオネの知っているムーンストーンであった。
(という事は、やはり、この手紙は…クリフォード様が関わっているのね…)
先日のクリフォードからの言葉を思い出し、覚悟を決めて便箋に綴られた文字を目で追いかけた。
「な…なんてことなの…」
「キオネ、なんて書いてあったの?」
シャノンからの問いかけに、キオネは顔を熟れたトマトのように赤くさせて、瞳を潤ませながらシャノンを見つめた。
「え、縁談のお申込みでしたわ…クリフ殿下からの」
「なんだと!?」
キオネは手紙に記された通りに、二枚目の手紙を慌てふためくフォレット公爵へ渡す。そして、一枚目は誰にも見られないように折り目に沿ってたたみ、手の内へ隠した。
「第二王子殿下は、幼いころから病に伏せておられ、国外で療養されているのではなかったのか?そんな殿下が何故、キオネへ…」
ぶつぶつと考え事を呟きながら、フォレット公爵はキオネから受け取った手紙へ目を向ける。しかし、読んでも意味がわからないのか、フォレット公爵は何度も何度も目線を上下させ、手紙を読み返した。
「…お父様、文末まで御覧いただいてもきっと払拭はできないでしょうから。私から説明させていただきますわ」
シャノンが優雅な笑顔で、挙手をして、フォレット公爵へ発言を求める。
王太子妃であるシャノンより、ずっと立場が低いフォレット公爵は、自身の立場を思い出し、動揺していた様子を隠して俯き頷いた。
「まず、キオネ。一枚目の手紙にはなんと?」
シャノンが優しく問いかけると、キオネは目線を泳がせる。
「私が、助手を務めておりましたクリフォード様について記載がございました。そしてこの縁談の行く末についても…」
「研究員について記載が?どういう事だ?」
フォレット公爵の疑問に対して、いまから答えるとでも言いたいのか、シャノンは唇に人差し指を当てた。
「キオネ、ありがとう。きっと手紙にも記載があるでしょうが、この話を終えたら手紙は処分するように」
キオネはシャノンの言葉に深く頷く。手紙にも処分するようにと記載があったからだ。
「さて、ここからは国家機密となります。お父様、キオネ以外はご退席を」
シャノンの言葉を受けて、夫人や侍女が静々と退席する。夫人は、少々心配したのか、それとも不振だったのか、曖昧な表情でキオネを見つめて席を外した。
シャノンは本当に部屋に一人もいないのか確認し、扉から一番遠い部屋の隅に、キオネとフォレット公爵を招く。
「二度は言葉に出すことはできません。よく聞いてください」
二人はシャノンの口元に耳を寄せ、言葉を待った。
「第二王子であるクリフ殿下は、現王の勅命を受けて、身分を偽り王立研究所の所長をしています。その名が、クリフォード・マクレイです」
「なん、だと…」
送られた手紙の字体や、見覚えのある小箱、そしてアニーとキオネで加工したムーンストーン。キオネにとっては、それらを総合して、クリフ殿下がクリフォード様であることは確信していた。
しかし、何故それをシャノンが知っているのか、キオネはわからなかった。
「お姉さま、何故それを」
シャノンは、キオネが見たことの無いような据わった視線を向けて、命令する。
これ以上、疑問を抱かないように、と。
「…キオネ、私はキオネとずっと一緒にいられればそれでいいのよ」
まるで先ほどの表情は幻影と思わせるほど早く、いつもの優しい姉の姿に戻り、シャノンは説明を続けた。
「現王の目的は、支援派も反対派も平民もすべての国民が、豊かに幸せに暮らすこと。その為に反対派の意見を増長しないよう、クリフ殿下は貿易の任も、所長の任も、身分を偽って平民として遂行しているのです」
シャノンの説明を受けて、キオネは今までクリフォードに感じていた疑問が、解消されていくのを感じた。パズルのピースが当てはまっていくように、有るべき形になっていく。
しかし、父親であるフォレット公爵家は別だった。
「キオネは、どうなのだ?公に出てこないとは言え相手は第二王子。フォレット公爵家としては十分すぎる相手だろう、喜ぶべきことだ。しかし、キオネは…そんな相手から縁談を断れないではないか、しかも相手は平民として暮らしていると」
公爵としての言葉と、父親としての言葉が同時に吐き出されて、意味をなさない言葉になる。まるで、心配しているかのような言葉に、キオネは息が詰まった。
キオネはずっと疑問だったのだ。
フォレット公爵家の娘として生まれたのだから、好きなだけ自分を使えばいいのに、と。
お父様の都合のいい相手を選んで、その人と無理やり婚約させてしまえばいい、と。
何故いつまでも婚約者を娘に選んでもらおうとしているのか、と。
なるほど。
(お父様は、存外、私の事が嫌いではないのかもしれない)
「お父様、私は―…、私は、クリフォード様を好いているのです」
夢を見ることも諦めていた石ころは、愛に拾われたのだ。
好みや、したいことを言う事ができなかったキオネは、クリフォードと出会ってから自分が変わっていったことを自覚していた。
自分の意思で研究所に行ったこと、自分の意思で愛する人を見つけられたこと、そしてそのことを伝えられるようになったこと。今までの自分では、あり得なかった。
キオネは、まっすぐにフォレット公爵の瞳を見つめた。
「この縁談をお受けしたいです」




