二十
人形館の人形が四体になった。
その噂が広がる頃には、戦争は終盤に入っていた。
一つの部隊が最新鋭の爆弾を持って特攻していったとかで、この国の勝ちは決まったようなものだったが、その部隊の死者の多さに国全体が沈んでいた。
その鉛のような空気を裂いてやってきたのが、ミカリだった。彼女はミメトの娘だと名乗った。
「母さんを騙してる人形がここにいるって聞いたんだけど?」
挑戦的に言うミカリに、アケビが鼻で笑う。
「人形を借りる借りないは、個々人の意思だよ。」
「児童買春で金儲けをしてるくせに、大きな口叩かないでよ!」
アケビに指を突きつけたミカリの腕には、一歳くらいの子どもが抱かれている。ミカリとよく似た顔の子どもは、にこにことアケビを見ていた。
「うちのシステムを理解してなくて適当なこと言うんじゃないよ。うちは性的な接触は一切行ってないんだよ。」
小娘が何を言うという雰囲気であざ笑うアケビに、ミカリはため息をつく。
「そういう建前で、裏で何をしているか……。」
呆れた風情のミカリの袖を、誰かが引っ張った。ミカリが視線を下に落とすと、銀色の髪に水色の目の十歳くらいの子ども、ヒサメが立っている。
「ミメトさん、寂しいんだよ。」
濁りのない水色の目にじっと見つめられてミカリは言葉に詰まった。ヒサメは腕を伸ばして子どもを受け取る。腕の中で子どもは嬉しそうにきゃっきゃと笑った。
「疲れてる顔、してる。大丈夫、ミメトさんには、あなたが一番かわいいんだから。」
じっと見つめるヒサメの目に、媚びも甘えもないことにミカリは驚く。
甘い香りをぷんぷんさせて、甘い声ですりよってくる。そんな人形をイメージしていたミカリにとって、ヒサメの淡々とした様子は意外でしかなかった。
体が小さいくせに器用に片手で子どもを抱いて、もう片方の手で手を取られて、ミカリは魅せられたようにふらふらとついていく。その背中に、アケビが声をかける。
「お借り上げありがとうございます。」
その声も聞こえないくらいミカリは驚いていた。
「僕はこの部屋で、話を聞いてお客さんが眠るのを見届けるだけ。」
ぽつりとヒサメが言って、床に子どもを下ろした。子どもはヒサメの足にまとわり付いて遊んでいる。
自然と横にさせられて、ミカリはヒサメが子どもと遊ぶ背中を見ながら、自分が子育てに追われてあまり眠っていないことを思い出した。今は国中が暗い空気に包まれている。夫は反戦デモに出かけたきり戻ってこないし。
うとうととし始めたミカリに、ヒサメが手を伸ばして髪をなでてくれる。優しい仕草にミカリは目を閉じた。
母は自分の結婚に反対していると思っていた。
だから、頼らないように必死に自分を律してきた。
そんな母が自分の代わりにかわいがっていた人形。
嫉妬よりも、この人形の後ろに自分を見ていたのかと思うと愛着がわいてきて、ミカリの心が温かくなる。
ヒサメはミカリが眠るまでミカリの髪をなで、それから子どもを抱っこして寝かしつけた。
戦争は終わりつつあった。




