三
ホクトが上半身裸で駆け込んできて、サージャを押しのけた時、ホタルの顔色は真っ白だった。ホタルはげほげほと咳き込んで息を吹き返す。
「何をする!?」
そのままサージャを殺しかねない勢いで怒鳴ったホクトに、サージャはからりと笑った。
「なんだ、本気なのね。呆れた。」
その笑い顔が泣き顔に似ていて、ホタルは必死に起き上がってサージャを引っぱたこうとしたホクトの手を止めた。
そういう顔の人をホタルは知っている。
「サージャさん、あなた、妊娠してますね?」
ホクトの子だ。
ホタルには直感的に分かっていた。ずばり言い当てられてサージャは哄笑する。
「さすが、小さくても女ね。分かるのね。」
「俺の子か?」
驚き声を上げたホクトに、サージャは可愛らしく小首を傾げた。
「どうかしら?覚えてないわ。」
それは肯定に等しい。
「俺は……ホタルと行く。」
謝る言葉がホクトの口から出る前に、サージャは近寄ってその唇でホクトの口を塞いだ。
軽く触れるだけのキス。
体を離して、サージャはホクトの唇に薄く付いた赤い色を指先で拭いながら、嘆息した。
「戦争に行く前のあなたなら、きっと、堕ろせって言ったと思うわ。変わったわね。」
それが必死にホクトにしがみついてその暴力を止めようとしているホタルのおかげなのかと思うと、サージャはおかしくてたまらなかった。自分が十年近く腐れ縁で続いているのに、それを一瞬で覆してしまった子ども。
「人形は怖いわ。」
素直な感想を口にすると、ホタルがきっと顔を上げた。
「元、人形です。もう、人形じゃない。」
人形のままのホタルならば、サージャが殴られるのを見ているだけしかできなかっただろう。意志を持ったからこそ……心を手に入れたからこそ、サージャの気持ちも慮ることが出来る。
「もう邪魔しないわ。好きにベッドでぎしぎしあんあんやるといいわよ。私は別の部屋に行くから。」
直接的なことを言われても意味が分からず首を傾げるホタルと、意味が分かって苦い顔になるホクト。
「子どもに手は出さん。」
苦りきった表情で言うホクトの胸に、サージャは赤く染めた爪を突きつけた。
「人形は、子どもじゃないわ。リンヴィエ、自分の年をいってごらんなさい?」
促されてホタルはおずおずと自分の年齢を数えだす。
「九、十、十一、十二、十三、十四、十五……十六です。」
立派に大人と認識されていい年齢を口にしたホタルに、ホクトは唖然とした。
「全然犯罪じゃないわ。お好きにどうぞ。」
もう興味はないとばかりに部屋を出て行くサージャに、ホタルは深く頭を下げた。
「どうして?」
「ホクトさんを、譲ってくれたから。」
ホタルの呟きに、ホクトは目を細める。
「ホクトさんだけは、譲れないから。だから、まだ私が子どもでも、嫌いにならないで下さい。絶対にすぐに大人になってみせるから。」
その言葉通り、二年間でホタルが実年齢と合う姿に成長することを、ホクトはまだ知らない。ただし、本人の希望と反比例して、胸は小さめだが。
「ゆっくりでいい。ゆっくり生きていこう。」
これから、ずっと一緒なのだから。
そう言われてホタルは強く強くホクトの腕を握り締めた。
「ずっと一緒ですよ?」
「あぁ、ずっと一緒だ。」
絡めた小指の細さにホクトは微笑を零す。まだこんなにもホタルは小さく幼い。けれど、全身全霊でホクトを愛してくれる。
「こういうのは、もう、嫌ですからね。」
浮気するなと釘を刺され、ホクトは両手を挙げて降参した。
「しないよ。」
「それと、一つ、お願いがあります。」
真剣な表情で、ホタルが寝台の上に正座したので、ホクトもつられて寝台の上に正座する。
「いつか、私にも赤ちゃんを下さいね?」
甘い囁き。
十六という年齢を髣髴とさせる柔らかな言葉尻に、ホクトはぐらりと体を傾けた。そのままホタルを抱きこんで横になってしまう。
「嫌と言っても産んでもらうからな?」
ホクトの言葉に、ホタルは極上の笑みを見せた。それはホクトが今まで見た中でも一番美しい笑みだった。




