四
ミメトは上品な老婦人だ。太ってもいなければ、痩せてもいない。派手ではないが造りのいい上品な服を来て人形館に訪れる。
「ヒサメちゃん、おばあちゃんのお膝においで。」
十歳前後の子どもならば嫌がりそうな申し出にも、ヒサメはぼんやりとした表情のまま従う。ただし、自分の体重は心得ているので、ミメトの負担にならないようにする。
「ミカリったら、結婚したとたんに家に寄り付かなくなって、子どもの顔ちょっと見せたら逃げるように帰って行っちゃって、散々な年明けだったよ。」
愚痴を言うミメトの膝の上で、ヒサメは大人しく銀色の髪をなでられている。双子のサユキと同じ銀色の髪と水色の目。髪の長さは違うけれど、それ以前に表情や言葉で二人ははっきりと見分けが付いた。
いつもにこやかでてきぱきしていて、優しく喋るのがサユキ。髪はサユキの方が短い。
ちょっと髪が長めでぼんやりしていて、無愛想に見えるのがヒサメ。それが子どもらしいと、サユキよりもヒサメを可愛がる常連客も少なくはない。
「お正月料理だって、あのこたちったら、箸をつけもしないで。」
言いながら、自分の分だと言って持ち込んだ弁当には、豪華なえびなどが盛り付けられていた。それをひょいとつまんで、ヒサメはぽつりと言う。
「美味しい。」
もぐもぐと咀嚼しながらなのでくぐもっているその言葉に、ミメトは感激して強くヒサメを抱きしめた。
「あたしの頃はあんなんじゃなかった。夫の実家に二日泊まって、自分の実家に行けた時には、本当に心が和んだものだよ。夫の実家はやっぱり幾つになっても緊張するからね。」
愚痴を零してから、ふと寂しげな目をしてミメトは遠くを見る。格子の付いた窓の外には朧月。
「あの人がもう少し長生きしてくれてりゃ良かったのにね。あんなに駆け足で逝っちまわなけりゃね。」
娘が成人するのと同時に亡くなった夫。懐かしい面影を思い出し、ミメトの目が潤む。
「それから、ミカリは全然結婚しやしないし、四十近くになってできちゃった婚だって、恥ずかしいったらありゃしない。」
涙の零れそうなミカリの頬を、ヒサメは優しく拙く指で辿る。外見年齢よりも幼いそのしぐさに、ミメトはますます腕の中の子に愛しさを募らせた。
「あの子にもまだまだ父親は必要だったのにねぇ。」
大人になったばかりで父親を失った我が子を哀れむように、ミメトは呟く。その頬にヒサメは口付けを落とす。
「大丈夫。いつか、届く。いつか、通じる。」
幼くひたむきなその囁きに、ミメトは唇を斜めにした。涙を零さないために。
「その頃にあたしがくたばってなきゃいいんだけどね。」
遅く出来た娘ミカリと、その娘に遅く出来た孫。
その二人の関係が少しでも良いものになるように、ヒサメは無言で祈っているようだった。