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夢宵人形館  作者: 秋月真鳥
本編
20/36

十九

 最初に気付いたのはヒサメだった。

「ホタル、血。」

 指差されて、ホタルは熱っぽい体をぎこちなく動かして足の間を確認する。ぬるりとした感触に息を呑んだ。

 ホタルのズボンに血の染みがある。

 その意味をいち早く悟ったサユキがホタルをガラス窓のある大部屋から奥の部屋に戻した。ホタルは茫然自失でされるがままになっている。

「どうしたんだい?」

 営業時間に人形がその場を離れるのは客が来たときか、トイレくらいしか許されていない。それが骨身にしみているはずなのに、別部屋に戻ってきた二人に、アケビは目の端を吊り上げた。

「ホタルが……出血を。」

 それだけで通じるかと思って言葉を切ったサユキだが、アケビが「怪我かい?」と聞いてきたのに、首を左右に振る。当のホタルは神妙な面持ちで俯いていた。その顔が絶望的に真っ青になっていることに気付いて、アケビは片眉を上げた。

 数秒無言でホタルを見てから、アケビはサユキに顎でガラス窓の部屋に戻るように指示する。サユキは後ろ髪引かれながら、部屋に戻った。

 アケビは無言のままホタルの腕を掴んで、店の奥の風呂場に連れて行く。

 てきぱきと脱がされてもホタルは抵抗もせず、さながら人形のようにぐったりとしていた。

 毎日見ているから気付かなかったが、いつの間にか伸びている背丈。僅かに丸みを帯びてきた胸。足を伝う経血。

「何をされた?」

 凄みのある低い声に、ホタルは何も答えない。ただ虚ろな目で風呂場の床を見つめるホタルに、アケビは容赦なくシャワーの湯をかけた。

「ヴィラ!ホタルに新しい洋服を!」

 声をかけられて風呂場の外で様子を伺っていた用心棒のヴィラが飛び上がり、二階に駆け上がっていく。

「もうあんたを店には出せない。あんたの処分はそのうち決めるから、それまで地下の部屋にいなさい。」

 湯で洗われてのろのろと服を着るホタルに、アケビは冷たく言い放った。肩を落としたままとぼとぼと歩き出すホタルに、ヴィラが付き添う。それはホタルを思いやってのことではなく、ホタルの入った部屋に鍵をかけなければならないからだった。それをヴィラ自身悔しく思う。

 何年も勤めているヴィラでも、こうなったアケビに意見することはできない。ガイは冷ややかにそれを見ているだけだった。


「ホタル、どうなるんだろ……。」

 心配そうに呟いたコナツに、アサヒが眉を顰める。

「嫌な雰囲気だな。」

 椅子についた血を拭っていたヒサメが、ぼんやりとアサヒを見た。アサヒは渋い顔を解こうとはしない。

「戦争が終わるというのに……。」

 サユキの呟きに、アサヒが眉間の皺をもっと深くする。

「それも問題なんだよ。帰ってきたら帰ってきたで大変だし、戻ってこなかったらホタルは沈むし。」

 帰ってきてもアケビはホタルとホクトを会わせはしないだろう。帰ってこなければ、それはホクトの死を意味する。

「客に入れ込むからこうなるんですよ。」

 少し呆れ顔のサユキに、アサヒが真正面から問いかけた。


「サユキは、人を好きになったことがないのかい?」


 それは理屈じゃない。

 アケビの顔が浮かんでサユキは苦い表情になる。

 アケビはホタルを許さない。それは絶対だ。人形が人形たる自覚を失うことを、アケビは一番嫌っている。

 そんなアケビを恐ろしいと思いつつも、嫌えない自分がいる。

「アサヒ、お客さん。」

 ヒサメに袖を引かれてアサヒはくるりと向きを変えて、待合室の方へ歩いていった。その背中をサユキは見送る。

 アサヒは順調に人形である期間を終えていく。

 しかし、その途中で使い物にならなくなったホタルはどうなるのだろう。

 市場の精肉所が頭に浮かんで、サユキはぞっとした。青ざめるサユキの手を、ヒサメが握っていた。

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