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夢宵人形館  作者: 秋月真鳥
本編
6/36

 アケビから名前を呼ばれてコナツは笑顔で駆け出した。衝撃で隣りの椅子から居眠りをしていたアサヒが滑り落ちそうになる。その様子を、サユキが笑いをこらえて見ていた。

「良かったですね。」

 椅子の横を通り過ぎたコナツに、ホタルが透かし彫りの木の扇で口元を隠しながら小さく呟くと、コナツは素直にこっくりと頷いて走って行った。


 コナツは人形の中で一番の新参者で、常連が少ない。

 その少ない常連の中の一人が、年が改まってから半月余りしてようやく来てくれたのだ。


「コナツ、油断するんじゃないよ。」

 チャイナドレスに豊満な体を押し込めた美女、アケビが言うのも聞かず、コナツは頬を上気させて待合室に入った。待合室には、スーツをきっちりと着込んだ20代の男性がいた。

「トーノさん。」

 勢い良く駆け込みすぎて、腕の中に飛び込んでしまう形になるが、トーノは笑ってそれを受け止めてくれる。

「ちょっとは重くなったかな?」

「なったら大問題です。解雇されます!」

 ひょいと持ち上げて歩き出すトーノに、コナツは指を立てて言い聞かせた。自分は人形で成長などしないのに、トーノは自分をまるで普通の子どものように扱う。

「ほら、お土産だ。」

 そうして、最新型の小型ゲーム機なんかをくれたりする。

 コナツは形だけ喜んで見せるものの、受け取れないことはトーノにも分かっているので、そっと押し返した。

 コナツの部屋はオレンジが基調。小ぢんまりとしていて、部屋の隅のクローゼットには色んな服が並んでいる。お客の注文があれば、コナツはついたての向こうで、それらの服に着替えるのだが、トーノはコナツを好きな格好にしようとはしなかった。

 大企業の社長で、政略結婚で、結婚生活は冷め切っている。

 それが、コナツがトーノについて知っていること。それ以外は、はにかんだような笑顔が素敵とか、そんなことしか知らない。

「お茶を煎れますね。」

「いらないよ。酒ならほしいけど。」

「ありません!」

 知っているはずのことを言うトーノに、コナツはいちいち怒ってみせる。トーノはコナツを怒らせるのが大好きで、それを見てけらけらと笑った。その笑い顔が好きなので、コナツもわざと怒った声を出す。

「不景気でね、忙しくてあまり来れなかった。ごめんよ。」

 今度は甘えるように謝ってくるトーノに、コナツは頬を膨らませた。

「ずっと待ってたんですからね。」

「ごめんごめん。年末年始の商戦は終えたから、これからはちょくちょく顔を出せるよ。」

 言ってから、大きなあくびをするトーノを、コナツはベッドに連れて行く。膝枕して髪を撫でていると、疲れているのかトーノはすぐに眠ってしまった。

「もっと僕も頑張って常連増やして、トーノさんだけにぶら下がるようなことにならないようにしなきゃだよな。」

 憂鬱そうに呟いて、子どもの顔から瞬時に商売人の顔になるコナツ。

 トーノの規則正しい寝息が部屋に響いていた。

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