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夢宵人形館  作者: 秋月真鳥
本編
29/36

二十八

 九死に一生を得た。

 その点についてはスズオトもホクトのことを笑えなくなった。

 内臓移植を受けてスズオトの寿命は少し伸びたらしかった。それを聞いた時、サユキは複雑な心境になったが、ヒサメは素直にぼんやりと喜んだ。

 冬が終わる頃のホタル略奪事件以来、サユキはスズオトに対して立場が弱くなってしまったのである。

 春が過ぎ、夏が来てもスズオトは生きていた。そのことを素直に嬉しいと言えないのはアケビも同じ。

 スズオトが来るたびに苦虫を噛み潰したような顔になる。

 ミワはもう人形館に来なかったが、トーノはしばらくは通してもらえなかったが今は無事コナツのところに通ってきていた。

「ホタルが奪われたからって、あんたも同じことが出来ると思うんじゃないよ!」

 それがアケビの言い草だが、トーノは本気になればそれくらいのことはしそうな雰囲気で、コナツは間に入ってかなり冷や汗をかいた。


 夏が来て、八月になった。


 荷物を纏めたアサヒをガイが送っていく。目隠しをされて車に乗せられたアサヒは、今までで一番嬉しそうだった。

「だって、ガイと二人きりで旅行だよ。嬉しいに決まってるじゃないか。」

 惚気られてサユキは閉口する。


 人形館には二体の人形が仲間入りした。

 褐色の肌に麦わら色の髪のミホシ。

 黒い髪に青い目のサユリ。

 ミホシは人懐っこくサユキたちに挨拶をしてきたが、サユリは部屋の隅でじっと俯いて恥ずかしがっていた。

 コナツは弟分が出来たので喜んで世話を焼いていたが、サユリの頑なさにはちょっと困り気味でもあった。

「サユリは恥ずかしがり屋なんだよ、ごめんね、コナツ。」

 誰でも打ち解けられる自信があったが、育成所からここまで来る間にサユリと仲良くなれなかったミホシは悔し紛れか、そんなことを言った。

 しかし、客にはちゃんと対応しているらしく、サユリにも数名常連客がついた。

「風呂には毎日入ること。何かあったらすぐに腕のリングのボタンを押すこと。食事の時には必ず薬を飲むこと。」

 アケビに言い含められて、サユリもミホシも素直に頷く。ホタルとアサヒがいなくなってから、アケビの容色も衰えが見えてきたような気がして、サユキには心配でならなかった。


「そりゃそうだよ、人形ってのは妖怪ばばぁにとって、子どもよりも可愛いものだよ。特にあの人は特異体質で子どもを産めないからね。いなくなれば寂しいものさ。」

 スズオトにチェスで負けて悔しがっているサユキに、スズオトはぐるんぐるんとグラスを回しながら言う。今日も赤ワインとグラスを持参していた。

「スズオトの時も?」

 膝の上に乗せられているヒサメの問いに、スズオトは苦く笑う。

「多分ね。」

 それなのに、素直に情を表せないアケビ。

 彼女は一人で何を見ているのだろう。

「八百比丘尼って知ってる?」

 唐突なスズオトの問いかけに、サユキは小さく頷く。

 人魚の肉を食べたがために八百年の長きを生きることになってしまった女性の話だ。

「アケビはそれなのさ。遺伝子異常で非常にゆっくりしか年がとれない。」

 だから、子どもの時を止めて自分につき合わそうとする。

 けれど、それが長きに渡るとスズオトのように体を病んで短命になってしまうことに気付いてから、アケビは人形に期限を設けることにした。

「彼女にとって私たちは猫みたいなもんさ。同じ年月を生きることは出来ない。」

 スズオトの遠い目に、サユキははっと息を呑んだ。

 この男はアケビを好きだったのではないだろうか。だから、ここに戻ってきた。

 アケビもその想いを受け入れて、スズオトを傍に置いている。

 けれど、どちらもそれを素直には表さず、ずっと平行線の想いが続いていく。

「僕が猫なら、愛されて死を看取ってもらうことが何よりも幸せだと思います。」

 サユキの言葉に、スズオトは嘲笑った。

「残されるのは、かわいそうなご主人様なのに?」

 スズオトもいつかアケビを置いて死んでしまうし、スズオトの言うことが本当ならば、サユキもきっとアケビより長くは生きられない。

「まぁ、クローンが作られてて、十年ごとに脳みそ入れ替えてるっていう説もあったんだけどね。」

 冗談でごまかして笑うスズオトを、ヒサメがじーっと見ていた。

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