二十四
スズオトがホタルを訪ねてきた時、サユキはアケビが絶対にスズオトを通さないと思った。けれど、あっさりと彼はホタルのいる部屋に入っていった。
「食事をあまりしていないんだって?いけないじゃないか。」
スズオトに言われてホタルが自嘲的に微笑む。
「明日にでも殺される身なのに、食事なんてしても仕方がないじゃないですか。」
「殺されないよ。」
さらりとスズオトに言われてホタルは緩慢な動作でスズオトの顔を見た。スズオトは涼しい顔でホタルを見ている。
「店長は絶対に人形を殺さない。それが契約だから。」
「契約?」
それは店長から自分たち人形に一方的に突きつけられるもので、自分たちが店長と好んで結んだものではなかった気がしてホタルは目を丸くした。
人形達は皆、育成所と呼ばれる小さな施設で育てられてここに連れてこられる。ホタルも物心ついたらそこにいた。そして、幾つかの誕生日にここに連れてこられた。
「育成所との?」
「それもあるよな。大母ビッグ・マザーは人形を心底愛して育てる。」
そんな風に呼ばれていた人が自分たちを育ててくれていたことを思い出し、ホタルははっと息を呑む。一人の人形に一人つく彼女らの献身的な愛情が、今の人形達を支えている。
「それなら、どこかの売春宿に売られるんですか?」
暗いホタルの問いかけに、スズオトは甲高く笑った。
「そんなわけないだろう。それなら、質のいい人形を手に入れるために、人形をわざと壊しにくる輩が現れる。そういうことは店長も望んでいない。」
「あなたは、何者ですか?」
思わず口を付いて出たホタルの問いかけに、スズオトは唇を斜めにする。その皮肉な笑みがきれいな顔に似合っていて、ホタルはぞっとした。
「卒業してから人形館に戻ってきた、ただ一体の人形さ。」
卒業。
その言葉にホタルは自分の心臓が騒ぎ出すのを感じた。この人は今、喋ってはいけないことを喋ろうとしている。
「人形は年季が終わると養成施設の近くにある学校に入れられる。そこで成長しながら専門技術を学び、そこを卒業すれば一人の人間として新しい人生を送れる。」
ただ、人形として過ごした時間が枷のようにまとわりつき、幸せになれない人形達もたくさんいたという。
スズオトもその一人で、結局人形館に戻ってきてしまった。
「人形でいるうちは楽だった。仕事に従順で素直であればいい。」
スズネ。
人形館を消え去ってから十年以上経つのに、今でも語り継がれる長い髪の人気のあった人形。
特に、その歌声は素晴らしかったという。
「育って声変わりしてからが最悪だった。死にたかったね。こんな声私のじゃないって。」
そして、縋るように人形館を訪れたスズオトを、アケビは無下に扱えなかった。明るく奔放だったスズネの面影は、スズオトにはもうない。
「私は近いうちに死ぬよ。人形だったものは、皆、人間に戻った後も残る歪みに耐えられず短命だった。私もそうだろう。」
その前に。
スズオトが真剣な目で言う。
「君を、逃がしてあげるよ。」




