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10.現王の考えとキオネの思惑

「王立研究所と他国との貿易だなんて、どう関連があるのでしょうか?」


 キオネは、受けた教育を頭の中で振り返ってみる。

 王立研究所はこの国を豊かにしたいという現王の考えの元、誕生した組織だ。地学、科学、薬学などの様々な分野における専門家を身分問わず国中から集めて、知識を昇華させることが目的と聞いていた。他国との貿易なんて聞いたこともない。

 その為、クリフォードの突拍子もない発言に対して、素直に納得できなかった。


「クリフォード様は鉱物の研究者…貿易の勅命を受けるのに疑問が残りますわ」


「そうだな…例えば、この国の通貨が他国にとって価値があるだろうか」


「他国では我が国の通貨は使えませんから、価値はないかと」


「そうなのだ。我が国には広大な土地と鉱山があり、幸いにも様々な種類の鉱物を採掘することができる。その中に、他国にとって価値の有る鉱物があれば…」


 キオネは、片づけていた研究室の中にあったいくつもの鉱物を思い出し、その中には確かに他国では宝石として扱われていた鉱物や、価値の高い鉱物があることに気が付く。


「なるほど…確かに貿易に活用するだけの価値はありますね」


 キオネの呟きに、クリフォードは満足そうに頷く。その瞳には星空が映り込みキラキラと輝いていた。


「キオネ嬢は、御父上に現王のお考えをお伝えするという目的もあるのだったな」


「はい、どうしても後に引けず…」


 秘密裏に現王の考えを聞き出そうとしたことは、いくら諸事情があっても現王からすると快いことではないだろうと、キオネは過ちを謝罪するように、肩を落とす。

 クリフォードは、宥めるようにキオネの小さな頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。


「私に会うために、必死になってくれたのだ。感謝しているよ、ありがとう」


「クリフォード様…」


 キオネは優しく甘やかすように撫でるクリフォードの手に、胸を高鳴らせながらも、甘えてはいけないと自分に言い聞かせた。そして、クリフォードの手を握って、頭から降ろさせる。


「いいえ、このような行動は本来宜しくありませんわ」


「ふふっ、貴方は相当頑固なようだ」


 クリフォードは、自分を律してばかりのキオネを可愛らしく思い、くすりと笑みを溢した。


「では、私が話すことも独り言だと思って聞いてくれ」


 キオネを見つめていた藍色の瞳は、暗闇へと視線を向けると、言葉通り独り言のように、キオネの耳にしか聞こえない小さな声で、言葉を紡いだ。


「現王はこの国の貧困を緩和すべく様々な施策を検討している。その一つが、私が担当している貿易施策だ。他国との取引により国全体の利益を底上げし、さらに鉱山採掘を新たな職業として立ち上げることで、平民の新たな働き口を作ることを望んでいる」


「え…?」


「最終的には現王は支援派だけでなく、反対派も平民も関係なく国民全体をまとめて、国一丸となっていけるようにしたい。そう、考えていらっしゃるよ現王は」


 キオネは、現王の考えよりも、クリフォードの悲しそうな表情に惹きつけられる。そして、気が付かないうちに、自らの手をクリフォードの頬に寄せた。


「何故、貴方がそれを…」


 クリフォードはキオネの言葉を聞かなかったかのように、目を瞑り、キオネの手を振りほどいた。


「それを言う事は許されていないのだ、すまない」


 苦しそうなクリフォードの顔に、キオネは何の言葉を掛けていいかわからず、ただ静かに身を離すことしかできなかった。


 §


 その晩、キオネは食事も取らずに自室に籠って考え事をしていた。アニーの話や、クリフォードの話など、様々な情報を突然得てしまった為、考えを整理したかったのだ。


 クリフォードは現王から勅命を受けていると言っていた。内容も、現王ならばそう考えても不思議ではないと思えるようなものだった。とはいえ、引っかかる部分がある。


 それは、クリフォード・マクレイという名だ。

 ――『所長は、私たちと同じ時期にやってきて、昔から鉱物の研究をしていて優秀だからと所長に選ばれたんですけど…。クリフォード・マクレイなんて名前、私聞いたことなかったんですよね』


 過日にアニーから聞いた言葉が脳裏を過る。アニーの知る界隈においてクリフォード・マクレイの名を聞いたことはなかったと言っていた。それは貴族の界隈でも同じである。キオネは、公爵家の跡取りとなるべく、殆どの貴族の家名を覚えてきたがマクレイという名前は聞いたことが無かった。


 もともとキオネは、クリフォードの事を研究で成果を上げ、家名を得た方だと考えていた。しかし、アニーたちと同じタイミングでやってきたことを踏まえると、元から家名持ちということになる。となると鉱物の界隈から外れた商人か、他国の人間か…いや、貿易をやっているとなると、安全性を鑑みて確実に自国の人間であろう。


(クリフォード様の事は信頼しているけれど、お父様に伝えるとなると別。まだ尚早だわ…)


 キオネは、腰かけていたソファから立ち上がり、侍女へと指示を出す。


「ロゼ、お姉さまに面会したいのだけど、可能かしら」


「それでしたら、シャノン様よりお手紙をお預かりしております」


 侍女は、キオネの自室にある便書箱を差し出す。王立研究所へ手伝いに行くことになった際に、手紙を出していたがその返信が来ていたらしい。

 キオネは、ペーパーナイフで便箋を開封し、丁寧に手紙を抜き出した。そこには王立研究所で手伝いをしている際に一度顔を見せに来てというような内容が記載してあった。


「面会、すぐにできそうだわ。明日、お姉さまにお会いしてくるから、少し遅くなると伝えて」


 キオネは、逸る心を抑えて、明日を待ち遠しく思うのであった。

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